第12話 魔術道具店

 しっかりと腹を満たした三人は、必要なものを買うため再び通りへ出た。

 着替えを全く持っていなかったマイナとノイルのために、数着の普段着や寝間着を揃えた。孤児院ではまとめて寄付された古着を受け取るばかりだったらしく楽しそうに自分の服を選んでいた。


 必ず買おうと決めていた寝具も調達した。さすがにベッドをケリーにぶら下げて帰るのはどうかと考え、厚めのマットと掛け布団だけを買った。手頃な木箱がいくらか残っていたので、並べてマットを敷けばベッド代わりに出来るだろう。当面はこれで問題ない。

 その他、食器類や消耗品などを買い集めると、あっと言う間に手は荷物でいっぱいになってしまった。


「だいぶ買ったね。今日のところは帰ろうか」


 丸めて縛ったマットを背負いながらフレイシアが言った時、ノイルが何かを見つけて指さした。


「あのお店は?」


 ノイルが指さす方を見ると、魔術道具の店があった。多くの商店が建ち並ぶ通りの端にある、こぢんまりとした店舗だ。看板の店名は掠れて消えかかっている。単に古ぼけて整備を怠っているだけなのだろうが、魔術を取り扱うに相応しい神秘めいた雰囲気を醸し出していた。


「魔術道具の店か。行きたい?」

「うん!」

「じゃあ寄っていこうか」


 好奇心旺盛なノイルの提案に従って、魔術道具店へと入る。扉に備え付けられたベルがカランと鳴って来客を告げた。


「いらっしゃい」


 店の奥から無愛想な挨拶が聞こえた。店主と思しき白髪の男性老人がカウンターの向こうに腰掛けており、チラリとこちらを一瞥した後、すぐに目を落として手元の新聞を読み始めた。


 店主は無愛想でも、店内は魅力に満ちあふれていた。

 狭い店内にぎっしりと詰め込まれているのは個性的な魔術道具の数々だ。滑らかに色を変える七色のランプが目を楽しませ、自動ペンが紙の上を走って心地よい筆記音を響かせる。百景を映して変遷し続ける鏡は見る者を飽きさせないし、卓上で踊る自動人形のステップが身体を踊りのリズムに誘う。

 ざっと見渡すだけでも、製作者の腕が良いとフレイシアには分かった。


「わあ! これ綺麗だよ」


 ノイルが興味を引かれたのは大小様々のランプが置かれたコーナーだった。それぞれ違う色の光を放っているだけでなく、炎のように揺らめく物や色を変化できる物など、種類は多岐にわたる。


「そういえば照明買ってなかったっけ。ここでいくつか買ってく?」


 フレイシア自身は魔術で灯りを出すことが多かったので頭から抜けていた。マイナとノイルにも扱える照明はあった方が便利だろう。

 幸い、照明類は商品の中でも安価な方だった。魔術道具は高額になりがちだが、これは良い値付けだった。

 

 どれを買おうかと思案していると、商品の中に変わった物が紛れていた。それは小さなランプがついたブレスレットだ。しかし、光はとても弱々しく色も濁っている。サイズ違い商品が二つセットで売られていた。

 色とりどりで綺羅びやかな魔術ランプの輝く中、明らかに場違いかつ見劣りする商品だ。しかし、それがかえってフレイシアの興味をそそった。

 気になったフレイシアは店主に聞いてみることにした。


「すみません。これは他のランプと何か違うんですか? 他より光が弱いみたいですけど」


 顔を上げてフレイシアの方を見た店主は、またすぐに新聞へ目を戻しながら面倒くさそうに答えてくれた。


「それは魔物探知機だ。ランプじゃない」

「へぇ……探知機。どうやって使うんです?」


 明らかに接客を放棄している店主に構わず、フレイシアは質問を重ねた。店主は小さなため息をつきながら、仕方なしにといった態度でフレイシアの方を向く。そして、肩に乗ったケリーを一瞥して言った。


「あんた魔術師だな」

「ええ」

「フレイシアは世界で二番目に強い魔術師なんだよ!」


 横から割って入ったノイルが何故か自慢げに答えた。


「ほう?」


 ノイルの紹介を聞いた店主は新聞を畳み、カウンターに肘をついてフレイシアに言った。


「何をもって二番目だと言うんだ? そういう競技会でもあったのか?」

「……そこにつっこんでくる人初めてです」

「じゃあ、まともに取り合ってやったのは俺が初めてということだな」

「なんかムカつく……」


 フレイシアの悪態を無視して、店主は先の質問に答えた。


「そいつは二つセットで使う。小さい方が子機で、大きい方が親機だ。子機に強い魔物や、強い魔術の気配が近づくと光が強くなる。光は子機と親機で連動するようになってる」

「面白いじゃないですか。でも変わった機能ですね。今の説明だと実際に気配を探知するのは子機だけみたいですけど。それにサイズ違いなのも気になりますね……」


 フレイシアは探知機を手に取ってしげしげと眺めた。あくまでも子機が魔物や魔術の気配を探知し、親機はその結果を受け取るだけのようだ。


「元々自分で使うために作ったもんだからな。急ごしらえだったし、便利にする余裕は無かった。欲しいならやるよ。もう使わねえ」


 フレイシアは魔物探知機のセットをしばらく眺めた後、頷いてから店主に向き直った。


「じゃあこれ貰います。でもお代は払いますよ」

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