第11話 街へ
空の旅は順調だ。ノイルが物珍しげにあちらこちらを見下ろす一方で、マイナは頑なに下を見ようとはしなかった。ガチガチに固まっていて、さすがにフレイシアも少し不憫に思った。なるべく早く降ろしてあげたい。
ノイルは呑気にも「宙返りして!」等と要求してくる。宙返り程度ケリーにはお安い御用だが、やったらマイナが死んでしまうだろう。
眼下にはクルムの村が見えている。徒歩では一時間かかった道も、ケリーの背に乗れば数分だった。クルムを見下ろしながら、フレイシアは村長との会話を思い出した。年齢を聞いてきたり、湖の小舟を使ってもよいと言ってきたりしたものだ。
今思えば、魔物の多い北地域に面した湖に向けて一人で小舟に乗ることを勧めるのは不自然だ。年齢を聞いてきたことも含め、生け贄のことを把握していたのではないか。タイミングからしても、フレイシアが湖に出ていれば間違いなく襲われていただろう。
(余所者なら腹の足しにしておけとか思われてたのかなあ……)
自分たちのことが大切なのは分かるし、事情が事情なので相手を悪と断じたくはないが、親切な人だと思っていただけに残念でならない。どのくらいの人間が生け贄制度について把握しているのか分からないが、今後の出会いには期待したかった。
しばらく飛ぶと、山地を抜けて眼下に家屋が増え始めた。いよいよ街に辿り着いたようだ。フレイシアはケリーに指示して、街に近くて目立たない森の中へと降り立った。
「や、やっと着きました……」
マイナがケリーから降りるなり、フラフラと近くの木に寄りかかって言った。掠れた声が非常な疲れをよく表している。
「帰りもケリー?」
「そうだよ」
ノイルへの返答を聞いていたマイナが絶望に顔を青く染めた。ケリー無しでは馬車で丸一日くらいかかってしまうだろうからやむを得ない。ケリーには可能な限り快適な飛行に努めてもらうしかないだろう。
元の大きさに戻ったケリーが、心配そうにマイナを見上げていた。
森を抜けて街へ入る。ここがカナリーネスト、周囲を山と森に囲まれた内陸の都市だ。太い街道が渓谷を通って多方に延びている。
さすがにグルベッドには及ばないが、充分に人が多く活気に満ちていた。死出の旅路は別にして、地元しか知らないマイナとノイルにとっては初の観光であろうが、人生のほとんどを帝都で過ごしてきたフレイシアにとってもそれは似たようなものである。
大通りに出ると食料に衣料品、家具や調度品に装飾具等、様々な種類の店が軒を連ねている。中には魔術道具の店まで見つけることが出来た。ほとんどの物はここで揃えられそうだ。
「とりあえず腹ごしらえかな。二人ともお腹空いたでしょ」
「空いたー!」
「いえ、あまり……」
飛行酔い中のマイナには申し訳ないが、ひとまず手近なところに見えたオープンテラスの店に入る。昼時で混み始めていたが運良く席は確保できた。
「好きなもの頼んでいいよ」
フレイシアがそう言うと、ノイルは目を輝かせてメニューで一番高い牛肉のステーキを頼んだが、マイナは恐縮した様子で安めのパンとスープのセットを指した。
フレイシアもマイナと同じものを頼み、パンを千切ってケリーに分けてやった。
三人で楽しく食事を続けていると、フレイシアの背後の席から気になる会話が聞こえてきた。
「今回はうちの街じゃないんだよな」
「みたいだな。どこかまでは知らんが」
「気の毒に」
「まったくだ。一昨年は酷かったろ、確か五人も取られてな」
「孤児院に菓子を届けてた隣の爺さんがさ、いつも見た顔が無くなって寂しいって言ってたよ」
マイナの表情が沈むのが見て取れた。幸い、ノイルは食事に夢中で聞こえていないようだ。
食事中の世間話にも出てくるくらい、生贄の制度はホーンランドの生活に溶け込んでいるようだ。しかし、守り神は居なくなった。これからこの国と人々はどのように変わっていくのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます