第10話 ケリーライド

 片付けが済んだならば、次は色々と運び込みたくなる。古い机や棚など使えそうな備品がいくらか残っている一方で、ランプや食器など破損している日用品も多かった。寝床の問題もあるし、早いところ必要なものを揃えたい。


「さて、次は買い物に行こうか」

「お買い物? やった!」


 フレイシアの提案にノイルは分かりやすく喜んでくれたが、一方でマイナは申し訳なさそうに言う。


「でも、わたしお金がありません」

「そんなの気にしない。私が持ってるからいいの」


 生け贄に出された子供がお金を持っていたら逆に驚きである。二人とも着の身着のままといった風体だったし、着替えも調達したいところだ。


 フレイシアは地図を広げ、近場の街を確認する。品物が揃いそうなところはあるだろうか。肩にとまったケリーも、地図を覗き込んできた。

 最大都市のグルベッドまで行けば確実だろうが少々遠い。グルベッドからクルム村に至るまでに経由した土地にそれなりの規模の場所があるので、そこに目星を付けた。


「この、カナリーネストって所にしようか。ここへ来るまでに馬車で通ったんだけど、結構大きな街だったから。でもホントに経由しただけで、観光とかはしてないんだよね。どんなとこか知ってる?」

「知らない」

「わたしたち、ベリーダルから出たことがないので」


 二人の返事は揃っていた。二人の街はグルベッドよりもさらに南だ。この辺りのことについてはフレイシアと知識の差はほとんど無いのだろう。


「そっか。じゃあ、みんな初めてだ。楽しみだね」


 フレイシアは地図を畳み、言った。二人にとっては違う街での初観光になるので、それも良いかもしれない。


「街までは馬車で行くんですか?」


「いや、もっと速い方法で行くよ。来る時は目立たないように馬車だったけど、今はあんまり時間かけてられないからね」


 そう言って、フレイシアは湖の方を見る。守り神亡き今、北の魔物とこちら側を隔てるのは湖と山だけだ。魔物が南下してくる可能性は大いにある。長期間ここを離れることは出来ない。


「ケリー」


 呼ばれたケリーは「コッコッ」と返事をして地面に降りる。フレイシアは、懐から小さなナイフを出すと、自らの親指の腹を少しだけ指した。僅かな血の滴が滲み出る。そのまま指先をケリーに差し出すと、ケリーは器用に血を舐めとった。

 何をしているのだろうと見守るマイナとノイルの前で、ケリーはぷるぷると震えた後、凄まじい反応を見せた。

 全身が一気に膨張、ぐんぐん延びた背丈はフレイシアを一瞬で追い越し、さらに脚が二本生えてきた。立派な翼はさらに力強く、綺麗な尾羽はさらに長く優雅に伸長した。死霊術の為せる技だ。


「えっ、えっ!」

「おっきくなったー!」


 ケリーが一際凛々しくなった鳴き声を上げ、その威厳をこれ見よがしに強調している。

 驚く二人に満足な笑顔を浮かべ、フレイシアはケリーを撫でながら言った。


「ケリーに乗って行くよ!」


 ノイルは意気揚々と、マイナはおっかなびっくりと、それぞれがケリーにまたがる。フレイシアが一番後ろに乗って、三人をしっかりケリーに括り付けた。

 巨大化したケリーは三人を背に乗せても余裕の表情だ。魔術によってかなり強化されているため大荷物も楽々持ってくれることだろう。


「出発!」


 フレイシアの号令を受けたケリーが翼で空気を捉える。マイナの絶叫とノイルの歓声を伴って、一行は空へと舞い上がった。

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