第9話 受け継がれる遺志
掃除しなければならないのは塔の中だけではない。
フレイシアたちの目の前には、かつて守り神だった残骸が夥しい肉片となって転がっていた。元が巨大だっただけに酷い有様だ。
「これ、どうするんですか?」
「とりあえず、湖に沈めておこうかな。このままだとあまりにも目立つし、気味が悪いでしょ」
「もう動かないよね?」
ノイルが少しだけ怯えのような表情を見せてフレイシアに問う。
質問を受け、フレイシアは思案する。実のところ、動かそうと思えばまだ動くのだ。死霊術にかけて、死霊都市の右に出るものはいない。これは全容の分からない非常に古くて高度な技術だ。専門家ではないフレイシアでは、完全に破壊することが出来なかった。そのため、術を強制的に一時停止させるまでが限界だったのだ。
「うん。大丈夫」
考えた末、そう答えた。何もしなければ動かないというのは事実だ。問題ないだろう。
フレイシアは魔術を駆使して全ての肉片骨片を湖へと運び、残らず水に沈めた。このまま永遠に眠るといい。すっかり綺麗になった湖畔を目にして、マイナとノイルもホッとしたような表情を見せた。
塔に戻ると、多くのゴミが掃き出されてスッキリした床面が見えた。部屋の隅に砂などがいくらか残っているので、細かい掃除をする必要はありそうだが、随分手間が省けただろう。
マイナとノイルが箒を持ちだして部屋の隅を掃きはじめたので、フレイシアも取りかかる。
しばらく床を掃いてゆくと、フレイシアはあるものに気がついた。
「あー……、ちょっと乱暴にやりすぎたかな」
かつては戸棚だったであろう木くずが散乱していた。暴風で壁に叩きつけられ、壊れたのだろう。
フレイシアがケリーと共に戸棚の残骸を片付けていると、木くずにまぎれて一冊の本が落ちているのを見つけた。かなり古いもので、文字には掠れが見えたが、どうやら日記らしいことが読み取れた。戸棚の中身かもしれない。
フレイシアは日記を拾い上げて開き、読み始めた。
*
今朝、私のもとに恐るべき通達が届けられた。例の、北へやる生贄についての話だ。次は我が町から三人出せとのことらしい。私が町長となってから、初めてのことだ。ついに来てしまったかと思った。
噂には聞いていたが、おぞましいにも程がある。当然抗議の声を上げたが、町を守るためには仕方がないと言われた。何故だ? 町を守ると言うならば、まずは大人が先頭に立って戦うべきだろう。どのような道理があって、真っ先に子供を差し出すのか。情けない。
いかに反対されようと、私は抵抗する。話を聞いてくれる者はいるはずだ。急ぎ、準備をしなければならない。
――――
――
多くの仲間を集めることができた。どうだ、見たことか。悪習に逆らわんとする者がこんなにもいるのだ。まだ、この国も捨てたものではない。
私たちは相談し、湖畔に大きな砦を建てることにした。石造りのとびきり頑丈なものだ。捧げた生贄が足らないと、守り神は自ら獲物を求めて水底から這い出てくるらしい。それを迎え撃つのだ。
守り神を倒した後は、北からの魔物を倒す為に使う。今後は子供を喰う守り神ではなく、大人たちによる自警団が町を守るのだ。悪しき習慣もこれで絶たれるはずた。
これまで理不尽にも犠牲とされてきた子供たちよ、その悲しみは我らが必ず断つ。どうか見守ってほしい。そして安らかに眠ってくれ。
――――
――
私が甘かった。あれは人の手に負えるものではない。
言い伝えられていた通り、人喰いの守り神は湖から現れた。語るのもおぞましい、腐敗した巨人の姿をしていた。
自警団は決死の抗戦を試みたが、まるで歯が立たなかった。堅牢と思えた砦も、あの化け物の前には粘土細工同然だった。巨腕が城壁を粉々にするのを、見ていることしかできない。
化け物は自警団の中から若い娘を選んで喰らった。事前に知らされていた通り三人を貪ったあと、やつは何事もなかったかのように湖へ帰っていった。
腐った手に掴まれ化け物の口へと運ばれてゆく娘の悲鳴が、今も耳から離れない。彼女は砦造りに協力してくれた石工の長女だった。力自慢の勝ち気な娘で、自警団には真っ先に立候補していた。まだ十八歳だった。
生贄の制度に反対する気持ちは、今も変わらない。しかし、自警団は解散した。これを読んでいる者がいれば、不甲斐ない奴だと罵ってくれて構わない。
何も成せなかった私を、どうか許してくれ。
*
フレイシアは日記を閉じると、ひとり呟いた。
「どちら様か知らないけど、仇はとったよ。代わりと言っちゃなんだけど、ここに住むのを認めてね」
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