第1話 新天地へ
「到着っ!」
帝国の港から遙々船に揺られること一ヶ月。若き女魔術師のフレイシアは、目的地である島国ホーンランドの土を踏んだ。長旅で凝り固まった筋肉をほぐすように伸びをすると、新しい土地の潮風が全身を包んでセミロングの銀髪を柔らかくなびかせた。
自分のことを知るものなど誰もいない、果ての島国。これから始まる新たな生活に期待は高まり、自然と顔がほころんた。
「良いところみたいだね。ケリーもそう思う?」
フレイシアが頭上に向かって問いかけると、風を切って一羽の黒い鶏が急降下してきた。空飛ぶ鶏のソラチャボ、名前はケリーだ。船室が窮屈そうだったので、しばらく自由に飛ばせていたのだ。
ケリーはバッサバッサと羽ばたいてフレイシアの肩に舞い降りると、立派な黒いトサカとヒラヒラの尾羽を震わせながら「コッコッ」と元気よく答えた。
「よしよし。それじゃ、早速行きますか!」
フレイシアはひとしきり感慨に耽った後、街の書店で島の地図を買い求めた。ホーンランドには辿り着いたが、まだ旅は終わっていない。フレイシアはこれから島の北へ向かい、もっと人の少ない土地を目指す。
買ったばかりの地図を開いて現在地を確認する。ここはホーンランド最大の都市グルベッド。南北に伸びる島の、ちょうど中程に位置する場所だ。そこから街道に沿って指を滑らせ、島の北側を読む。島の北にはいくつかの村や小さな町が点在しているが、フレイシアはその中でも最も北に書かれたクルムという村に目星をつけた。
「よし!」
フレイシアは地図を畳み、早速北へ行く馬車を探し始めた。
*
途中の町を経由して馬車を乗り継ぎ、二日かけてフレイシアはクルムに到着した。やり方によっては空を飛んで時間を一気に短縮することも出来たが、目的地までの土地を見て回ることも考えて地上ルートを選んだ。
クルムまでの最後のルートは馬車が通っておらず、徒歩の旅であった。まさに僻地だ。
遠くの島の、馬車が通わない僻地。求めた隠れ里に最適だろう。
豊かな深緑と整った畑が広がっている。ここは島の中でも高地に位置しており、麓よりも涼しく透き通った空気に囲まれた村はとても静かだ。鳥のさえずりと風の音がよく聞こえる。昼餉の準備であろう竈の煙が、いくつかの家から揺らめき立ち上っていた。騒がしい帝都にいた頃は見ることのなかった、のどかな村の原風景。
フレイシアはここに住もうと決めた。次は住処を見つけなければならない。まずは村の長に挨拶をすることにする。空き家がないかも聞くことができるだろう。
村人に尋ねつつ、フレイシアは村長邸を訪れた。村長は気さくな老齢の男性で、快くフレイシアを招き入れてくれた。
「ほう、住む場所を?」
「はい。古くても少しくらい壊れていても良いので、空き家はありませんか?」
「移住は問題ないが、空き家となると……」
質素な応接間にて簡単な自己紹介を済ませた後、向かいの椅子に掛けた村長がしばらく黙考してから答えた。
「一つあるな。かなり古いし、村からもいくらか離れた場所になるが」
「どのくらい離れているのですか?」
「徒歩で一時間程だな。村の北側、湖のすぐ近くにある。道に沿って行けば迷うこともないだろう」
「充分です!」
無ければ自分で建てることも考えていたので、村長の答えは大いに助かるところだ。少しくらい村から外れていても問題ない。
フレイシアが喜んでいると、村長はフレイシアの全身を眺めつつ尋ねた。
「失礼だが、お前さんお歳はいくつかね?」
「十八です」
「ふむ……」
「どうかしましたか?」
「いや、若い娘がこんな田舎に来るのは珍しいと思っただけだ。お前さんのことは村の皆に紹介しておく。空き家のほうは、好きに見てくるといい」
「ありがとうございます。では行ってきますね」
早速見に行こうと立ち上がったフレイシアに、村長は続けて話した。
「ああ。あの辺りは湖が綺麗だから、よく見てくると良い。特に夕焼けは素晴らしいだろう。何も無い田舎だが、眺めだけは自慢だよ。湖に出る小舟も置いてあるから自由に使ってくれ」
「わかりました。それでは!」
村長の見送りを背に受けながら、フレイシアは期待に胸を膨らませて新居の見学へと繰り出した。
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