花と弔い(short)

Tempp @ぷかぷか

第1話 花と弔い

 トピアリーは今日も花の世話をしていた。

 庭はそれほど広くなかったから、作業は難しくはなかった。トピアリーは生まれてこの方ずっとここにいる。だからこの狭さに不満に感じることもなかった。

 種を植え、花を咲かせる。咲けば両手のひらをくっつけるほどの大輪で、ありとあらゆる色の花が咲く。植えるのはいつも10本ほど。パルテールはこの畑の広さではそれが限界だという。

「パルテール、今日はこれで終わり?」

「ああ。お疲れ様。もう休むといい」

  トピアリーにできることはさほど無い。寝所と庭を往復するだけだ。ともあれ、やることがあるだけよい。

 パルテールと手分けして、其々がやれることをやる。それが終われば静かに休む。トピアリーの仕事は花を育て、パルテールが収穫してそれを売りに行く。そして新しく花の苗を買ってくる。そのためにバルテールは1日1時間ほど外に出る。

 その間、トピアリーは寝所のすみで一人でじっとしている。その時間がとても嫌だった。パルテールがもう帰ってこないのではないか。あるいはパルテールに事故か何かがあったなら。そしてちゃんと帰ってきた時は、心の底からホッとして、にこりと微笑んだ。


「どうして僕も一緒に行っちゃ駄目なの?」

「トピアリーはまだ小さいから駄目だ」

「じゃあパルテールくらい大きくなったらいいの?」

「……その時に考えよう」

 パルテールのいつも同じ答えにトピアリーは不満だ。けれどもパルテールより小さいのだから仕方がないと無理に納得する。それにパルテールとの身長差は少しずつ縮まっていたから、そのうち一緒に外に出られるはずだ。

 パルテールはトピアリーの頭を撫でた。

「もう寝る時間だ。たくさん寝ないと大きくなれないよ」

「じゃぁお話して、全の木と種の話」


 昔々、とても技術の進んだ国があった。天空へと至る高い塔が立ち並び、人は空を飛ぶ乗り物に乗って生活していた。けれども厄災が起こりその国の生活基盤、つまりインフラが破壊され、疫病が流行って技術者の多くが死に絶えた。技術を保持できず、人々の生活が中世まで戻ろうとした時、植物学者は一つの種を植えた。

 全の木と名付けられた希望の種だ。

 遺伝子改良によって様々な耐性を植え付けられた種はすくすくと育ち、大量の実をつけた。植物学者は述べた。

「これは無謬の種子だ。もともとは人間の新しい友として開発された。所有者の情報を登録すれば、種子は登録者のために実をつけて食糧となり、その繊維で衣服を作り、その枝は雨露を弾いて寝所にも困らぬようになるだろう」

 人々は喝采をあげた。まさにそのどれもが足りていなかったのだ。

「けれども不完全だ」

 空気は不安に揺れ、それはどういうことだと声が上がる。

「未だ実験段階で、育った木がその後どのようになるのかはわからない。これまでの実験では、木は登録者に似ることがわかっただけだ」

 人びとにその意味はわからなかったが、生きるためにはそれに依るしかなく、1人1つの実にその血、つまりDNA情報を登録し、それぞれ好きな場所に埋めた。

 木は速やかに育ち、登録者を庇護した。実をつけ服を作り、そのうろに人は住んだ。木と人は相互に影響しあい、不思議な事が起こった。人の感情の色によって咲く花の色が違うのだ。怒りっぽい人の木は赤い花が多くなり、もの静かな人は青い花が多くなる。次第に同じ色の人間がよりあつまるって暮らすようになり、同じ色の花ばかり咲くようになった。

 同じ場所は同じ色に染まる。その傾向は増大し、赤の花を咲かせる者は赤い花ばかり咲かせるようになった。それぞれの色と感情は相容れなくなり、対立が深まり、誰かが最初に誰かを傷つけたのをきっかけに花の色ごとで戦争が始まり、全ての色が滅び、登録者を失った無謬の木もまた、全て枯れた。

 その世界をみて全の木はとても悲しんだ。けれども今も実をならせ、もとのように色々な花をさかせることのできる人の訪れを待っている。

「どうしてみんな争ったんだろう」

「どうしてだろうね」

「僕ならきっと、みんなと仲良くなれる、もの……」

 いつのまにかトピアリーは眠りにつき、パルテールはその様子を注意深く眺めていた。


「本当にいいの?」

「一緒に外に向かいましょう」

 トピアリーはパルテールが妙に恭しいのに違和感を持ったけど、それより地上に向かう階段が気になり、その先の扉を開けてトピアリーは目を見張った。明るさと太陽、大気と風、そして温度というものを知った。何より驚いたのは、世界が様々な色の花で満ちていたことだ。

「トピアリー、いえ、王よ。私は全の木です」

「パルテール?」

「この国は人びとのDNAは無謬の種を通じて保管しました。私はそれを再生致しました。やがて他の国民も起きるでしょう」

「僕が、王?」

 トピアリーは眉を顰める。

「ええ。あなたの育てた多種の花をこの世界に植えました。今度こそ、たくさんの花の咲く世界を」

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