二十九 進級/桜/口付け
少しの時間をおいて、僕たちは三年になった。
春休みの間、一度、高橋と勉には改めてお礼を言っておいた。とても、とても恥ずかしかったが、言わない訳にはいかなかった。……なんて言うか、単純にケジメとして。もちろん、工藤先生にも。
全く気が付かなかったんだけれど、年が明けてから卒業式の間に、智の机にあった花が無くなっていた。ああいうのって、どういうタイミングで無くすのかな。
まあ、良いんだけどさ。気持ちの問題だと思うし。ただ、『彼は僕たちの心の中にいる』みたいな格好つけたセリフは、絶対に言いたくないとは思っていた。
とにかく、そんな風に、風景をめくるように季節は変わっていく。それは誰にも止めることはできない。
桜が満開になった頃、新しい一年が入ってきた。僕も、二年前はこうだったんだよな、って去年は全く思わなかったことをどうしてか思った。
僕と智も……。頭を振る。やめよう。
そういえば、テニス部の部長という仕事ももう少しで終わりだ。結局、二回戦負けが僕の最高成績だった。ろくなもんじゃないな。今の二年や、一年はうまい人が多いから、僕たちの成績をあっという間に更新していくだろう。無名の先輩、それくらいが僕にはちょうど良いんだろう。
そして迎えた引退試合。去年は僕にとって他人事だったけれど、今年は違った。感慨深い、ってこういうことを言うんだろうな。二年も続けていたことを、もうやらなくてもいいってなって、その夏はなんだか急に空っぽになってしまったような気がした。
僕たちは受験生で、夏の間、学校の図書館に三人で集まって勉強をした。時々、それが五人になることもあった。誰かは……まあ言わなくてもわかると思うけれど……。
勉強ばかりしていたけれど、退屈って感じは全くしなかった。信じたくないけれど、僕たちは成長していた。少しずつだとしても。
「あー、今年勉強ばっかりじゃねー?」
「そりゃあ……受験生だからね」
僕はそんな二人の会話を聴きながらシャーペンをノートに走らせる。あーでもない、こーでもない、と。
「そうだ、なあ要、花火でもやろうよ!」
「なんで急に……」
「いいじゃない、たまには」
「だろぉ!」
そんなこんなで、夏休みの終わる前、僕たち五人は河川敷で花火をしようということになった。瀬川と深川には高橋が連絡を入れてくれて、彼女たちも来ることになったという訳。
僕はその日、特にやることが無かったから、かなり早めに待ち合わせ場所に行った。やることがない、というのは早めに待ち合わせ場所に着いたって同じだということに、向かっている途中に気が付いたのだが、とにかく向かった。
ついてみると、驚いたことに瀬川がもう来ていた。
「早いね」
「大崎くんも早く来るだろうって思ったから」
「正解」
彼女は水色のTシャツに、グレーのロングスカートをはいていて、黒いサンダルを履いていた。水色のシャツに暮れていく夕日が映って、なんとも言いがたい色になっていた。
僕がそんな彼女のシャツを見ていると、瀬川が口を開く。
「私も好きよ、貴方のこと。……返事、遅くなってごめんなさい。こんなに待たせるつもりはなかったんだけれど」
最初、彼女が何を言っているのか理解しかねた。でも、すぐにそれはもとに戻ってきた。
「ありがとう」
一呼吸おいて。
「いいんだ、僕だって同じだ。……こんな僕を好きになってくれてありがとう」
「『こんな』なんて言わないで。怒るわ」
「……そうだね、ごめん」
「相変わらず、変な人」
「やったね、馬鹿な人からグレードアッ……」
僕がそこまで言いかけたところで、僕は何も言えなくなってしまった。僕たちは夕暮れの中、口付けを交わしたから。誰に教わったわけでもないのに、僕の唇は瀬川のそれとちゃんと重なった。
しばらくして、みんなが集まった時、僕たちのちょっとした変化に、誰もが気が付いたみたいだった。でも、誰も何も言わなかった。言うまでもなく、ありがたいことで、僕は……僕たちは、素晴らしい友人をもったんだ、と思った。
そんなこんなで僕たちの夏は終わり、秋が来た。多分、これから先ずっと、秋は好きじゃない季節になってしまうだろう。理由は……言わなくてもいいよな。でも、多分それだけが理由じゃないとも思うんだ。……うまく言えないけどさ。
でも、それでいい。僕たちは生きているんだ、そういうことだってある。
日々は流れて冬、僕と瀬川、勉と高橋は同じ高校に合格した。深川だけはもう少しレベルの高い学校に一人だけ合格した。
高校はバラバラになってしまったけれど、僕たちはそれでもよく五人で集まった。きっと、もっと大人になっても、ずっとこうやって付き合っていくんだろうって思った。もちろん根拠は無い、それに人は変わるかも知れない。
だけど、この空気だけはずっと持って行きたいと思ったんだ。本当に。
たぶん、他の皆もそう思っていたんじゃないのかな。
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