二十八 三月/一言/人生

 三月の卒業式。


 在校生にとっては、はっきりってたいしたイベントじゃない。だけど、卒業する人の中に『好きだったかもしれない人』がいるとなると話は全然違ってくる。


 もっとも、そんなのはただの個人的感情でしかなくて、周りの人間、もとい本人にとっては何の意味だって無いんだけれど。人生って基本、そういうものだろうよ。


 なんだかんだ言っても、結局自分が中心にいるというか……。考えてみればわかるよな、だって、自分の人生なんだからさ。


 こういう節目の時って、特にそういうよくわからないことを考えてしまいがちな気がする。多分それは、やっぱりいつもと違うって意識が働くからだろうか?



 式が終わって外でガヤガヤやっているとき、というか、正直に言うと、式の間中に時々、光さんのことが頭をよぎった。


 この間、瀬川に好きだと言ったのに、いい加減なもんだ。しかし……。いや、何を言ったって言い訳にしかならない。光さんの性格上、多分教室に戻っているだろうと思って、いろいろな声で騒いでいる皆の輪から抜けて、階段を上った。


 上っている途中、さっきまでとは打って変わって、今度頭に浮かんでくるのは瀬川の顔ばかり。終いには、僕の頭の中には瀬川の顔だけになってしまった。


 横顔、正面、僕に対して心底呆れているような顔。


 僕は途中で頭を何度か降って、今来たばかりの階段を下りることにした。罪悪感なのか、なんなのか、途中で足が速くなってしまった。自分の教室に帰ると、教室はシン、としていて、外の騒ぎが遠くの潮騒の様に聞こえた。耳に残る、というか、どこかで聞いたような。


「どこに行ったのかと思ったら、教室に戻っているの?」

「瀬川、さんか……」


 さっきのことがあったからか、妙に不自然になってしまったような気がするが、こういう時は堂々とするしかない。できているかどうかは別として。


「てっきり、私以上に好きな人に告白をしに行ったのかと思ったわ」

 僕は苦笑いをしたけれど、内心ヒヤヒヤだった。いや、別に告白をしにいこうと思ったわけじゃないのだけれど、それでも、心の中を見透かされているようで。


「まさか。一言、何かを言おうと思っただけだよ」

 瀬川は正面から僕を見る。


「桜井光、ね?」

 本当、彼女には隠し事なんて出来ねーな。なんで知っているのだろうか?


「……そう」

 彼女は、今後は苦笑いを浮かべた。今日はなんだか表情がころころと変わるじゃないか。柄にもなく浮かれているのだろうか?


「志穂が、その人のことは嫌いだって言っていたわ」

「……みたいだね」


 多分高橋は、大人ばかり好きになる桜井先輩の態度が、どこか気に入らないんだろうなって気がした。生意気とは違う、別の感情。僕も、別の位置に立てば、高橋の気持ちが少し、わからなくもない。


 それは単純に好き嫌いって訳じゃなくて、そうだな……気に入らない、ってことなのかもしれない。


 僕が紹介したわけではないのだけれど、最近、瀬川と高橋は仲が良い。もちろん、普段一緒にいるのは深川とだけれど、時々、高橋と深川との三人でいるところを見る。高橋は部活にいる間は上田とも、変わらず話しをしている。もちろん、勉ともうまくやれているのだろう。忙しい人生だ、僕にはとても真似できそうにない。


「……ねえ、行かないの?」

「うん、気分が変わったんだ。行く必要はないかも、ってね。それに、瀬川さんも来てくれたしね」


「別に……」

 外からの声が一段と大きくなる。きっと大人気な先輩が出てきたとか、そんな感じだろう。学年に一人は、スターがいるんだ。それが中学生。もっとも、今の僕たちには、あんまり関係のないことだ。


「いや、今のは瀬川さんに失礼だな。まるで三年のところに行くのが優先みたいな言い方だった。ごめん。謝るよ」

「……本当に、馬鹿ね」

 一度ため息をついてからそう言って、瀬川は微笑んだ。そして彼女は自分の教室に戻っていった。


「もう入っても良いかな?」

 勉が後ろの扉から顔を出して言った。


「もちろん、なにを遠慮してんだよ」

 ヘヘヘ……と勉が入ってくる。高橋も一緒だ。


「いやいや、邪魔しちゃあ悪いと思ってね……ところで今、瀬川さんから返事貰ってたんじゃないのか?」

「まだ」


「そうなのかよ」

「私が皐月に聞いてみようか?」

 僕は首を振る。


「瀬川はきっと返事をくれるよ」

 僕はそう言ってから、二人に微笑んだ。大丈夫って意味でね。


「それに、駄目なら駄目でもいいんだ」

 そのセリフは格好よく言えた気がしない。


「なんでそんなに達観しているんだよ?」

「勉、一つ良いことを教えてあげるよ。『きちんと耳を澄ませれば、どんなことだって聞こえてくる』んだよ」


「何言ってんだぁ?」

 高橋は僕と勉の会話を聞いて笑う。

「要くんはとにかく、待つことにしたのね」

「簡単に言うと、そういうこと」


 そんなこんなで卒業式は終わった。結局、瀬川に言った(というか宣言に近いが)ように、僕は光さんとは会わなかった。


 きっと、これで正解なんだと思う。彼女には彼女の人生がある。僕にも、変えようがない僕の人生があるのと同じように。

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