二十七 特別な経験/嬉しさ/保留
それからは勉と高橋と一緒に過ごすことが多くなった。彼らは付き合っているわけだから、僕がいない方がいいと思うんだけれど、それもきっと彼らが僕を心配しているからってことなんだろう。その優しさは心に沁みた。もし、それがなければ、僕の中学時代はとっても孤独なものになっていだろう。
瀬川とも、時々連絡を取った。僕と彼女はとても特別な経験をして、それが僕たちの繋がりをより、強いものにしていた。だからといってそれが、僕が瀬川を好きだってこととは違う気がして、本当はそうなのかも知れないけれど、そうだと認めるわけにはいかないような気がした。
智のそういうところが、僕に移ったかのように、僕はそれを認めることが出来ないままでいた。それに、勘違いの可能性だってやっぱりあった訳だし……。
その年の年末、僕は珍しく勉の部屋にいた。年が明けたら高橋と合流して、初詣に行くことになっていたのだが、高橋が『前田君が亡くなった後なんだから、控えた方が良いんじゃない?』と言って中止になった。確かに、そういうのはあんまり良く無い気はする。気にしすぎかもしれないけど。
「瀬川とはどうなんだよ?」
「どうって……時々、メッセージするくらい」
「進展は無いのかよ?」
「進展って言うけどさ、僕は瀬川のこと好きかどうかさえわからないんだぜ」
「寝ぼけてんのか? 要はどう考えたって瀬川のこと好きだろうよ」
「どうして」
「自分で気が付いてないのかも知れないけれど、瀬川と連絡している時はめっちゃ嬉しそうにしているよ。さっきだってそうだろ? スマホ触ってたとき」
「……嘘だろ?」
「嘘なもんか。今度志穂にも聞いてみろよ」
僕と勉は、彼の部屋の中央に置かれているこたつに入って、年末のテレビを見ていた。普段、僕はテレビなんて全く見ないから、なんだか新鮮だった。彼の部屋にはゲーム機も備えられていて、僕が見てもなかなか快適そうな空間だった。
「でもな、智は瀬川のことが好きだったんだよ」
「知っているよ、それがほとんど原因みたいなものなんだろう。でもそれは関係ないんだよ、要が好きなら、はっきりと言った方が良いぜ。多分瀬川だって、待っているはずだよ」
彼は自分が瀬川のことを好きだったことなんてもう忘れたかのように、僕にそう言っている。僕は中央に置かれたペプシをグラスに注いだ。寒いから、飲むペースは遅くて、まだ三分の一も減ってない。
気まずい関係なら、もうきっと無くなっているだろうけれど、僕と勉はもう親友って言っても過言ではないから、そういう状況が現状を物語っている。
「飲む?」
「もらおうか」
黙ってペプシを啜る。テレビではお笑い番組が流れている。勉が時々大笑いしているところ見ると、面白いんだろう。こういうのを楽しめる余裕があれば、僕も多少は大人になれるんだろうか?
「だからよ、今電話しろよ。今電話して『僕は! 瀬川皐月が! 大好きです!!』って言えよ」
「いや……」
「いや……じゃねーんだよ! 言えよ!」
こいつ酔っ払っているのか?
「勉がコーラで酔っ払っているのは分かったよ。……そうだ、こんな気分なら聞けそうだ。勉は高橋とどこまで行ったんだ?」
「キスだけ」
「本当に?」
「要に嘘つくかよ。少なくとも、中学校卒業まではそれ以上やるつもりはないよ」
「勉、紳士なんだな」
「どこが。要も彼女が出来れば分かるよ。……だから早く、電話しろよ」
僕たちはまた黙ってペプシを啜った。そんなことをしているうちに、勉の両親が年越しそばを作って持ってきてくれた。ひたすらお礼を言って、勉と一緒に食べた。
やがて年が明けて、勉は直ぐに高橋と電話をし出した。僕はベランダに出た。話を聞かない方がいいと思ったからってのもあるし、あと、年が明けた世界を見てみたかったってのもある。
外に出ると、一月の寒さが僕を包んだ。遠くで、花火が上がったみたいだった。ドオン、という音だけが僕の耳に届く。道路では、初詣に行くらしい人たちが歩いている。
年末年始の特別感、年が明けた瞬間だけは『今年は良いことがありますように』って思う。でも、数日もすれば新しい年だって、ただの日常に変わってしまう。それでいいのかもしれない。
むしろ、日常こそが大事にするべきものなのかも知れないって、そんなことを思ったんだ。言うまでもなく、こんなことを考えたのって初めてだった。僕も、多少は大人になっているんだ。指が勝手に、スマートフォンの連絡先から瀬川皐月を探して電話をしていた。
「大崎くん」
「まだ起きていた?」
「うん」
「言うタイミングおかしいかもしれないけれど、僕は瀬川さんのことが好きだ。ようやく、はっきりしたよ」
「……」
部屋の中では、まだ勉と高橋の会話が続いている。つまり、この会話の内容を知っている人は僕と瀬川だけってことになる。ま、誰に聞かれたってかまわないんだけれどね。正直、スピーカーにしたって良いくらいだ。
「……馬鹿ね、ほんとうに」
「馬鹿でごめん、ようやく自覚した」
「……もう」
「……」
お互いが何も言わないときの『サーッ』ってノイズみたいな音が聞こえる。いつか技術が進化したら、こういう音も無くなってしまうのかな? それはそれで、なんだかむなしいような気がする。僕たちの沈黙の代わりが、無くなってしまいそうで。
「……返事は保留で良い?」
「もちろん」
「……待てる?」
「もちろん!」
「……」
「今年もよろしく」
「……よろしくね」
そう言って彼女は電話を切った。僕は中に入って、こたつで冷えた身体を温めた。勉にはなんて言おうかな。彼の電話が終わるまで、そんなことをずっと、考えていた。
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