二十四 流れ星/交錯/手を放す
熱が下がったのが日曜の夜で、翌日は学校に行けるだろう、という気がした。体がそれまでとは違って軽くなっていたから。別に行きたいわけでは無かったけれど、そこしか行くところが無いのだから仕方がない。
スマートフォンを触る気にならなくて、ずっと机の上に置いていたのだが、誰かから連絡が来ていることは知っていた。母親に聞いたところに寄ると、終いには家電に電話がかかってきたらしい。電話をかけてきたのは、勉、高橋、瀬川の三人。ここ最近の登場人物だ。
母親と父親は智の葬儀に行ったとのこと。中学校の連中は、智の両親が来ないでくれとお願いをしたから、凄くひっそりとしていた、とも言っていた。智の今までのことを考えると、とても寂しいような気がした。
もし、僕が煙草を吸っていたら(吸えない年齢だし、もちろん吸う気はまるで無いけれど)、いつか大昔のドラマで見たように、彼の墓に煙草を立てるのもいいかもしれない、とそんなことを思ってしまった。
まだ熱があんのかな。そういえば、そのドラマって智が好きだったんだよな。彼の両親の影響で。どんなことだって過ぎてしまえば懐かしくなってしまう、って前に誰かが言っていたよな。誰だっけな。
母親と軽く話をして、ゆっくり一時間風呂に入った。気分は爽快とは言いがたかったが、明日からのことを考えるといつまでもこんな状態ではいられない。
部屋に戻って、連絡をくれた人たちに返信をする。話をしているうちに、どうやら僕が寝込んでいた間、学校は休みになっていたらしい。こんな田舎だ、あんなことがあったとしたらきっと大事になっているはずだ。
そりゃあその選択は賢明だよな。新聞や警察がきたら気が大きくなる奴がいるだろうし、そういう奴はあること無いこと吹聴するだろう。明日は学校に行く、と言って会話を終わらせた。
ベランダに出て、少しの間星を見る。星がよく見えることはメリットかデメリットか。星がよく見えるってのは明かりが少なくて田舎だってことだもんな。そんなことを考えながら、少しの間そうしていた。
途中、流れ星が見えた。流れ星、願い事を言うには早すぎるんだよ、いつもいつも。
翌日。久しぶりに着る制服はとても窮屈で、長期休み開けに着る時とは違った感情だった。いろいろな思いが交錯して……。ま、なにも考えない方が良いな。また熱が出る。
通学風景はいつもと同じだった。他学年にとっては『知らない人が学校で死んだ』、それだけの話なんだ。僕の学年だって、よほど智にお熱だった人と、彼の友人、あとは強いて言うならサッカー部の連中くらいだろうな。
悲しんでいるのは。それ以外は他学年が思うことと同じ。ニュースや新聞で報道される、誰それが亡くなりましたってのと変わらないこと。
教室に行ってもそれは同じで、クラスの連中、いつもと同じように見えた。誰がどのくらい何を知っているのか気にならなかったと言ったら嘘になるけれど、みんなそんなことはもう記憶の彼方ってことなんだろうな。そんなもんだよな。
チャイムが鳴って工藤先生が入ってくる。今日はこのあと授業を潰して校長のありがたい言葉があるらしい。智が死んでからというもの、僕はそういう現実的かつ無駄な物に対して非常に空疎な感情を持つようになってしまった。
どんなに偉い人だっていつかは死ぬんだ、そして、そこに自分も含まれているってことに対しての恐怖。大人ぶっているけれど、実際まだとんでもないガキなんだ。親がいないと生きていくことさえ出来ない。
そういえば時々、不良の先輩の噂を聞くことがあるが、連中だって親にご飯を作ってもらっているんだって風に考えると、彼らの滑稽さがより現れるような気がする。
人間ってなんなんだ。
教室がざわざわしだした。体育館に移動するためにみんなが椅子から立ち上がる音、おしゃべりの声、担任の大声、それらが混ざった音。僕も立ち上がったけれど、体育館に行くつもりは毛頭なかった。
瀬川に教えてもらったところで時間を潰そうと思った。みんなに紛れて教室から出て、トイレに行く。個室に入ってしばらくすると廊下が静かになる。用心のため、もう少し待っていたらドアがノックされた。開けると工藤先生が立っていた。
「出るつもりないんだろう」
「すみません」
「皆にはうまく言っておくからな」
「ありがとうございます」
どこまでが本心なのか、僕自身にもさっぱりわからないことだった。ただ口が動いただけ。先生はトイレから出て行った。体育館に行ったんだろう。先生が行かないわけにはいかないからな……。
僕も出て、階段を上る。上った先には瀬川がいた。正直なことを言うと、彼女がいるだろうって思ったんだ。
「いると思ったよ」
「私も」
彼女はそう言って、制服の上着ポケットから何かの鍵を取り出した。それを使って屋上への扉を開ける。詳しいことは聞かないけれど、彼女が職員室からくすねてきたんだろう。
実際、瀬川ならそういうことしてもおかしくはないんだ。ガチャリ、と鍵が開いた。僕が扉を開ける。もし、指紋採取されたとしても、何かを言われるのは僕だけだろう。そうしたかった。
そんなことはないだろうけれど、どんなことだってないってことはあり得ないんだ。今の僕たちが一番よく知っている。
「屋上、初めて来たよ」
「私も」
日は当たっているけれど、少し風があって寒い。あと、あんまり人が来ないこともあって少しほこりっぽい。それでも、思ったより綺麗だった。
先生が時々様子見で来ているんだろう。彼らだって人間だ、きっと大変なことだってあるはずだから。こうやってここから外を見て、また日常に戻っていくんだろうな。
「何か変わった? 大崎くん?」
そう見えるんだろうか? そうなんだろうな。
「変わったね、なんだか現実じゃないみたいなんだ。なにをしてもこう、ガラス越しというか……自分がここにいるのに、ここにいない気がする。ここ数日ずっとそうだ。瀬川さんはどう?」
「私もそんな感じなんだ。でも、本音を言うと、こういう状況になるかもしれない、って思いはあったの」
「智のこと?」
彼女はゆっくりと頷いた。僕はポケットからスマートフォンを取り出して着信履歴を表示させて彼女に渡す。
「これ、前田君の……」
「そう、あの日、彼が部室にいたときだと思う。僕は自転車飛ばしていたから、全く気が付かなかったけれど、気が付いていたとしても彼を止められただろうか。そんなことを考えちゃうんだ」
瀬川が僕にスマートフォンを手渡して、そして僕の手を握った。僕は自分の言ったことを考えていて、彼女の顔を直視できなかったからフェンス越しの遠くを見た。気恥ずかしさがあったわけじゃない。それは本当なんだ。
僕はしばらくそうしていたけれど、彼女も僕と同じように遠くを見ていると分かった。ずっとこうしていたかった。しばらくそんなことをしているうちに体育館が騒がしくなった。僕たちは手を離して、中に入って鍵を閉めた。開けたときと同じように、僕が扉を閉めて彼女が鍵を。
当然のことながら、僕の頭はより混乱して、その日はまるで授業を聞いていないような一日だった。放課後、部活動もなく一斉下校となっていた。帰って行く人たちの群れに入る勇気が持てなくて、机でぼんやりとしていた。誰かが隣にたった。勉か、高橋か。あるいは瀬川か。僕が顔を上げるとそこにいたのは深川だった。
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