二十三 曖昧/階段/枯れ草


 そこから先の記憶は曖昧だ。


 三人で、部室に行った気がする。


 先生が、部室に入った気がする。


 出てきた後、警察に電話をした気がする。


 パトカーの赤色灯が、近づいてきた気がする。


 僕たち三人が、見たことを警察に話をした気がする。


 僕の両親と瀬川の両親が来て、僕たちを家に帰した気がする。



 はっきりと覚えているのは、その日、家に帰ったらリビングで父親と母親に経緯を話したことだけ。言いたくない、細かいことは端折ったけれど。



 次に気が付いた時は朝日が部屋に射していた。学校に行こうと思って着替えていたら、母親が部屋に来て今日は休みだと言った。そうだよな……。


 でも、何がそうなのかよく分からなかった。とりあえず、私服には着替えた。瀬川に会って、昨日見たことを話したかった。でも、会うわけにはいかないという気もした。ところが右手は勝手に、彼女に電話していた。


「もしもし、大崎くん?」

「ああ……。電話しても大丈夫?」


「うん」

「昨日、面倒なことになってごめん」


「大崎くんのせいってわけじゃないでしょう」

「まあそうなんだけどさ……」

「面倒なことになった?」


 彼女が言うのはきっと家に帰った後のことだろう。


「なったよ。信じられないくらい怒られた。当然だよな」

「私も。普段怒られることなんて無いんだけれどね」


「昨日、本当のことだったんだよね?」

「……うん」


「まだ信じられないんだ、正直」

「私もそう」


 そう言った後、会話が途切れた。多分、昨日見たことを、お互いが確かめていたからだと思う。その後、さよならを言って電話を切った。話をしたかったはずなのに、話すべきことがみつからないという状況だった。


 しばらく、窓のカーテンを開けて外を見ていた。ふと、自転車の方を見るとない。……そうだ、昨日裏門に隠したんだった。取りに行かねーと……。今日学校だったら歩いて行かなければいけなかったな。スマートフォンが鳴る。見ると勉だった。


「もしもし、勉か?」

「ああ、俺だ、勉だ。元気か?」


「まるで元気が無いよ」

「だよな、悪い。もし良かったら、少し話出来ないか?」


「会うか」

「大丈夫なのか?」

「外出た方が気が紛れるわ」


 電話の向こうで勉が笑った。


「じゃあどうするよ?」

「いつもの公園で良いじゃないか、高橋の近くの」


「良いけど、遠いぜ」

「その方が良い」


「そうか」

「でも、自転車が学校の裏門にあるんだ。だから遅くなるぜ」

「要の家行くよ」


 ありがとう、といって電話を切った。ここから見ていたら、彼が来るだろう。家で友達を待つなんて何年ぶりだろうか。


 待っていたら、またスマートフォンが鳴った。瀬川からのメッセージだった。内容は……『時々、電話してもいい?』って内容だった。もちろん良いと答えた。


 僕と彼女はあのことで繋がっている。あとは……詩が好きってところかな。二つも共通点があればもう十分だろう。でも、それだけだ。……落ち着いたら、いろいろと考えた方が良いかもしれない。


 少しすると勉が来た。鞄の底からステップを取り出す。智と乗ったときにもこいつを使ったな。……今は考えないようにしよう。階段を降りて、母親に用件を言って家を出る。


 勉は僕を見ても何も言わず、ただにっこりと笑っただけだった。それがとてもありがたかった。彼は、智がいなくなった今、僕の唯一と言ってもいい友達だ。僕は彼にステップを渡す。


 彼は頷いてそれを後輪にはめる。彼は乗って、僕は後ろに立つ。もう長年付きあったかのように、彼は僕が乗って直ぐに走り出す。高橋の家に近くなった時に彼が言う。


「智の葬式には行くのか?」

「どうだろ、たぶん行かないんじゃないかな」


 僕は彼と仲直りする方法を永遠に失ってしまったから。


「うん、要が行かないんなら俺も行かないかもしれない」

「少し考えるよ。僕の個人的な感情だけでどうこう出来る問題でもないからね」


 三人で話せば気が変わるかも、と思ったがそれは言わなかった。


「志穂が外出ているよ」

 彼女は私服だった。今日は休みだもんな。前に彼女の私服を見たのは夏だったか。同じ年だなんて信じられないくらい前のことだ。


 僕たちはいつもの公園で話をした。勉が缶コーヒー二つとホットココアを買ってくれた。

「小学校のときって私服じゃん?」


 僕がコーヒーを開けたとき、ふと思いついたことが口から出た。言うまでも無く高橋の私服を見たからだ。

「そうだね」

「うん」


「でもさ、小学校の時にみんながどんな服着ていたのか、今となっては全く思い出せないんだ。そうやって、いつも当たり前だったことだって、どんなに大事にしていても忘れてしまかもしれないんだよな。なんだか悲しくなってきたよ」


「全部を覚えておくことは、絶対に無理だよ」

 高橋が諭すように言う。そうだな、彼女の言うとおりだ。

「それは分かっているんだけどさ」


 僕たちはそれから、何も話さずにただ、それぞれが、それぞれのことを考えていた。勉と高橋が何を考えていたのか。分からないし、分かりようが無いのだけれど、それでも、今は同じようなことを考えている気がした。


 風の無い、穏やかな十一月の午前で、太陽が僕たちの周りに光を作っていた。暖かい日で、あんなことが無ければもっと良い日だったろうな、と思った。でも、もう起きてしまったことで、取り返しようがないことなんだ。


「帰ろうか」

 一時間ばかしそうしていた後に、勉が言った。高橋は頷いて、僕は立ち上がることにした。二人で高橋を家まで送り、僕はまた勉の自転車に乗る。そういえば、行きに僕の自転車を取ってくるのを忘れてしまっていた。


「学校いかねーとな」

「ああ……」


 彼はあまり行きたそうな感じではなかったが、行かざるを得ないのだから仕方ない。先に自転車を取りに行くことにした。


 裏門に行くと僕の自転車が昨日置いたまま倒れていた。誰も気が付かなかったのか? 警察も来たはずなのにな。そう考えると滑稽だが、自分の自転車を立たせる。


「無事か?」

 僕はじっくりと観察する。

「うん、問題ないみたいだ」


 枯れ草をはたいて、自転車にまたがる。間違いなく僕の物だ。


「部室棟見に行かないか?」

「行きたいとは微塵も思わねーけど、要が見たいってことは何か理由あるんだろう。いいよ」


 彼も付き合ってくれた。近づくと、刑事ドラマで見るような黄色いテープが張り巡らされいた。警察の人はもういなくて、ただそれだけが矢鱈と明るく見えた。


 少しの間そうしていたけれど、何も感じなかったのでそのまま帰ることにした。彼はそんな僕を心配してくれたのか、僕の方が遠いのに家までついてきてくれた。



 その日の夜、何でか知らんが熱が出た。だからそこから三日間、ベッドから出ることが出来なかった。

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