八   友達/夢/寝不足

 学校の近くに戻ってきたので、誰もいない学校を見るのもいいか、と寄ってみることにした。こんな時間に学校に近づくってことはまず無いからね。


 校舎とグラウンドの間の電灯だけはまだついていたけれど、当然ながら自転車は一台もなかった。


 職員室にはまだ先生は何人かいるらしく、電気がついている。先生もいろいろと大変だよな……。


 校舎裏にある駐車場に行けば何台車が残っているのか調べることは出来るけれど、そこまではしなくていいよな。僕は探偵じゃないんだから。


「要」

 僕の名前を呼ぶ声、声がした方を向くとそこには智が立っていた。彼はジャージで、通学鞄らしきものも持っているから、部活が終わった後ってことがわかる。家に帰ってなかったのか?


「智か。どうしたの、こんな時間に?」

 すぐ帰っていれば、今頃は夕飯を食べている時間だろう。そうじゃないってことは、僕みたいにどこかで何かをしていてこの時間ってことだ。


「いや……。なあ、一緒に帰らないか。昔みたいに」

 彼は僕の疑問に答える気は無いみたいだった。答えたくないのなら、別に答えなくたっていい。友達だって、全部を言う必要なんて無いんだよな。


「もちろんいいさ、どうした改まって……。ほら、僕たちは友達だろう」

 言った後、少し恥ずかしくなったけれど、智はそれを聞いて嬉しそうに笑ってくれた。

「そうだよね、友達、か……」


 そう言った彼を見て気が付いたのだが、彼はどうしてか自転車を持っていなかった。それを聞く気にならなくて、僕も自転車を降りた。僕は人に聞かなさすぎるのだろうか?


 そういうものだと思い込んでいたが、もしかしたら違うのか? 自転車がないってことは一度家に帰ったんだろう、でもそのあとは?


 とにかく、僕たち二人は歩いて帰った。何を話したのかはよく覚えていないんだけれど、昔、一緒に帰った時と同じようなことを話したんだと思う。楽しかったかと言えば『うん』と答えるだろう。


 じゃあ、『あのころと同じだったか?』と聞かれれば、『違う』になるだろうな。その違いを説明できるか? できるかもしれないけれど、それをする気はない。だって……。


 いや、そんなこと言わなくたってわかるだろう。僕は聞かなすぎると同時に、言わなさすぎるのかな?


 智とは彼の家の前で別れた。彼の自転車は僕の想像した通り家の前に置いてあったので、一度家に買ってきてから学校に出かけた、ということになる。鞄を持ってか? 誰と? どうして? ……小学校の時だったらそれを聞くことはできたかもしれない。


 でも、今はそれをすることがどうしてもできなかった。僕はまたよく分からない感情を持って家に帰ることになった。今日はいろいろとありすぎた……。まあ、こういう日もある。



 その日は疲れているにも関わらず、なかなか寝付けなかった。ベッドの中でぼんやりと天井を見ていると、枕元に置いてあるスマートフォンが明るくなったのが分かった。誰かから連絡が来たようだ。


 暗い中、寝る前に見ると、睡眠を妨害するとかなんとか、確か中学校に入ったときにそんなことを特別授業で習った。しかし、今はその眠り自体が訪れないんだから、見たって良いだろう……。なかなか難しいもんだよね。デジタルなツールとの付き合いってのはさ。


 画面には高橋志穂との表示。高橋からのメッセージだ。直ぐには終わらなさそうな気がしたから、机のライトだけをつける。何度か、とりとめのないやり取りをしていたら、返信に少し時間が空いた。


 もう寝てしまったのかな、と思って僕も寝ようと思い、机のライトを消したところで、画面が明るくなる。確認すると、長いメッセージが届いてた。内容は……たぶん、今日彼女が、本当に言いたかったことなんだろうと思った。


 所々、彼女の本音が入っていたように思う。なんて返そうか考えていると、また彼女からメッセージが届く。全然違う内容で、話は別の方に行ってしまった。きっと彼女はあえてそうしたんだろう。


 本音を言わず、そんなやりとりをずっと繰り返していたけれど、さすがに眠くなってきた。眠る前、最後に僕は『なんとかする』と送った。


 それは、彼女が困っているから? それとも部活のトラブルだから? その後は覚えてないから、眠気が勝ったんだろう。


 次の日、寝不足の頭で携帯電話を見ると、確かに会話の記録がある。夢じゃなかったんだな。その後、偶然、下駄箱で高橋と会った。


「おはよう、大崎くん」

 高橋も僕と同じように寝不足のはずだと思うけれど、そんな感じは微塵も感じさせないあたりさすがだと思った。やる気の無い僕とは全然違う。


 もっとも、僕は寝不足だろうがたくさん寝ようが、たいして変わりはない顔をしているんだろうけど。


「おはよう、眠くない?」

「少し」


「僕はかなりだよ」

 高橋はそれを聞いて笑う。彼女は僕に手を振って、自分の教室に行く。


 僕は立ち止まって、そんな彼女の後姿を黙って見ていた。少し後にやってきた、勉に声を掛けられるまで。

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