一斉蜂起

「さあ、助ける者を選びに行こうではないか。人数については相談しよう」

 楽しげな足取りで僕の脇を通り過ぎると、死臭を纏う男はあまりにも容易く背中を見せた。僕を選別に向かわせようとしているのだろう。集められた村民たちを前にして、彼はまるでそれが自分のものであるかのように両腕を広げ、示してみせた。

 ざっと、六十名。小さな子供を含めればもう少し多いだろうか。村の人口を考えれば、足腰の立たない老人を除いて、本当に村の全員が集められているように見える。

 顔ぶれを確認するために視線を這わせ、最初に集団のいちばん手前に立っている両親に目が行く。次いで、僕の目は無意識のうちに錆色の髪を探していた。導かれるように向かった視線の先で、彼女は身長のそう変わらない老父である村長の陰に隠れ、青ざめた顔をしている。

「ほう」

 スフマートが声を漏らすのと、僕が慌ててジーナから視線を逸らすのとはほとんど同時だった。

「想い人の中で生き続けるというのも美しいことじゃないか」

「そんなのじゃない」

「そんなの、だろう。想いは告げたのか」

「だからーー!」

 思わず声に怒気が混じる。スフマートは微笑むように目を細めると、骨張った手のひらを僕の肩に乗せた。

 親しげな手。重い手。腹が立っているはずなのに、嫌なはずなのに、振り払えなかった。

「それとも、一緒にゾンビになった方が嬉しいか」

 悪夢のような提案。瞬間、頭に血が上る。それでも、身体は動かなかった。けたけたという老人の笑い声を浴びながら、僕の視線はひび割れた石畳に置き去りになる。

 昨夜の、ジーナの表情を思い出した。

 もう、子供ではなくなっていた自分たち。いつの間にか、子供ではなくなっていたジーナ。レイヴ。

 僕は。

 たぶん、風が吹いた。

 畑に火を放ったと聞いていた。煙たい臭いの中に、懐かしく、慣れ親しんだ、乾いた麦わらの匂いがした。

 視線を上げる。

 ジーナ。

 心なしか、彼女が再び近くなった気がした。

 僕は。

 そうか。僕は、そういう奴なのか。

 死ねよ、と思った。

 だったら。そんなことを少しでも期待するくらいなら、死ねよ、僕なんか。

 いつの間にか、笑い声は止んでいた。見ると、スフマートは意外そうに目を細め、そして、楽しそうに顔を歪めていた。

「挑発のつもりだったんだがな」

 囁くような声。それでようやく、僕の身体は動き、彼の手を振り払った。

「君のことが、気に入ってしまいそうだよ」

 ふざけた物言いだ。自分の四肢が獣のように唸るのを感じる。狂ったように殴りかかった右の拳は、後ろ跳びに避けられて空を切った。

 大型ゾンビの視線がこちらに向くのを感じ、こちらも距離を取って群衆を振り返る。

「団長!」

 ざわめき立つ村人たちの中に、鍛冶屋のおじさんを確認して声を張り上げた。

「やろう、みんなで! 黙ってても殺されるだけだ!」

 彼らの動きを確認する間も無く、スフマートに向き直る。視界の端にグレイプが構えるのを捉え、僕も大型ゾンビを見上げて戦闘態勢を取った。

「諦めない姿勢、素晴らしいな。ますます君が欲しくなったよ。だが、交換条件はもう無しだ」

 主人が言い終わるや、壁のように立ち尽くしていたゾンビたちが動きだす。しかし、

「退きなぁっ!」

 しわがれた怒声が響き、ゾンビの群れは再び一瞬動きを止めて、声のした方を振り返り、仰ぎ見る。

 僕も同じように目を向けると、民家の屋根の上で仁王立ちになる猟師のおばさんがいた。彼女は皆の動きが止まったのを見てにやりと笑うと、猟銃を構えた。

「来るぞ!」

 グレイプと顔を合わせ、慌ててゾンビたちから距離を取る。その直後、銃声が響き、次いで僕らは背後に爆音を聞いた。

 振り返る。大型ゾンビの足元の石畳が吹き飛び、抉れた地面が顔を覗かせている。

 先刻ーーキアロスクーロと別れた後、おばさんは「とっておきのを準備してくる」と息巻いて、広場に向かう僕やグレイプと別行動を取っていたのだった。

 この爆発が、彼女のとっておきというわけか。

 体勢を崩し転倒する大型ゾンビの巨体に巻き込まれ、何体かのゾンビたちが押し潰された。

 その様子を見た村人たちが一斉に声を上げる。僕も、雄叫びをあげながら手近なゾンビたちに殴りかかった。

 ゾンビを五体ほど殴り飛ばしたとき、二度目の爆発が起こった。

 火薬と腐肉の混じった風がゾンビたちの間を抜けて鼻腔に届く。ふと辺りを見渡すと、さっきまで後方に固まっていた青年団たちも、各々が手近な武器代わりの物ーー石畳の欠片や木の棒等ーーを引っ掴み、侵略者に立ち向かっている。

「ワキヤ!」

 太い声。駆け寄ってきたのは金物屋だった。

「無事で、よかったです」

 体はゾンビに向けたままで返事をする。おじさんは僕のすぐ横につけ、どこかで引き抜いてきたのであろう木の杭を構えた。

「お前こそだ、ワキヤ。まぁ、どっかで隙をうかがってるんだろうとは踏んでたが、まさか正面から突っ込んでくるとはな」

 短くがっはと笑った後、おじさんはゾンビの群れに駆け寄るとそのうちの一体を杭で叩き伏せて、再び僕の隣に戻ってくる。

「敵だらけで、正面も何もなかったです。マァギタさんが攻撃するまで敵の気を引けたんだから、結果オーライってことで」

 おじさんは杭を抱え直しながら、「確かにな」と大声を出した。

「村中が占拠されるなんて、何があったんですか。駐在さんの結界でも侵入を感知できてなかったって聞いてます」

「俺も又聞きだから見てはいないが、昨日狩った大トカゲいるだろう。回収した一匹が息を吹き返して、その後どうなったが知らないがこうなった。おおかた、そいつが奴の手先のゾンビで、俺らはまんまとそいつをお迎えしちまったわけだ」

 ああ、と声が漏れる。害獣として狩った大トカゲは、その骨肉や革を使うために一旦村の中に回収していた。ただの搬入作業として扱われたせいで、侵入者として認識されなかったのだろう。

「おまけに今は護衛隊長もいないだろう。親玉っぽいのは勇者がどうたら言ってるし、完全に今のこの村を狙わーー」

 おじさんの言葉が終わるのを待たず、ゾンビが駆け寄ってきたのでそれに対処する。

 護衛隊長、つまりレイヴの父親は、息子が勇者に選ばれたということで領主の城へ多くの護衛兵を引き連れて挨拶に行っていた。

 珍しくもない害獣にゾンビ化したものを紛れさせる周到さを考えれば、確かに、そのタイミングを狙われたのだということなのだろう。

「あんまり話してる余裕はねぇよな。また後でだ、ワキヤ」

「はい。この次はまた宴会ですね」

「復興が先だろ馬鹿野郎」

 冗談に笑い合って、お互いにゾンビの撃退へ戻る。

 見ると、転倒していた大型ゾンビは再び立ち上がり歩き始めていた。

 何体かを倒して大型ゾンビの行方を追うと、その怪物は次の弾を込める猟師のおばさんが陣取る小屋へ向かっていた。

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ワキヤクレイヴ-wakiwa crave- いちどめし @ichidomeshi

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