精鋭ゾンビ

 こんなに大きなゾンビは、さっきの群にはいなかったはずだ。

「小賢しい。味な真似をしてくれる」

 スフマートの声。魔王軍の幹部だという男をあれだけで倒せるとも思ってはいなかったけれど、それでも彼の健勝は僕を落胆させた。

「ーーとでも、言っておくべきなのだろうな、こういう場面では」

 大ゾンビの横に立つ屍術師は不機嫌そうに言い、しかし愉快そうに笑みを浮かべた。

 纏う法衣には赤黒い、肉なのか血なのかも判別のつかないどろりとしたものが付着しているものの、見たところ本人はどうやら無傷である。

「おかげで、儂を庇った精鋭が一体ダメになってしまったよ。勇敢なエルフの戦士から作り上げたお気に入りだったというのに」

 エルフ。ゴブリンと同じく、勇者伝説の中にしか見たことのなかった亜人種だ。そういえば、先ほどグレイプの鎌を弾いたゾンビは心なしか細身だったような気がするけれどーー肌の変色し腐りかけた姿では、どのみち種族を判ずることは困難だったろう。

「どれ、今度はオークの若者で作ったゾンビだ。こいつは他に比べてかなり丈夫だぞ」

 おどけたように肩を揺らすスフマート。老齢の見た目に反して、幼子が自慢の玩具を見せびらかすような物言いである。その大仰な抑揚からは、演技だということを隠す気もないわざとらしさが滲み出ている。

 ふと傍らに目をやった。あまりの体格差に牙を剥き出して威嚇することしかできないグレイプの姿。彼の心境は痛いほどよく分かる。分かるどころか、彼と同じ表情をしている自覚すらあった。

 そのまま、僕らから仕掛けられるわけもなく、ゾンビ軍団にも動きがないまま、生きた心地のしない沈黙が続いた。

 それはきっと十秒にも満たない時間で、しかしスフマートがその沈黙を破って笑い声を上げたとき、僕の全身は収穫期の忙しさを乗り切った時よりも疲れ果てていた。

「いや、なに、そう身構えなくとも、すぐにこいつで蹂躙する気はない。勇者の育った村を襲撃するという一大イベントだ、無粋な真似はしたくなくてね」

 屍術師の気楽な物言いで、緊張の糸がわずかに緩まった。

「悪趣味な。どのみち殺してゾンビにするくせに」

「この悪趣味には実利も伴っているのでね」

「実利?」

 質問を返してから、すぐに、しまったと思った。むしろ聞き返されることを期待していたのであろうスフマートは、愉快そうに目を見開いている。

「ああそうだとも。確かにここの村人たちを雑に切り裂き踏み潰し皆殺しにしたとしても、その壊れた死体でゾンビを作ることは可能だ」

 饒舌。スフマートは萎れたようなしわの多い口元に楽しげな色が浮かべ、大型ゾンビの陰から前進してきて、身構える僕の前に立った。踏み込めば拳の届く位置。それは同時に、僕に身動きを許さない彼の間合い。

「事実、ここに集めたゾンビの大半は、そこらの土中から呼び出した死に腐った者たちだ。しかし、さっき君たちがダメにしてくれたエルフや、このオークは違う」

 うっとりとオークのゾンビを見上げる屍術師の法衣が揺れ、腐臭が漂った。駆除した大トカゲの死体からなめし革を作ろうとして、持て余した金物屋の家で嗅いだことのある臭い。

 それは法衣に飛び跳ねたゾンビのカケラによるものなのか、日頃の所業により彼の身体にこびりついたものなのか。想像したせいで、吐き気すら押し除けて嫌悪感が込み上げる。

「生きているうちから手を加えて、ゾンビになってもらった者たちだ。死体を術で動かすよりもずっと良質な戦力になる。ただーー」

 もったいぶるように言葉を止め、スフマートは僕に向かって、心なしか友好的な視線を向けた。

「その処理にも使役にも手がかかるのでね、残念ながらこの村の全員を、というわけにもいかない。協力してくれる優秀な素材を選りすぐる必要があるというわけだ」

 視線の意味。村人を殺さなかった意味。皆まで聞かずとも胸糞の悪い思惑を察してしまう。

「キアロスクーロに君を生かしておいてもらって正解だったと考えているよ。ゾンビを六体も潰した金物屋の男はガタイも良い優秀な素材だが、なにぶん物語性が薄い」

「何を言ってーー」

「勇者にぶつけるための材料集めだ。友だという君を使えるのは実に美味い。素材として劣るのならば考えものだったが、なかなかに気骨もある」

 もはや愛おしげですらある淀んだ視線。足元がふらつくほどの、気分の悪さ。

「あと一人、逃げ回っている猟師は優秀だが老齢だと聞く。ガタも来ているだろうし、特に勇者と懇意にしていたとも聞かぬしな。どうだ、ワキヤ君、協力してくれないか」

 答えられない。答えられるわけがなかった。拒否しようが受け入れようが、行き着く先は死だ。

 けたけたと薄気味の悪い笑い声。僕の反応を分かりきった上で、楽しんでいるのだろう。スフマートが骨張った指をこちらに伸ばしてきたので、僕は反射的に身を引いた。

「生きたまま素材にされるのは怖かろう。だからこそ、劣った材料も生かしておいた価値がある」

「どういうことだ」

「君が受け入れてくれれば、何人かは助けてやらんでもない、ということだ」

 本当に、本当に、悔しいけれど、

 僕の頭の中には、それで何人かの顔が浮かんだ。

 スフマートの忌々しい笑顔が、満足そうに歪む。頭の中を見透かされているようだった。

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