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※第4章3節のシーン


 『レイス』の拠点はアグヘロの中央に経つビルにある。


 ヴィンセント・ブルースという大物を引っかけたというのに、邪魔者の面会に応じなければならない状況を呪うレイピアの顔は不機嫌丸出しだった。エレベーターの中ではうんざりと言わんばかりのレイピアが腕組みをしながら下の階へ着くのを待っていた。一階に到着し扉が開いた途端、流れ込んだ空気を浴びて眉をしかめる。


「保健所を呼ぶのはこれっきりにしたいわね」


 何日も洗われていない毛むくじゃらの獣臭さ、硝煙に塗れた戦場から戻ってきたばかりのような泥臭さが鼻につく。数メートル先に目をやれば、ソル率いる『タイタン』がたむろしていた。


「ひとまず待機」

「「サー」」


 エレベーターから出るレイピアの命令に応じた部下2名は、彼女の一歩後ろを歩きながら後に続く。

 アグヘロにおいてタイタンは最も自由を謳歌する連中だと言われている。欲しいものは手に入れ、暴れたいときに暴れ、興味のないことは星の滅亡であろうと知らんぷり。彼らは彼らの自由と理に従うが、その姿は『掃きだめども』や『はみ出し者』達のいるアグヘロには毒だとレイピアは考えている。ただでさえ主を失ったこの街で、強者弱者問わずろくでなしを統率し秩序を守る番人でいるのも一苦労なのに、こんな連中に好き勝手されるとますます手をつけられなくなる。


 よって海賊の名をほしいままに跋扈する顔ぶれは、ただでさえ現在面倒事に追われている自分の精神によくないものだ。本当なら口も聞きたくない。どうせいつもの寒い口説き文句を言いに来たのだろうから、さっさと終わらせるに限る。


「おいガキ、ボスの鬣に触るなよ」

「気安く撫でてんじゃねえぞオイ」

「……ボ〜、ス、ぅ~~?」


 …見慣れた連中のはずだが、ただ一人、その顔ぶれには不釣り合いな者がいる。

 あの暑苦しい鬣のライオン頭はタイタンのボス、ソルだ。それを囲むアンスローやサイボーグどもにも見覚えがある。


 だがソルの腕に抱かれている、あの少女は何だ。輝く銀髪がロビーのシャンデリアに照らされキラキラと輝いている。同時にソルの黒い鬣もキラキラした目で見ている。ソファに悠々と座り、目の前のテーブルに脚を組んで載せているソルは、片手で飲みかけの酒瓶を揺らし、もう片方の手で侍らせている女を撫でるかのように少女の喉元を擽った。少女は赤子のように無垢な笑い声を上げる。


「構わねェよ。どこぞの抜き身の刃みてェな番人様より簡単で可愛げあるぜ。なぁ?」

「託児所をお求めならそこのドアを出て左3ブロック先よ」


 抜き身の刃よろしく突き刺すような声で答えるレイピアに、ソルはにんまりと口角を上げる。


「拾ったペットには最後まで責任を持つ主義でね」

「あら、汚い野良猫に拾われるなんて不憫な子」


 レイピアの嫌味に部下が「なんだと?」とガンを飛ばしたが、ソルは手を挙げて制止し、勢いよく立ち上がる。レイピアよりも頭2つ分大きな体格とライオンの頭、放たれる覇気は見る者全てを戦慄させるが、レイピアは一歩も引かない。それどころかソルから漂うアルコール臭が鼻につき、堂々と嫌悪感を露わにしている。


「今のテメェの目には野良猫にしか見えねェだろうが、すぐにこんな風に映るだろうさ。この街の玉座に君臨する獅子の王としてな」

「………」

「なぁ、アグヘロの王の剣、レイピア・ロード。そろそろ持ち主を決めるべきだと思わないか?」


 そう言って勢いよく瓶の中の酒を口内に流し込みつつ、視線をレイピアから一切外さない。僅かに飛んできた酒の滴がレイピアの黒いスーツに付着したが、ソルはそれもお構いなしにニッと牙を見せて笑った。


 アグヘロはかつてコイルという支配者がいたが、彼が死去してからはアグヘロの支配権を巡り二つの組織が抗争状態に入っていた。

 一つはソル率いる海賊団『タイタン』。世界中だけでなく宇宙を股にかける略奪者達。歴戦の武闘派集団であり、危険な星の開拓も請け負い、アンとヲー問わず貴重な資源の取引を行っている。彼らに潰された敵対組織は数知れない。

 一つはヲームのジンゼイ率いる麻薬組織『シィ=ワン』。表では製薬会社として経営しているが、陰ではタチの悪い麻薬を流しており、ヲーの裏社会でその名を知らぬ者は少ない。ヲーのセレブの中でも彼らのパトロンはそれなりにいるようで、資金提供を受けながら『お得意様』を増やし続けている。

 彼らの中立的立場にいるのがレイピア・ロード率いるマフィア『レイス』。混沌極まるアグヘロに存在する絶対のルールに反した者を粛清する番人。かつてはコイルという王に従う一本の剣だったが、王が死んだ今、このレイスを従えた者達こそアグヘロの支配者の証となる。

 数多の強者を相手取って来たソルだが、目の前にいる自分より筋肉も少ない細身のエルフ女には取り分け一目置いている。何せこの無法の街において番人を名乗るだけあって実力は申し分ない。彼女が統括するレイスがもたらす影響力はこの街の抑止力として十分に機能している。自分達に負けないほどのタチの悪い連中も、アグヘロで好き勝手しようとも彼女らだけは敵に回すまいと最低限の礼儀を果たすようにしている。


 彼女らを味方につけるため、ソルは何度も「口説くため」頻繁に訪れているが、生憎とこれまで鋼鉄の女と名高いレイピアは一度たりとも首を縦に振らなかった。おそらく『シィ=ワン』も同様に彼女にフラれ続けているのだろうが、だからといって手をこまねいている暇はない。


「俺ァ懐は深いが気が短い。いい加減素直になったらどうだ?気位の高い雌もいいが、そろそろ腹を見せて欲しい所でなァ」

「器でない者に傅く気は無い。…さすが獣ね、三日前の記憶も宇宙へ置いてきたのかしら?」

「ああ、連日枯れた星の砂場で派手に遊んでりゃお前もそうなるさ。大目に見ろよ、同じアン出身のよしみだろ?」


 レイピアはソルの言葉を聞いてぴくりと眉を動かす。


「聞いたぜ、コイルに育てられたらしいが、本当はアンからの亡命者だってよ。どうせ逃げてきた所をコイルに助けられたんだろ?」


 ロビーの赤いカーペットをリズミカルに踏みながら、レイピアの背後に回る。レイピアの目にはニヤニヤと笑ったり、殺気を込めた視線を向けてくるタイタンの面々が映った。


「俺もアンで生まれたよ。どこにでもいる、獣人部族の血の気の多い若造だった」


 過去を懐かしみ、寂しそうに語る。その演技じみた声が一層清々しいものだった。


「だが『あの国』が始めた獣人狩りに遭っちまって、一族全員が滅ぼされた」

「………」

「その後は自我を奪われてヲーの動物園へ売り飛ばされて…なんとか脱出して今に至った。……25年前の話だ」

「……あなたのドキュメンタリーには興味がないんだけど」


 これ以上の話には興味がない。そう言うかのように制止するレイピアだったが、ソルはまだ愉しそうに歪む口を止めなかった。


「…お前が亡命してきたのは27年前だって?…確か『あの国』が興されたのもその時だったよなぁ」

「………、」


 レイピアの長い耳が少し動いたのを確認すると、ソルは言葉を続ける。


「俺の一族を滅ぼしたクソ国家と、テメェをヲーへ追いやった連中…どうせ関係あるんだろ」

「だったら何?」

「簡単だ。手を組まねぇか?」


 レイピアは背後のソルへ振り返る。彼は瓶に残った最後の酒を一気にあおった。


「アグヘロにゃこの世界の無法者どもがうじゃうじゃ集まってくる。それもクソ国家に故郷を追われたとびきりの、連中がだ。おかげで奴らにぶち込める爆弾が選り取り見取り。ここを拠点とし一つの旗としてまとめ上げりゃ、あの思い上がった『神くずれ』どもを潰せるかもしれない。必死に信仰を集め哀れにも生きながらえようとする、あの、エゴの塊に」

「…海賊の唾が『神くずれ』に届くとでも?」

「長年溜まりきった痰だってぶちまけてやる。この牙と共にな」


 ソルは大きな腕をレイピアの肩に回す。壁際で並んで直立していたレイピアの部下は僅かに反応するものの、レイピアの命令のままそれ以上動かなかった。ソルは獅子の顔を華奢な肩の上に近づけると、そっと囁いた。


「悪い話じゃねェと思うぞ。…お前の『本当の主君』も取り戻すチャンスになる」

「……!」


 それまで拒絶するような冷たい仮面だったレイピアの表情が僅かに変わる。その変化を見逃さなかったソルは、もう一押しとばかりに語りかけた。


「……どうだ?レイピア」

「…………」


 ソルの口元は微笑んでいるが、目つきが笑っていない。レイピアはそれを見ていないものの、ソルがどんな表情を浮かべているかは容易に想像できた。返すべき言葉を口にしようとすると、ふと自分に刺さる視線を感じる。その主を目で追っていくと、そこにはソルにペット扱いされていた銀髪の少女が、ソファの背もたれから膝立ちの状態でちょこんと顔を出していた。この空間で唯一あどけない表情で見守っている彼女があまりにもアンバランスすぎる。

 一瞬ばちりと目が合ったものの、レイピアはすぐに反らす。銀髪の少女は「どうしたんだろう?」と言わんばかりに首を傾げる。すると、少女の目の前をソルの部下が大きな体で遮った。万一の事態に備えて武器を構えつつ、すぐに襲いかかれる位置へ移動したらしい。


「んむぅ~…!」


 見えないよう、と言わんばかりに口を尖らせ、体を上下に揺らす少女。その衝撃でソファからはみ出したつま先が、灰皿や保湿用ジェルらしきボトルが乗っているテーブルに当たり、ガタンと揺れる。


「笑わせないで」


 レイピアが口を開いたのはその直後だった。肩を抱くソルの腕を払いのけると、侮蔑するような目を彼に向ける。


「同胞に足元を掬われて主を失った者の下に着くなど、愚の骨頂」


 今度はソルの表情が変わる番だった。レイピアの言葉で歪んでいた口元は真一文字に変わる。


「裏切り者もまだ見つかっていないようだし。『彼』について行ったメンバーも少なくはないようだけれど、それで組織がまとまっていると言えるのかしら?」


 ガシャン!というけたたましい音が響く。ソルの手にあった酒瓶は壁の方へ投げつけられ、粉々に砕かれていた。タイタンのメンバーにはただならぬソルの様子に動揺を見せる者もいれば、先程のレイピアの発言で武器を構える者もいた。それを見たレイピアの部下も銃を構え、警備ロボット呼び出し用のスイッチに指を載せる。


「……そいつは余計な心配ってやつだ。裏切り者も神くずれ共も俺達の手で粛清する」

「…ええ、言うだけなら簡単ね」


 グルルル…と地の底から這い上がるような獣の唸り声と同時に、針の筵のようなチリッとした空気が肌を刺す。まさに一触即発と言ってもいいだろう。触れれば破裂する風船を目の前にしているようだ。この場にある熱と静電気、もとい殺気そのものが風船を割ってもいいと言っているかのような。


 タブーに触れられ冷静さを失いつつあるソルに、気乗りしない口説き文句を聞かされうんざりしていたレイピア。この状況が動くならソルがこの場を引くか、レイピアが先程の発言を撤回するか。平和的な解決を望むならせいぜいその辺りだろうが、生憎この場を流そうなどと考えている者は一人もいなかった。

 それぞれ固唾を飲むか、ボスの合図を待つか。言葉もない思惑がぶつかり合う緊迫した膠着状態。これを打破できる者がいるとすれば、それは……。


「うぅ〜〜?」


 徹底して空気の読めない者だ。物騒な大人達の、不穏なピリピリした空気の中で、あろうことかそれは堂々と二人の間に割って入っていたのだ。ソルとレイピアに集中しすぎて周囲は愚か本人達すら、その接近に気づいていなかった。

 声を聞き、それぞれ大きくて少し欠けた耳、長く尖った耳を動かしたソルとレイピアが見下ろすと、あどけない表情でレイピアを見上げる銀髪の少女がいた。


「お、おい何やってんだあのガキ…!」

「誰かアイツを見てなかったのか!?」

「知らねえよ…!」


 ざわめくタイタンの部下など目もくれず、少女はじっとレイピアを見つめる。

 対するレイピアは無表情を崩さない。大の大人をも黙らせる、次に口を開けば殺すと脅しているような冷たく眼差しをそのまま少女に向けている。まさしく彼女の名前のような、細く鋭い鋒をだ。

 ここまで来ると子供ですら何かしら察するだろう。泣き出してもおかしくはない。多少大人気ないと言えど、自身の邪魔をしているのだから文句を言われる筋合いはなかった。ましてやいけ好かない相手の、躾のなっていないペットなら尚更である。

 邪魔だ。そこをどけ。口に出さずそう物語る眼光に、外野は息を呑んだ。


「えへへぇ、」


 …にも関わらず、少女には通じなかった。それどころか急にふにゃっと笑いかけてくる始末。

 小さな体躯ですっと背伸びをしたかと思うと、自分より頭ひとつ分離れた長身のレイピアの頭へ手を伸ばす。


「ヒヨ、チャぁ〜!」


 なでなで、ぐしゃぐしゃ。そんな音が聞こえてきそうな撫で方により、レイピアの綺麗に編み込まれたおさげからいくつものおくれ毛が生まれる。頭を撫で回すだけでなく、未だ無表情を保っている鉄面皮のほっぺたをむにむにと粘土のようにこねくり回されている。かわいいねぇ、いい子だねぇと小さい動物をかわいがるような手つきだ。

 乳歯が生えてきたばかりのような子供の笑顔を浴びながら、尚も好き勝手され続けているアグヘロの王の剣。

 その珍妙な光景に我慢できない者はいなかった。


「ぶぅーーーっふ、ふははははははははは!!」


 先程までの牙を剥く獅子の表情から一変し、堰を切ったように笑い出したソルに続いて、彼の部下達の笑い声もけたたましく響いた。


「あのレイスの女ボスがガキにされるがままだぜ!」

「かの鋼鉄の女も形無しじゃねェか!」

「見ろよアレ、かわいいヘアスタイルでちゅねぇ〜!」


 黄色い歯や作り物の歯、虫歯混じりの歯が見えるほど、沢山の口が大きく開かれており、絶え間なく笑うか煽りを紡いでいる。日頃レイピアに辛酸を舐めさせられた連中にはとくに気持ちのいい光景だろう。まるでお人形遊びのおもちゃだと好き勝手に盛り上がる。


「よかったなぁガキ!かわいい妹ちゃんができて。ああこっちは問題ねえぞ?お前ら『二匹とも』まとめて面倒見てやるつもりだからなぁ」


 ソルが少女の頭を撫でると、少女はまたえへへ、と笑顔を浮かべる。それでもレイピアを撫でる手は止まらない。されるがままになっているレイピアの表情に誰も注目していなかったが、漂う雰囲気は徐々により危険な匂いを漂わせていた。レイピアの命令を守って武器を構えたままだった部下も、いよいよ合図が下るぞと銃口をソルに向ける。


 …それにも気づかず、外野の賑やかなこと。


「あーー、あぁはは!笑いすぎて差し歯抜けちまった!」

「戻せ戻せ!なくしたくなかったらな!」

「はーー傑作だ……何だお前も蹲って。笑いすぎて盲腸でも痛めたか?」


 賑やかな笑い声が響く中、一人だけ苦しそうに笑いながらしゃがむ、金色の義眼を付けたアンスローがいた。彼もまた少女にもみくちゃにされるレイピアに大笑いをしていたようだが、その代償が大きいものだったらしい。


「ははぁははっは〜……キンタマの傷が開いちまった」


 それを聞いたモヒカンのヲームは手を叩いて笑い出す。


「はっはっはっは!おいおいこないだ裂けたばっかだろ!やっぱ縫っとけばよかったじゃん、なあ?」

「縫えるワケねぇだろデリケートな魂だぞ!あ、いててて…」

「何なら塗り込んだ保湿じゃ効かねぇんだろ。別の塗ってまたラップで巻いとけ」

「別のだぁ?そんなもんちょうどよく…おっ」


 股間を痛そうに抑えるアンスローの目に映ったのは、先程まで少女がいたソファの前にあるテーブル……の上にある色のついたボトルだ。しっかりと保湿用と書かれている。

 背に腹は変えられない。少しでもこの痛みが早く治るならと真新しい薬に手を伸ばすのはよくあることだ。彼も例に漏れず、震える手でボトルにそろそろと手を伸ばした。


(ダン!)


 ボトルに彼の手は届いた。だが同時にボトルを掴んだままの手は動かせなくなっていた。


「…あ?」


 …手だ。テーブルの下から何故か男の手が生えてきて、彼の手首を抑えつけている。

 それはまるでどこぞのクラシックな安いホラームービーのような光景で、画面の中の出来事なら笑って流せただろう。だが生憎これは現実だ。しかもこの手はタイタンの誰のものとも一致しない、部外者のものだ。股間を抑え苦悶の表情を浮かべていた彼の顔がみるみる警戒心に染まっていく。


「てめぇ誰…」

「バイバイタマタマ」


 シンプルなお別れの言葉が聞こえたかと思うと、ちょうど内股になっている男の足元から何かが飛び出した。放たれた弾丸のように現れた黒い何かは、そのまま彼の最大に脆いある一点を狙って突撃した。


「アァあ“アぁ”ーーーーーッ!!」


 脳天までも貫く痛みを乗せて断末魔が口から飛び出す。無理もないことだ。ただでさえ致命傷を負っていなくとも急所と呼べる場所に刺突されたような痛みが襲ったのだ。絹を裂くような男の悲鳴が響いたのと同時に、それまで笑っていたタイタンのメンバーが一斉にそちらへ視線を向けると、テーブルの下から長い足が勢いよく上がったのが見えた。蹴り上げられたテーブルはそのまま、上半身を傾けて悶えながら睾丸の無事を祈る男に直撃する。

 激しい騒音を響かせ、テーブルの直撃を喰らったタマタマバイバイマン。そのまま堅い壁に勢いよく叩きつけられ、衝撃で天井から吊るされている豪華なシャンデリアが大きく揺れた。


「あーークッセェ!!何やらせんだよ!」


 先ほど男の股間を直撃した黒い何かは、翼をはためかせながらうっかり股間にくっつけてしまった鼻を小さい手で擦る。揺れるシャンデリアの光が、黒い鱗に反射してキラキラと輝いている。


「ハイハイハイ、クレームなら後にしな」


 軽口と共に、床から勢いよく何者かが体を起こす。

 衝撃音に引かれてようやくレイピアから視線を離した少女は、その姿を視認すると、また更に嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。


「アー!ポポー!」

「悪い子だ」


 嗜める様に肩をすくめる男。その姿を認識したレイピアは腰の剣に手をかける。

 だがその直後、背後から白い大量のスモークが勢いよく噴き出され、自分やソルの周囲をあっという間に包み込んでしまった。

 

 それが彼、ヴィンセント・ブルースの行動開始の合図だった。

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③異世界が地球を侵略しに来て1000年経ちました。 佐藤シンヂ @b1akehe11

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