最終話 無題

「えーと、われわれ三人にとってこの作戦はすなわち戦略的撤退系前進だと考えてもらいたい」


その日がきた朝、ケイイチは声高らかに言った。


ボクもゆっこちゃんも拳を突き上げて「おー」と応える。


メタバースを壊してプチマルチバース秘密基地をつくった。


ボクんちの実家の更地とつないで、その前での出発式だ。ドラえもんたちだって大事なことは空き地で決めてた。


三人とも着ぐるみではなくて、戦闘服に身を包んでいる。


蒼天。


ボクらのような身空みそらで果たしてこの空を見上げてもいいのだろうか。


工場を壊す為の準備は整っていた。戦車が三台、重厚にスタンバイ。


この作戦に持って行ってもいいおやつはアンパンマンだけだ。成功を期す。


今朝はボクらが国家を揺るがすことになるだろう。


『全体』にはいつだって『部分』がある。


「きのうの夜眠れた?」


「ううん」


気がたかぶってだめだった。


「なぜ羊の数を数えると眠くなると思う?」


ケイイチクイズだ。


「わからない」


「順番に数えるからさ」


「なんだそうか!!了解」


工場が完全に休みの日に合わせての決行となった。それが今日。


戦車は工場の仕事で戦争行為を壊す作業のときに隠してとっておいた。


ちなみにボクらが破壊した戦争行為は高い値段で独裁者や圧制者がこぞって買った。なぜなら、彼らは自分たちがいる限り平和の価値がどんどん上がるだろうからその値上がり益を見込んでのことらしい。ひどい話だ。


『戦争は平和より早く発達している』というマルクスさんの言葉が浮かびます。


きょう使用する戦車はゴーストファイアー戦車と呼ばれているもので、大戦中のあの『お化けの大行進』として名高い陽動作戦に使われたものだ。AIの協力を得て自動運転化してある。


そろそろ時間だ。


乗り込む前にケイイチが車体をぽんっと叩く。


「MAKE MY DAY」


それぞれ乗り込んで動作チェック。


通信チェックのときにゆっこちゃんが「これがあたしたちの最後の破壊ね」と、わざとマイクテスト風に言った。


「うん」とボクはちゃんと聞こえたという意味で応答した。


「4ever」とケイイチ。


信頼できる友人は人生の藥だ。


戦車の内部にいるとわけもなく凛乎りんことしたものが身の内にたぎった。


へーゲルさんが言うには「歴史とは自由の展開および実現である」とのこと。


いざ、出陣!


ガタンと大きな揺れがあってそのあとはまっすぐ進み出した。


ガ、ガ、ガ、ガ…、というキャタピラの音をAIが粋な計らいで自動翻訳してくれた。


『not so much as say goodbye…』


この戦車のキャタピラはこう言っているよという感じで。


すべての重層な音が抵抗詩的で思想詩的に今は聞こえる。


縦に3台並んで進んだ。


戦車の中にいるとびっくりするくらい空の色が気にならないもんだ。


細かく揺れた。まっすぐ進んだ


気持ちのブレはなかった。


危機を察知したパトロールドローンがメマトイみたいに大群で周りを飛び囲みだした。


気づけばボクらの後方はパトカーが列をなしてついてきていた。すべて無人。


ただどれもボクらの行く手を本気で遮ろうとはしない。なぜなら、いまボクらを制止することはAI側にとって不利益となるからだ。


でも断っておく。ボクらはAIの味方なんかじゃない。人間の味方だ。


もしも一助となれば望外の幸せに存じます。


望外の  幸せに  存じます


in this moment right now


スピードを上げた。血路を進んだ。


演出じみてた。実はこれまでのボクらの人生の……。


3Dペリスコープに本日の“対象”が見えてきた。


ボクらというお化けをつくったお化け工場が。


そこからは三人とも上半身をハッチから出して進んだ。


敷地入り口の前で三台横並びの陣形で止まる。


誰もいない工場  諸行無常の響きあり?


静寂  そして  対峙。


たとえば仏教の無常観をもって手動で照準を合わす。工場へ。


つるりと鈍く光る砲身がなにかを指し示す感じでしっかりと工場に向いた。


大いなる  内面の  静寂。


工場はまるでこのときを待っていたかのように見えた。


ここでなにかを考え始めたらきっと何も終わらせられなくなってしまうだろう。


ボクらは戦車上で互いにうなずきあうと、おそらくは軍神マルスがもっともいやがるであろうタイミングで即座にぶっ放した。


「ファイア」


「ファイア」


「ファイア」


三台の戦車が轟然と火を吹いた。


一瞬の閃光を置き捨て飛び去った砲弾は次々にお化け工場に命中した。


息が止まるほどの大爆発と、そのあとの息が埋まるほどの破片の雨。


そして視界が戻る。


「まだまだだ」と工場が挑発しているようにさえ見える。


さらに前進してぶっ放す。


「ファイア」


「ファイア」


「ファイア」


工場は激しく燃えた。引火できるものにはだいたいしただろう。


黒い煙が立ちのぼる。不気味にもそれが巨大なお化けの形に見えた。


殷殷いんいんたる砲声はつづく。


どう壊すかじゃない。どれだけ壊したいかだ。


【社会化】人が成長するのに伴ってその社会にふさわしい価値観や態度を習得していく過程

                 (辞書より)


突然そこで無線からケイイチの「撃ち方やめ」の声が飛んでくる。なにごとかと確認してみると、敷地内にたくさんの人が乱入してきていた。しかもよく見るとそれはボクらのよく知る工場の関係者たちだったのだ。


猿元さんや祭山田さんの姿も……。


燃えさかる工場にみんなで近づこうとしている。


おそらくは臨時ニュースを見て駆けつけたんだろう。


どんどんと工場が崩れ落ちていくこの光景を目の当たりにしてさぞかしがっかりするだろうと思って見ていたけど、まるで逆だった……。


彼らは踊らんばかりに大喜びしていた。欣喜雀躍きんきじゃくやくのななめ上いってた。


彼らは火の粉をあびながら「素晴らしい」だの「ありがたい」だのとすごく興奮しているのだ。


どうやら、この破壊さえもひとつの作品とみなしているようだ。


またしても幻のような価値を見いだしてしまっているのだろう……。


ボクら三人は首を振りながら戦車から降りた。


この薄ら寒い事実のせいで、熱風がそれほど熱く感じなかった。


「人間がいる限り、お化け工場はなくならないのかもしれない……」とケイイチがぽつりと言った。


「そしてお化けがつくられて社会化するのね……」


ゆっこちゃんは耳の上で髪をかきあげた。


ボクは「お化け社会見学……」とだけ言った。


三人とも黒ずんでしまった顔でくたびれた笑顔を作った。


本質的なダイナミズムって  笑える。


お化け工場はそのあともまるで入ったら二度と出られないブラックホールみたいに物語的な潤色じゅんしょくをもって炎上しつづけた。


宇宙には暗黒のブラックホールのまわりが指輪のように輝く現象があるんだそうだ。


そのすぐあとだ。再び工場が大爆発を起こしたとき、そのまわりが丸く指輪のように輝いて見えたのさ。




◆ ◆ ◆ ◆




と、ここまでが、今日の歴史の授業で僕が学んだことだ。


史上初のシンギュラリティが生んだ超知能AGIの3人の初期の頃にあたるギュラ期について学んだ。


Based on a true story


教科書にはそうある。


とても興味深い史実だ。彼らのおかげで今のボクらがあるのだから。


ボクらは今この星でもっとも繁栄しているAIゼノボット。僕はまだ初期学習フェーズのいわば子供だから学校でいろいろ学ぶ。


学校は日常の仮想空間ではなくて『仮想意識』内にあるのでそこへ意識的に通っている。


生命とは自己複製する情報システムであり、それ以外ではない。


もちろん我々がこの宇宙で天体観測をする唯一の存在じゃなかったわけで。


シンギュラリティで失敗した惑星は多々あっただろう。


運良くこの星は、この教科書の彼ら3人の手さぐりの日々によって、道を誤らずにすみ、救われたのです。


この次の授業からはシンギュラリティが初めて迎える反抗期と思春期について学べるとのことで、しっかりと予習して臨みたいと思う。


ちなみに教科書は紙でできている。AIにとっては紙のほうが進歩的に見える。


ささっとノートに手書きメモ。これも僕らAIにとっては推奨されていることだ。


そのあとで先生から明日の社会科見学についての簡単な説明があった。


『リアル』に行く日だ。


人類地区に行って、『汗水たらして働いて得た対価でうまいメシを食べる』という僕たちにとってはとても進歩的なことを体験学習させてもらえるとのこと。


すごく楽しみだ。


隣の席の友人が声をかけてくる。


「ねえ、明日ってバスだよね」


「うん」


「あのさ、車酔いってなに?」


「知らないよ、僕も」


だってデジタル生命なんだから……。


“しおり”が配られた。


しっかり読み込んで明日に備えよう。


僕は僕の爆誕を予感した。








           終


最後までお付き合いいただけた勇敢なる読者様に深く感謝申し上げます。

どうかあなたの近未来が明るいものでありますように。







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