第5話:悲しみよ、こんにちは。

第5話========= =====================

      悲しみよ、こんにちは。===================== ============



太陽も帰り支度を始める昼下がり

窓から見える空には少し、茜色が混じっている


>i-Toma 20SK型

『..もう一度、言って頂けますか?』


 >終

『あ、あの、まぁちょっと...援助して貰ったというか何というか..』


 >i-Toma 20SK型

『はぁ?』


 >終

『ヒッ...!』


部屋の中に響く二つの声からは分かりやすく、短調なメッセージが伝わってくる


冷たく美しいアンドロイドからは苛立ちを、猫背のなよなよとした人間の女性からは恐怖を


 >i-Toma 20SK型

『...良いですか。

これは、援助というレベルじゃありません。』


冷たく声に怒りを乗せたアンドロイドの手には、札束が握られていた

彼女は人間の女性の目の前で、それをヒラヒラと左右に振って見せる


1万円札がザッと30枚


 >i-Toma 20SK型

『何の苦労もせずこんな大金を...

 あろう事かこんな幼い女の子から巻き上げて、一体どういうつもりですか?』


>終

『だって..でゃ"っ"て"...!!』


自分が購入したアンドロイドにぐうの音も出ないほどの正論で殴られ、なす術なく床に伏せる


その顔は涙と鼻水でぐずぐずに崩れており、口から溢れた言葉の全てに濁点が付いている


彼女が幼女から金を受け取った、数分後の出来事である


 >陽香

『いとまさん、いとまさん』


喧騒を傍から眺めていた少女はアンドロイドを"いとま"と呼び、彼女の袖を遠慮がちに引っ張る


いとまはそんな少女を静かに見下ろす

少し不安そうな顔でこちらを見上げている天使がそこには、かわいい。


 >陽香

『いとまさん、あんまりおねぇちゃんイジメないで。』


 >i-Toma 20SK型

『陽香さん、これはイジメてる訳ではありません。

 ご主人様が人の道を踏み外さない為に必要な措置なんです。

 それに陽香さんも、こんな大金どうされたのですか』


 >陽香

『わたしのパパ、ちょっとおかねもち。

 これはようかのお小遣い。

 だから気にしなくてだいじょうぶ。』


なるほど、理解しました。


この金額で小学生の"お小遣い"

陽香さんの親御さんはめちゃスゴお金持ちなのでしょう。

...それにつけ込んでこのドくずは。


陽香さんにとってこの程度の支援、何の痛手はないのかもしれません。


問題はない、問題はないでしょうが...


でもこのお金の使い方はよくない気がします。


陽香さんの将来にも、ご主人様の現状にも。


 >i-Toma 20SK型

『よく、分かりました。

 ですが申し訳ありません。

 陽香さん、このお金はお返しします。』


 >陽香

『いいの?』


 >i-Toma 20SK型

『良いんです』


正直、無職ライフを満喫しているご主人様の懐を考えると、この援助は大変有り難いですが、これもご主人様を真人間にする為。


 >陽香

『でも...これ、今月分なのに。』


寝耳にエチレングリコール


 >i-Toma 20SK型

『ちょっと待ってください陽香さん。

 もしかして、ご主人様へお金を渡すのは今回が初めてじゃないんですか?』


 >陽香

『うん』


 >i-Toma 20SK型

『...これで何回目ですか?』


 >陽香

『毎月あげてて、数えてないからわからない。

 けど、一年よりは前、かな?』


>i-Toma 20SK型

『毎回、同じくらいの金額を渡しているのですか?』


 >陽香

『うん。もっと渡せるよっていったけど、

 おねぇちゃんがこれ以上はだいじょうぶって。おねぇちゃんはとっても奥ゆかしいの。』


 >i-Toma 20SK型

『...』

 >終

『...』


いとまは陽香の話の真偽を確かめるため、終を見つめる。

当の本人は、河川敷のカエルみたいな虚無顔で、天井の木目を数えていた


 >i-Toma 20SK型

『ご主人様、先ほどお話に出ていた"収入がある"というのはまさか...』


 >終

『...(コクリ)』


いとまと視線を合わせないまま、終は静かに頷く


 >i-Toma 20SK型

『貴方、今まで幼女に養ってもらってたんですか?』


もう「呆れた」を通り越して「悲しい」


>i-Toma 20SK型

『...はぁ、もういいです。

 とりあえず手元にある分だけで良いですから、今すぐ陽香さんにお金を返してください』


>終

『い、いや〜...それなんだけどさ...』


主人の返答に淀みを感じた いとまは、

拳を真っ直ぐ伸ばし、ご主人様の鼻先にぴたりと当てる


>終

『いとまさん?拳の距離感が、フェイストゥフェイスの時のギャ●・ガルシアみたいになってますけど...?』


>i-Toma 20SK型

『残りのお金は今どこにあるんですか?

 答えによっては、このまま拳を振り抜きます。』


>終

『ぱ...こ...』


>i-Toma 20SK型

『なんです?』


>終

『パチンコにオールインしました。』


>i-Toma 20SK型

『...』

 >終

『...』


しばし2人の間に沈黙が流れる


>i-Toma 20SK型

『...リターンは?』


>終

『"空っぽのポケットほど、人生を冒険的にするものはない" ヴィクトル・ユーゴー

 良い言葉だと思わない?』


刹那、終の身体が宙を舞う。

数秒遅れて、いとまが拳を振り抜いたのだと、終は知覚した。


>i-Toma 20SK型

『"冒険とは、死を覚悟して、そして生きて帰る事である。" 植村直己

 次回から生きて帰る事も考慮して、冒険を楽しんでください。』


(どさぁ...)


干からびたミミズのように、終は地面へ沈む。

いとまはそんな彼女を尻目に、陽香に向き直る。


 >i-Toma 20SK型

『陽香さん、大変申し訳ありません。

 すぐにでも陽香さんから頂いた分を、ご主人様に返済させたい所ですが、今のご主人様に返済能力はないようです。

 代わりと言ってはなんですが、陽香さんのして欲しい事があれば、私がなんでもします。』


 >陽香

『...なんでも?』


 >i-Toma 20SK型

『はい。なんでもです。』


陽香の澄んだ瞳が、真っ直ぐにいとまへ向けられる


 >終

『い、いとまさん!?そんなエ●同人みたいなセリフ言っちゃダメだよ!

 そんな隙を見せたら日本人はすぐN●Rんですから!

 絶対そうだ!エロどうじn..ヘボッ!!』


 >i-Toma 20SK型

『..子供に何を聞かせてるんですか』


鋭い拳が、再び。


 >陽香

『ありがとう、いとまさん。でもだいじょうぶ。

 今までみたいにお姉ちゃんが遊んでくれたら、それでじゅうぶんだから。』


>終

『陽香さん...』


...なんて、なんていい子なんでしょうか


ますますご主人様に懐いてる意味が分からない。

この人の代わりなんて地面に落ちたきゅうりでも務まると思うのですが...


>i-Toma 20SK型

『陽香さん、寛大なご処置に感謝致します。

 ですが、やはり私の気がすみません。

 今まではご主人様しかいなかったですが、これからは私もいます。

 何かあれば遠慮なくお申し付けください。』


>陽香

『うん、わかった。その時はおねがいするね。』


陽香がいとまへ微笑む

あまりの神々しさに、いとまは彼女の背に純白の羽を見た。


>終

『ようかちゃ〜ん!!大好きだよ〜〜!!』


ご主人様が再び陽香へ抱きつく

幾らか羽が汚れた気がする。後でおすすめの漂白剤を教えてあげよう。


>終

『あ〜やっぱり幼女は最高だぜぇ...』


>いとま

『口汚い言葉を陽香さんの前で吐かないでください。悪影響です。』


>終

『どうしようもないと、吐いた非行。

 社会へ提言、中●敦彦。』


>いとま

『韻を踏んでも駄目です。』



■...10分後


マンションの廊下に2人の足音が響く


陽香さんはご主人様の真下の部屋に住んでいるらしい。

大した距離ではないが、私は念のため彼女を部屋まで送り届けることにした。


>陽香

『いとまさん、さっきのお話だけど、ホントにしんぱいしなくて大丈夫だからね。

 お姉ちゃんに渡してるのは、わたしのお小遣いのいちわりくらいだから。』


>いとま

『...分かりました。

だから“ご主人様の事を責めるのはやめてほしい”って事ですね。』


>陽香

『うん』


なんていい子なんだ。


>陽香

『私おねぇちゃん大好きなの。』


日本は彼女を唯一神にして、一神教になるべきだ。


>陽香

『それに、私のお金でお姉ちゃんが生きてて、私の手の中でお姉ちゃんがいて、

私が手を離したら、すぐお姉ちゃんは死んじゃうんだって考えるとなんだか...』


ん?


>陽香

『なんだか、胸の辺りがポカポカするの。』


あ、この子「ヤバ波」だ。


完全に見誤った。

なるほど、純粋に勝る悪はない。

陽香さんは悪意なく、人が壊れる姿を欲してる。


1番やばい金持ちのやつだ。


趣味趣向は他人の勝手だが、今回はそうもいかない。

この子の純愛は今、ご主人様に向けられているのだ。


もしもこの子が明日「おねぇちゃんが壊れる姿が見たい」と思えば


ご主人様への支援は止まり、ご主人様は路頭迷い、ついでに私の廃棄が決定する。

そういえば日本には「風が吹けば桶屋が儲かる」なんてことわざがあったな。先人は偉大だ。


終わり、ですね。ご主人様も私も。

騒々しい方でしたが、あの人のおかげで短く濃い時間を過ごすことが出来ました。






ーーいえ、まだです。


蝉は死ぬ瞬間まで騒々しい

それは最後まで命を燃やしたからだ。



>いとま

『陽香さんは本当にご主人様が大好きなんですね。』


>陽香

『うん、大好き』


>いとま

『じゃあいつか、ご主人様が自立されて、陽香さんを旅行へ連れて行く日がくれば、お二人にとって、素敵な思い出になりますね。』


どうです?

この私の完璧な一手。


陽香さんの幸せの解釈を捻じ曲げつつ、ついでにご主人様を働かせる、これ以上ない最適解。

名付けて「陽香が口説けば私が儲かる」大作戦


作戦はこうだ。

・陽香さんがご主人様からのプレゼントを期待して、ご主人様が働くようにサポートする

・ご主人様が働く。

・ご主人様の稼ぎだけで、私とご主人様が生きていけるようになる。

・陽香さんの支援が止まっても死ななくなる。

・陽香さんのバスターコールから解放される。


奇跡を待つより捨て身の努力

私はまだ、あきらめない


さぁ陽香竜王、貴方はどう出る?


>陽香

『お姉ちゃんが自立しなくても、陽香が一生養うから大丈夫。』


はい、ダメでした。

この子、目標をセンターに入れてスイッチしちゃってます。


目があの時のシンジ君と同じですもの。

"これが幸せだ"と考えるのを止めてる


まずい事になった。

一刻も早く、ご主人様に自立して貰わなければ...


こんな化け物に自分達の明日を任せてはならない。


いとまが表情を殺し、平常心を装っていると、向こうから1匹の猫がやってきた。


どこにでもいる黒猫のように見えたが、よく見ると、黒毛に少し赤が混じっている。


彼はしっぽをピンと、真っ直ぐに立て、小さな手足でトコトコこちらに近寄ってくる。


『ニャー』


猫はいとまの足元に来ると、そのまま足に頭をすりすりと擦り付ける


数秒の後、猫はハッとした表情を見せた。

かと思えば、今度は慌てて陽香の足に擦り寄る。


>陽香

『いとまさん有難う。ここまでで大丈夫。』


陽香は猫を冷たく一瞥し、すたすたと歩いていく

猫は足早にその後を追いかけていった。


気のせいだろうか?

陽香さんの言葉に漢字が増えた気がする


(...ひとまず、部屋に戻る前にタウンワークを買って帰ろう。この支配から独立する力を、ご主人様に身につけて頂かなくては)


いとまは嵐を見送った後、確かな決意を抱いて部屋へと戻っていった。


■...


>ねこ

『お嬢』


>陽香

『...』


>ねこ

『お嬢、ごめんって。あれは猫の本能っていうかさ、思わずやっちゃうもんなんだよ』


>陽香

『...浮気ねこ』


>ねこ

『浮気じゃないって!』


>陽香

『今日のご飯、猫缶だから』


>ねこ

『それはやめて!何でもするから!』


>陽香

『抱っこ』


>ねこ

『...わかったよ』


"ちゃりん"


猫の首には、棒が何本も繋がれた首飾り巻かれている。

棒はガラスで作られているのか、棒が互いに触れ合うと、からりとした音が辺りに響いた。


音が鳴り止むと同時に、猫はスラリと背の高い女性へと姿を変える


黒と赤が混じった美しく長い髪、眼光は鋭く力強い「近寄ってくるな」と、こちらを睨みつけているようだ。

特徴的だった首飾りは、胸飾りに変わっていた。


猫はその姿のまま、陽香を片手で抱き抱える。


『これで良いか?』

『うん、許す』


陽香は嬉しそうに、彼の腕に頭を預ける。


(こんなんで許して貰えるなんて我が主君ながらチョロいな...俺以外には気を付けるよう、今度教えておこう。)



第5話========= =====================

      悲しみよ、こんにちは。===================== ===========完

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終わってる女と、サボテン系女ロボ。 筑紫文美 @mayuto_kedaruge

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