第24話 改稿済み


 時間は遡ること、数十分前。


「だっははは、沖田のこの顔をやばっ」

「水無月君だってこの写真ヤバいわ。虚ろな目してエロ同人誌に出てきそうな顔しとるで」

「ぷっ」

「おい、赤城お前エロ本違法サイトで読んでな、駄目だろ!?」

「怒るとこそこ!」


 彩人達は自分の部屋で海が撮影した写真を見て盛り上がっていた。

 海の撮った写真はどれも出来が良く、ほんの僅かな時間生まれた瞬間を上手く切り取っている。

 面白い写真から、芸術的に綺麗な写真まで。

 様々な写真があって、見ていて飽きない。


「街鐘さんってやっぱり美人さんやなぁ。付き合いたいわぁ〜」

「何で俺の顔を見て言う?」

「いやぁ〜、何となくな」


 その写真の中には、当然莉里も映っており今見ているのは莉里が班員達と野菜を切っている写真。

 ただ、それだけの写真なのに莉里が居るだけで恐ろしく絵になる。

 反則級の美人さん。

 こんな子と付き合えたらと、写真を見た誰もが思うだろう。

 ただ、実際それを叶えるのはかなり難しい。

 理由は簡単彩人という幼馴染がいるから。

 本人に自覚はないが、この男かなりハイスペックである。

 体力テストで陸上部を押しのけ、短距離、長距離、走り幅跳び、立ち幅跳び、反復横跳び、学年一位と運動神経抜群。学力テストも全て余裕で平均を超えており頭もいい。容姿も上の下くらいはあって性格は子供っぽいところこそ多いが気遣いが出来て、女子から評判も悪くない。

 これを超えるのは中々に難しいだろう。

 レイは既に諦めて他の女の子を狙う方向に舵を切った。

 ちなみに、最近気になっているのは莉里の友人である朱李だ。

 夏休みくらいには一緒に遊びに行ける仲になりたいと思っている。


「本当街鐘さんって綺麗だよね」

「親の遺伝子良いところを詰め合わせたみたいな見た目してるかんな。あぁ、だから赤城お前莉里の写真が多いのか」


やけに、莉里が写っている写真が多いと思っていたのだが、今の発言を聞いて納得がいった。

 体験入部の時、海は綺麗なものを撮るのが好きだと言っていた。

 今回は林間学校の思い出を記録すると言う目的があるため、普通の写真だったり、面白い写真も撮っているが、性格的にどうしても綺麗な写真を優先してしまうのだろう。

 だから、海に綺麗だと認められた莉里の映っている写真が多かった。


(ん?)


そこまで考えたところで、彩人は違和感を覚える。

 しかし、違和感の正体が何のか分からずその時は画面に映る莉里の顔を見つめていた。


「ほな、おやすみー」

「おやすみ」

「おや」


あれから、もうちょっとだけ話をしたところで就寝の時間がやって来た。

 三人は歯を磨いた後、布団へ一斉に入り目を閉じる。

 今日の林間学校が楽しみで寝不足気味だった彩人だが、モヤモヤとしたものが胸の中に燻っているせいで眠れない。


「僕、トイレ」

「いってら」


そうしていると、海がトイレのため起き上がり部屋を出て行く。


 パタンっと、扉が閉まり部屋が静かになる。


 それから、少ししてトイレに行きたくなった彩人は布団を抜け出し、部屋を出る。

 駆け足気味にトイレに入るとそこには、海の姿が無かった。


(もしかして長い方か?)


小ではなく大なら姿が見えないのは仕方ない。

 そう思って、個室の方を確認してみるも鍵は掛かっておらず、中には誰もいない。

 窓の外も念の為見てみると、見覚えのある姿があった。


 ここで、彩人の中にある警笛が鳴った。


「冗談は程々にしとけよ、マジで」


トイレを飛び出し、非常階段を使って外に出る。

 階段を二段、三段飛ばしで降りて行き、地上に降りると、全速力で駆ける。


(間に合ってくれよ!)


 もしかしたら勘違いかもしれない。

 でも、もし自分の予想通りなら、取り返しがつかなくなる。

 そんな未来だけは受け入れるわけにはいかない。

 絶対に嫌だ。


 気持ちのままに走る、走る。

 そして、彩人は視界に彼を捉えた。

 

 彼はプルプルと、緩慢な動きでカメラを構えレンズを覗き込む。

 が、手が震えているせいか焦点が定まらない。


(ダメだ、これは写真部に与えられた領分を超えている。いけない、こんなことやっちゃいけないのに。でも、あぁ、綺麗だ)


 今やろうとしていることがいけないことだと彼も分かっている。


 だが、思い出すのはある日のこと。

 部室で見つけたある一枚の写真。

 あの写真を見た時、彼に大きな衝撃が走った。


『綺麗だ』


 それはごくありふれた日常の一ページ。

 素朴で、華のない普通の写真。

 それなのに、その写真には目が離せなくなるほどの美しさがあった。


 これを自分も撮ってみたい。


 写真を見た時、少年の中でそんな大きな欲望が生まれる。

 だが、それを叶えるには問題があった。

 この少女は何故か自分のことを避けている節があり、嫌われている可能性があるので写真を素直に撮らせてくれるか怪しい。


 どうしたものか?


 少しの間頭を悩せていた時、林間学校で写真部は生徒達の様子を写真に収める役目があると知った。


『これだ!』


 渡りに船。

 これならば写真を撮っても問題ない。

 それから、彼は林間学校の間写真を撮って、撮って撮りまくった。

 だが、足りない。

 自分の撮りたい、あの日綺麗だと思った写真に比べて何かが違う。

 それが何のか分からなかった。

 しかし、機会は突然訪れた。

 ポッケにデジカメを入れたまま、トイレに行ったあの時彼女が外に出ていくのが見えて。

 光に誘われる虫のように気が付けば、彼女の事が見える位置にいた。


 暫く眺めていると、運よく写真の時と同じ煌めいた顔を彼女がしていた。


 これを逃せばもう二度と撮れないかもしれない。


 ──なら、撮るしかないだろ?今しかチャンスはないんだから。一枚くらい問題ないって。

 

 自分の悪魔が甘美な言葉を囁いている。


(なら、一枚だけ)


 その言葉に惑わされ、一時的に罪悪感が消えると手の震えが収まった。

 後は、ボタンを押してシャッターを切るだけ。


「ちょい! 待ち!」

「え?」


指がボタンを押し込もうとした直前、自分の手を誰かが掴んだ。

 驚いた彼は振り向くと、そこには息を切らしている彩人友人がいた。


 何故?

 なんで?

 バレた?


 頭の中を疑問がぐるぐると埋め尽くす。

 そんな彼を澄んだ瞳で真っ直ぐ捉えながら彩人は言った。


「ハァーハァー、危ねぇな、おい。今それ、押してたら。俺はお前のことぶん殴んないといけなかったぞ、良かったな」

「あ、え、?」


 バレていた。

 完全に自分がしようとしていたことが。

 この友人には理解されていた。

 忘れかけていた罪悪感が再燃する。

 全てを理解した瞬間、身体が震え嫌な汗が全身から噴き出す。

 まともに立つ事ができず彼は膝をつく。


「……僕は、僕はぁいまぁなんてことを」

「まぁ、気持ちは分からんでもないけどな。今は定時をとっくに過ぎているからな。仕事をするのは駄目だぜ。仕事以外でするのは犯罪ブラックのやることだ。ホワイトに生きたいんなら、やめとけ。友人からの忠告だ。

「ごめん、ごめんなざい」

「泣くくらいならそんなことするなよな、馬鹿」


 彩人の言葉を聞くと、海は静かに嗚咽を溢し泣き始めた。

 ポロポロと大粒の涙を流しながら、繰り返し謝罪の言葉を口にする。

 海のその姿を見て、彩人は困ったように笑い背中をさすってやる。

 この反応を見るに、もう二度とする事はないだろう。


 まぁ、何はともあれ事が起きる前で良かった。

 海が本気で莉里のことを盗撮しようとしていた時は焦ったが。

 カメラのデータを見るに、盗撮しているようなものはない。

 ギリギリ間に合って良かった。

 これならまだ引き返せる。

 もし、やっていたら彩人でもどうしようもなかった。

 というか、彩人が許す事ができな──。


「なにしてんの?」

「あっ、やべ」


 ことを内密に終わらせようしていた彩人は、まさかまさかの撮られそうになっていた幼馴染のご登場に、どう説明したもんかと言い訳を考えるのだった。


 




 

 


 



 

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