第22話 改稿済み


 宿舎に逃げ込んでから、暫くが経ち蜂に刺された生徒達が病院に搬送されていった。

 その全員が面白半分で蜂の巣を突いていた生徒らしく、自業自得だというのがその場にいた全員の総意だ。

 唯一良かったことがあるとするならば本来謎解きの後は、二時間の自習をする予定だったのだが、バタバタと慌ただしかったせいで流れたことくらいだろうか。


 そんなわけで、今から楽しい楽しい夕飯作りの時間なのだが、班員の中で唯一彩人だけがイマイチノリ気で無かった。

 理由は言わずもがな、作るカレーが辛口だということ。

 市販のルーの中辛でギリギリな彩人にとって、辛口は劇薬に等しい。

 そんな危険物を誰が進んで作りたいと思うだろうか?


「あぁ〜、作りたくねぇ〜」


 小枝を拾っている最中、あまりに食べたくなさ過ぎてついつい彩人は愚痴を溢した。

 

「せやったら、ワイら夕飯抜きになって夜空腹で寝れなくなるで。明日も沢山動くのにそれはやばいやろ」

「作らなくても、作っても地獄なのヤベェだろ」


 作らなかったら、空腹で翌日が地獄。

 作っても、劇薬によって口と尻が地獄。

 どちらに進んでも最悪な未来しか待っていない。

 終わっている。


 彩人が頭を抱えているのを見て、レイはケタケタと楽しそうに笑った。


 とぼとぼ、と枝を集めおえた彩人は心底嫌そうに炊飯場に戻ってきた。


「あぁぁーーー!薪もえねぇーー!」

「なぁんでだよーーー!?」

「ねぇ〜まだご飯作れないんだけど?」


 何やらとても騒がしい。

 また事件かと思って覗いてみれば、どの釜も火がつかず生徒達が発狂していたようだ。

 

(火おこしはやり方を知らないと難しいからな)


ある程度予想できていた事態に、彩人は苦笑する。

このまま何もしないとクラス全員夕食抜きになりそうな雰囲気だ。

 だが、クラスの前に自分達の班のことが重要だ。

 先ずそちらをどうにかすることに集中する。

 一応やり方は覚えているが最近は火おこしを任せていたので、出来るか怪しいのだ。

 火はある程度時間が経てば、いつかつくだろう。

 そう結論づけ、彩人は火おこしに取り掛かった。

 彩人は指定された窯に木を組み、その隙間に落ち葉小枝、太めの枝と積んだところで新聞紙に火をつけ放り込んだ。

 先ず、最初に新聞紙の次に燃えやすい葉っぱに気がつき、小枝、太い枝と段階を踏んで燃えていく。

 が、薪を燃やすにはちょっとまだ足りないのでレイが拾った分の葉っぱや枝ぶち込むと、ようやく火がついた。

 ここまで来ればもう大丈夫。

 適当なところで薪を放っておけば火が絶えることはない。

 安定して調理出来るだろう。


「火ついたぞ」


火の前にずっと立っていたせいか、汗だくの彩人は班員達に火がついた報告した。


「流石、キャンプ経験者ですね。お上手です」

「やる〜。他はまだついてないのに一番乗りじゃん」

「飯盒のお水ってこれでいい?」

「……問題ない。いけるぞ」


火おこしではなく調理の方を担当していた女子の班員達は彩人のおこした火を見て、賞賛し調理に取り掛かった。

 飯盒を担当していた海が水の量が分からず彩人に質問してきたが、特に問題なく蓋を閉めて窯の上に乗っけた。

 これで仕事は終わり。

 後は、劇薬が出来るのを死んだ目で眺めるだけ。

 そう思っていたのだが、何故か他の班員達に囲まれた。


「水無月手伝ってくれ!?」

「ウチらのとこもお願い !」

「俺らも」

「街鐘さんといつもイチャイチャして嫌な奴だと思ったけど、凄いやつなんだなお前頼む!手伝ってくれ、でないと夕飯抜きになっちまう!」


 順調に火おこしが進んだとはいえ、結構時間が経ったためどこかしら火おこし出来ているところがあるかと思っていたのだが、予想以上に苦戦しているらしい。

 彩人の元にヘルプの声が殺到した。

 その中には、莉里の班員も混ざっていて。

 彼女とは何度か一緒に行って火おこしのイロハを知っているはずなのだが……。

 まぁ、大方中山辺りが見栄を張って何もさせてもらえなかったのだろう。

 

「分かった、分かった。順番に教えるの面倒だから、お前らに燃えてる薪やるよ。そうすりゃ、流石に出来んだろ」


一々教えながらやっていたら終わるのがいつになるか分からない。

 なので、既に彩人達の班の薪が燃えているのを活かしてそれらを各班に配布。

 多少木の枝や葉っぱで火を維持し、燃えていない薪に火が移り、どこの班も安定して調理が出来るようになったのを見届けると彩人は柱にもたれかかって様子を眺める。


(あー、疲れた。ん?)


ふと、莉里が朱李に近づいていくのが見えた。


「朱李ちゃん、ちょっといい?」

「うーん、な〜に莉里っち?」

「ここに私お肉置いてたんだけど知らない?」

「えぇっと、分かんないなぁ〜。多分ウチらは触ってないと思う。ひとパックしかお肉入れてないから」

「分かった、ありがとね」


 何やらカレーに使う肉が消えたとのこと。

 大方、どこかの班が間違えて持っていたとかだろう。


「本当ごめんね!」

「いいよ、気にしてないから」


 莉里が他の女子達に聞いて回っていったところ、一班の女子が間違えて持っていっていたことが発覚。

 完全に自分達の物だと思い込んでいたらしい。

 平謝りする少女に莉里は気にしてないからと笑っていた。

 調理スペースが共同だったのでこういったミスが起きても仕方がないだろう。

 取り敢えず肉が見つかってよかった。

 

「カレーのルー入れまーす!」

「火傷しないように入れてくださいね?」

「分かってる分かってる。そんなヘマはしないよ。ほいっとな。うーんスパイシーないい匂いがしますなぁ〜」

「するわ〜。食欲をそそる香辛料のいい匂いが。絶対うまいわこれ」


(アイツら分かってやってんな。後で覚えとけよ)


莉里が肉を見つけたと同時に、彩人達の班がこちらをチラチラと見ながらルーを入れてきた。

 絶対に確信犯だ。

 今日の夜中レイには何か仕返しをしてやる。

 この時を持って、散々自分のことをおちょくるレイにきつい制裁を下すことを彩人は決めた。

 とりあえず、油性ペンを使うことだけは確定だ。

 決して消えることのない十字架を刻んでやろう。


「ヒッ、……顔が怖いで水無月君」

「……やりすぎちゃったかな?」

「あーあー私しーらないっと」

「水無月君、私は何もしてないですからね〜。むしろ、私も甘口派だったんですけど数の暴力で、およよ」

「あっ、この裏切り者!」


 クックと悪い顔をしている彩人を見て、レイと朱李が怯える。

 他の班員達は仕方ないよねとフォローを諦め、安全園に逃げたり、彩人に媚を売ったりと同じ班の仲間なのにも関わらずあっさりと裏切った。

 カオスな状況になっている最中、海は苦笑いしながらそれを写真に収めた。


「……あれ?辛くない。普通に美味いんだが」

「何?ホンマや!辛くない」

「何で?間違いなく辛口の箱からルー出したのに」


 料理が完成し、彩人が覚悟を決めて一口食べるとチクチクとするような刺激はなく、美味しいカレーだった。

 報復に怯えながらも彩人が悶えている姿を楽しみにしていたレイと朱李は、想定外の事態に狼狽える。


「あぁぁぁーーからーーーいーー!甘口じゃないじゃんこれ」

「本当だ。でも、私大丈夫というかむしろ好きだからいいや」

「……美味しいね」

「……美味」

「CoCo一十辛がデフォの拙者にはまだまだ甘すぎるでござるな」

「ヤバすぎだろお前。まぁ、俺もこんくらいまでなら食えるけどさ」


 同時刻、別の班では一人の男子があまりの辛さに絶叫していた。



 

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