第21話 改稿済み


「おっ、おかえりみなっち。中々長いトイレだったね」

「途中で迷ったんだよ。来た道戻るのマジで大変だったわ」


 宿舎から彩人が出ると、班員の朱李が出迎えた。

 森から帰ってすぐ「トイレ行ってくる」と言って長いこと姿をくらましていたので、心配になって宿舎の前で待っていたのである。


「案内表階段の側にあるのに?だとしたら、みなっち方向音痴すぎっしょ」

「自慢じゃないが俺はモールで二十回親とはぐれて迷子になったことがある」

「キャハハ、みなっちそれはヤバ過ぎっしょ」


 階段を降りて並ぶと、班員達の元へ向かう途中他愛ない話に花を咲かせる二人。

 その途中、ジャラジャラと小銭がぶつかる音が微かに朱李の耳を捉えた。


「りりっちどうだった?」


 朱李は笑みを深めると、彩人の顔を覗き込みながら友人の様子について尋ねた。


「なんのことだ?」

「みなっち誤魔化すの下手くそ過ぎ。小銭の音聞こえてんよ。どうせ、りりっちに飲み物でも買ってったんでしょ」


 彩人は何のことを言っているのかと惚けるが、目が少しばかり泳いでいて側から見て動揺しているのが丸わかりだ。

 朱李は悪戯な笑みを浮かべ、彩人の脇を肘でつついて揶揄う。


「ちげぇよ。これは、その、途中で拾ったんだよ」

「素直じゃないなぁ〜。まぁ、そういうことにしといてあげる」


 小学生みたいな言い訳を言う彩人に、朱李は意地でも認める気はないと察したので、仕方なく折れてやった。

 彩人の反応から、友人の容体がそこまで悪くなそうだと分かったので朱李としてはそれだけで充分だ。

 揶揄うのを程々に、朱李は別の話題を切り出した。

 

「あっ、そういえばみなっちカレーは甘口派、辛口派?カレーの食材貰う時に、ルーどっちが良いか聞かれたんだよね」

「甘口派だな」

「そっか。まぁ、もう話し合いの結果既に辛口のルー貰ってるから聞いたところで意味がないんだけどね〜」

「じゃあ、何で聞いた?」

「なんとなく?」

「はぁ、お前。莉里に似てるよ」


  この意地の悪い感じ、本当によく似ている。

 類は友を呼ぶというのはこういうことなのだろう。


「莉里っちほどおっぱいもお尻も大きくないけど?」

「見た目の話をしてねぇよ!中身だ中身」

「分かってるよ〜、冗談冗談」


 茶色のふわふわとした髪を揺らし、楽しそうに笑う朱李に彩人は疲れたように溜息を吐いた。

 朱李から視線を外し、前を向くと自分達と入れ違いで宿舎に向かってくる女子生徒が目についた。


 何となく違和感を感じたのだ。

 小柄で女の子らしい見たなのにも関わらず、ガニ股で歩いていてたからだろう。

 見た目とのチグハグさ、ギャップが凄まじいせいか不思議と目が吸い寄せられる。


(何であんな歩き方をしているんだ?)


そう疑問を持ったが、初対面の女子に突然こんなことを聞くのは失礼だ。

 彩人はグッとその疑問を自分の中で押し込めすれ違う。


「……今あっちに──スズメバチ──落とし──大変な──先生──腰になる──」


その際、女子生徒が何かを呟いていたのだが、聞こえてたのは断片的で、意味は分からなかった。

 

(変な奴)


 歩き方や歩きながらぶつぶつと独り言を言っていたことから、そんな評価を下しすれ違った女子生徒について考えるのをやめた。

 

「よっ、まだ休憩中か?」


 暫く歩き、班員達の姿が彩人は声を掛けると、全員が揃って振り返った。


「おかえり水無月君」

「おか〜」

「おかえりなさいませ」

「水無月君、よう戻ってきたわ。今話題が尽きて丁度暇しとったんよ。好きな人とか人には言えない趣味の話しとか話してくれへん?」


 帰ってきて早々、レイが彩人の肩に腕を回し恋バナか秘密話をしろと言ってきた。


「何で話のチョイスが変なもんばっかなんだよ。俺がするわけねぇだろ。でも、暇してるのはよく分かった。だから、とりあえず今からカレーの甘口、辛口論争だ。何お前ら勝手に辛口だって決めてんだ!?俺全く食えないんだが!どうしてくれんだよ、マジで。人のこともっと考えろよ!?」


 彩人そんな話をする柄じゃない。

 レイの提案を全て却下した上で、勝手にカレーのルーを辛口にしてしまったことについて抗議した。

 それくらい良いだろうと人は言うかもしれない。

 が、カレーの甘口しか食べれない彩人にとってこれは死活問題。

 高校生活史上初、怒りを露わにしながら彩人は班員達に文句を言う。


「ぷぷっ、この年で辛口食えんとかお子ちゃまやわ水無月君。だっさ!」

「辛いものが食えるようになるっていうのは痛覚が鈍ってんだよ!このクソジジイ」

「はい、ぷっつんきましたわ!誰がハゲや、父ちゃんは禿げとるがワイは絶対ならへんからな!」


 辛口のカレーが食べれないと怒っている彩人に、お子ちゃまだと煽るレイだったが逆に煽り返されるとさっきまでの余裕は何処へやら。

 彩人同様に激しい怒りを露わにし、胸ぐらに掴み掛かる。

 どうやら、レイの煽り耐性は思ったよりも無いらしい。


「……ハゲは言ってないんだけど、何でキレてるの沖田君」

「……きっと被害妄想が激しいタイプなんですよ。沖田君は」

「いいぞ、もっとやれ若人よ。殴り合え、それもまた青春だ〜」

「じゃあ、私みなっちが勝つ方にジュース一本。あっ、やば」


 激しく言い争いをしている二人を尻目に、他の班員達はヒソヒソと話をしたり、賭けを始めようとしたりと盛り上がる。

 

「やんのか、てめぇ!?」

「あぁん、そっちこそ覚悟出来とるんか、ワレィ!?」

「やばい、逃げろ!」

「無理無理無理無理無理!」

「「なんだ!?……へ?」」


互いにメンチを斬り合い、今にも喧嘩が始まりそうな瞬間、突然悲鳴が聞こえた。

今にも爆発しそうな二人は大きな声を出しながら悲鳴のした方向を向くと、そこにはこちらへ走ってくる生徒達の後ろに黒い影が浮かんでいるのを捉え、間抜けな声を上げる。


「蜂だよな」

「蜂やな」

「「……逃げるぞ!」」


顔を見合わせ、黒い影の正体を確認し合うと現状を理解した二人は既にいない班員達の後に続いてその場から逃げ出した。


「なんであんなに蜂がいんだよ!?」

「分かりまへん!」

「聞いたところによると、男子の誰かが調子に乗って蜂の巣落としたのが原因らしい」

「誰だ、そんなことをやった馬鹿わーーー!」

「あっ、ちょ待、アタタタ、わし腰やった」

「せんせーーー!」

「運ぶぞ、沖田」

「ちょっお!まちいや、水無月君。あぁ、もう刺されたらアンさんのせいやからな!」


安全地帯へと逃げている途中、高齢の教師が腰を痛め動けなくなってしまった。

 彩人はそれに気が付けやいなや、救助するべくレイを呼んでUターン。

 レイは突然のことに驚き、悪態を突きながらも彩人の後を追う。


「運びます」

「ワイがそっち持つから、水無月君そっち持って」

「おぉ、助かるわい」

「生きて戻るぞ、絶対」

「フラグになるようなこと言わんとって!?」


(さっき、あの変な女が言ったことが起きてる?いや、たまたまだろ)


二人がかりでおじいちゃん先生を運びながら、彩人はさっきすれ違った少女から断片的に聞き取れた情報と同じことが起きていることに気づいた。

 が、そんな未来予知のようなことが出来るはずが無い。

 彩人はぶんぶんと頭を振り、たまたまだと自分に言い聞かせとりあえず宿舎へ急ぐのだった。



 

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