第20話 改稿済み
「まちちゃん大丈夫!?」
「もしや、昼食で毒でも盛られたでござるか?」
「……大丈夫」
慌てて自分の元へ駆け寄ってくる紅羽と
だが、どう見ても今の莉里は大丈夫そうには見えない。
紅羽は介抱をするため一歩踏み込むが、「今、私汚いから」と莉里はその分距離を取る。
「そんなこと私は気にしないから」
「ううん、この後もジャージは使うんだから。今汚しちゃったら大変だよ。私は本当大丈夫だから」
それでも食い下がろうとする紅羽に、莉里は優しい笑みを浮かべ気丈に振る舞ってみせる。
しかし、真っ青な顔でそんなことをされても何一つ安心できない。
莉里への心配が募っていくばかりだ。
何もしてあげられないことがただただ歯痒い。
そんな紅羽の気持ちを見透かしたかのように、莉里は微笑み「手洗いたいから、水があれば手にかけてくれない」と願いを口にした。
「あるよ。お茶だけどいい?」
「ありがとう。そこから掛けてくれる?」
「もちろん」
生憎、紅羽に水の持ち合わせは残念なことに無かったが、お茶の入った水筒は持っていた。
何処かの県ではお茶が水道から出て来て、手洗いなどで使われていると聞いたことがあるため水と大差はないだろう。
紅羽が水筒を見せると、莉里はお礼を言いちょっと離れた場所からお茶を出してもらうよう頼んだ。
頼まれた通りに紅羽は水筒からお茶を流し、莉里はそれで手についた胃液達を洗い流す。
そして、残りのお茶も全部使い上ジャージに付いた胃液も軽く洗い流した。
「私のせいで変な空気にさせちゃって皆んなごめんね」
さっきまでの和気藹々としていた空気を崩してしまったことに、罪悪感を感じた莉里は丸めたジャージを抱えたまま謝った。
「全然気にしてないから大丈夫でござるよ」
「……中山がいる時点で変だったから」
「確かに」
「あんだとこらぁ!?お前ら後で覚えとけよ。街鐘さんキツくなったら言ってね。全然俺運ぶから」
「あはは、ありがとう。気持ちだけ受け取っとくね」
「幸い宝探しはもう終わって帰るだけだから、まちちゃんのためにも早く戻りましょ」
沈んでしまった場を盛り上げようとふざけてくれる班員達に莉里は心の底から感謝する。
少しだけおぼつかない足取りで莉里は班員達の後に続いた。
それから、三十分後。
莉里は宿舎の空き部屋のベッドで寝転がっていた。
森の探索からの帰還後、顔色の悪い莉里を見た担任の智恵によって連れて来られたのである。
吐き気はもう治っているので、正直ここまでされる必要はないのだけれど状況が状況なだけに、断り切ることが出来なかった。
汚れたジャージは智恵が洗ってくれるらしく、預けて今はもう一着持って来ていたジャージに着替えている。
誰いない静かな部屋で一人。
眠気もないまま目を瞑っていると、否が応でも先ほどのことを思い出してしまう。
浮気して別れた元カレとの遭遇。
それは、この高校に入学すると決めた時からいつか絶対に起きると分かっていた出来事。
ずっと前から覚悟はしていた。
ただ、入学式あの日駅で声を掛けられた時、思っていたよりも普通に振る舞えていたせいで勘違いしていたのだろう。
自分が思っている以上に強い人間なのだと。
本質はタイムリープする前と変わっていないのだから、そんなことはあるはずもないのに。
あれは幼馴染がトラウマに飲まれは前に、声を掛けてくれたから何とかなった。いわば、仮初の成功体験。
それで変な自信を付けて、楽観視していたらこの様だ。
本当自分が嫌になる。
「はぁ」
「よっ、ゲロ女調子はどうだ?」
思考がネガティブな方向に沈んでいき思わず溜息を吐くと、部屋のドアが開きひょっこっと彩人が顔を出し調子を尋ねてきた。
「見ての通り最悪ですけど」
「だと思った」
予想していた通り返答が莉里から返ってきて、彩人はケラケラと笑いながら横に座る。
「ほら、水買ってきてやったぞ」
そして、そう言うと右手に持っていたペットボトルを莉里へ差し出した。
「ありがとう。あれ、なんかちょっと減ってない?」
「いやぁ、お前に勝つために急いで山回ったから喉乾いててさぁ。来る途中で我慢出来ずちょっと飲んだ。わりぃ」
「まぁ、ちょっとだけだから別に良いんだけどさ。急いでってもしかして、班員皆んな走らせたの?」
「おう、班員達でクラス最速クリアを目指そうって盛り上がってな。けど、まぁ謎解きする時には全員息が上がってってよ。まともに考えられなくてさ。色々ヤバかったわ」
「なんていうか、彩人らしいね」
首筋から未だ汗な滲んでいるところを見るに、かなり急いだのだろう。
山の中を走り回ったという幼馴染の話を聞いて、莉里は思わず呆れてしまった。
だが、過去にも野活などで同じようなことをしたと言っていたので彩人らしいといえば彩人らしい。
そんな事を思いながら、莉里はキャップを緩めると口を付け水を飲んだ。
「あっ、それ口つけて飲んだから。もしあれだったら口つけずに飲めよ」
「ぷっ!? 」
水を飲んでいる時に、まさかの爆弾発言。
驚きのあまり莉里は飲んでいた水を吹き出してしまう。
「コホコホッ、言うタイミング! 」
「悪い悪い。間接キスとか昔に何回もしてるし今更気にしねぇと思ったたからさ。そんな驚くとはおもわなんだ」
水が気管支に入り咽ながら、莉里が抗議するとそこまで驚くと思わなかったと謝る彩人。
確かに、過去に何度かしたことはある。
だが、あれは彩人のことをまだ子供だと思っていたからで、大きくなって大人に近くなった今だと事情が違う。
多少ばかり意識してしまうのは仕方がないだろう。
「ふんっ!」
「ッ、危ないなお前。せっかく人様が持ってきたもん投げんなよ」
お返しにと莉里はペットボトルに蓋をしてから投げつけたが、ヒョイと首を傾けるだけで簡単に避けられてしまった。
こんな時に、無駄に高い身体能力を活かしやがって。
莉里は彩人のことをキッと睨んだ後、「フン」と言って背を向けふて寝を開始する。
そんな幼馴染の少女に彩人は苦笑しながらも、飛んでいったペットボトルを回収し再び横に座った。
「「…………」」
二人の間に、静寂が流れる。
だが、それは決して居心地の悪いものではなく穏やかなもので。
莉里が落ち着いてきたところで、彩人が口を開いた。
「で、何があったんだ?」
「気分が悪くなって吐いた」
「そりゃ、聞いたから知ってる」
「言いたくない」
「そうか。虐められてるわけじゃねえんだな?」
「それは大丈夫だから安心して」
「ならいい。体調管理は気をつけろよ」
おそらく、昔莉里が虐められていた時も似たようなことがあったので、また虐められたではないかと危惧していたのだろう。
確認したかったことが確認出来たかからか、彩人は立ち上がり部屋を出ようとする。
「待って」
「ん?」
しかし、すんでのところで莉里が身体を起こし袖を引っ張って引き止めた。
「眠れるまで側にいて? 」
あまりこの幼馴染に甘え過ぎてはいけないと頭では分かっていても。
ただ、それでも弱っている今の自分には幼馴染の温もりが必要で。
彩人が居なくなったらまた自分はさっきのことを思い出してトラウマに苛まれてしまうだろうから。
自分が眠れるまでと我儘を口にしてしまった。
以降、一人で頑張るからと心の中で言い訳をしながら。
「しゃーねぇな。負けた方が勝った方の言うことを聞くって約束だったし、気の済むまでいてやるよ」
班員や楽しい行事が待っているのにも関わらず、彩人は約束だからと仕方がなさそうに笑うと側に戻ってきてくれた。
「ありがと」
莉里はお礼を言い、布団に潜るとぽんぽんと頭を優しく撫でられる。
莉里はその温もりに身を任せながら、いつしか深い眠りについていた。
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