第17話 改稿済み


 予想以上に豊富な種類があったバイキングに舌鼓を打った後、生徒達は体操服に着替えるため自分達の部屋に戻る。

 それは莉里も同じことで、指定された部屋で体操服に着替えていると班員の佐々木 紅羽から声を掛けられた。


「まちちゃんってスタイル良いよね。なにかスポーツしてるの?」

「ありがとう。まぁ、スタイル維持のために結構頑張ってるからね。スポーツは一応柔道を習ってたよ」


本当はいくら食べても太らない体質で、特別毎日何かをしているわけでは無いのだが。

 そんなこと言ってしまえば反感を買うのは目に見えているので、莉里はある程度嘘を織り交ぜながら答えた。


「柔道。まちちゃん胴衣似合いそうだもんね。凛としてて絵なるんだろうな。写真とかないの?」

「一応あると思うけど。私のスマホにあるかは分からないな。……えっと、あったあった。中学の時撮ったやつ」


写真は無いかと聞かれ、莉里はスマホに残っていた中学の時にあった大会の写真を見せた。


「おぉ、やっぱ似合ってる」

「……りりのおっぱい、この時からポヨンポヨン」

「あはは」


 スマホをマジマジと覗き込む班員二人組。

 唐突に乱入してきた眠たそうな目をしている少女星野 夢の感想に、莉里は乾いた笑い声を返す。

 確かに、中学生の割に大きい胸をしているがわざわざそこを言及しないで欲しい。

 もうちょっと見るところがあるだろう。

 胸の話もデリケートなのでいちいち反応に困るのだ。

 大きくても別にいいことなんてあんまりなく苦労の方が大きい。

 ブラの値段が高いとか、肩が凝るとか、人の目を集めてしまうだとか、どれだけ語っても自分と同じ境遇の人以外には嫌味に取られてしまう。

 だから、莉里はこういった話題はスルーすることにしている。

 まぁ、夢は天然だから気にしない可能性もあるが念のためである。

 変に言って、わざわざ地雷を踏む必要はない。


「はい、もう良いでしょ。さっさと着替えて集合場所行こ?」

「えぇ〜もうちょっと見せてくれたっていいじなん。中学生のまちちちゃん可愛いんだからまだまだ堪能したんないよ」

「……その写真、みなづき写ってる。なんで?」

「あっ、本当だ?何で?小中学校一緒じゃないんだよね?」


 不穏なものを感じ取った莉里は、話を切り上げようとした。

 天然女子と言えども、女子。

 夢は写真の奥に映っているのを目ざとく発見し、そのことに言及する。

 

「これは、私の初めての中学大会だからってわざわざ応援に来てくれたからいるの。部活サボってね。ありがたいけど、馬鹿だよね」


 部活やりたいからと自分は先に道場を辞めたくせに。

 莉里が大会に出る時は必ず部活をサボって応援に来る。

 母親の矢花曰く、それが顧問にバレて何度かしょっぴかれることもあったのにも関わらず懲りずにやって来る。

 都合が悪いなら別に来なくても良いのにと言っているのに。

 それでも、何だかんだ理由を付けてやって来るのが彩人だ。


 莉里はそのことを思い出して、可笑しそうに口元を緩める。

 

「そうなんだ。水無月君ってめっちゃ良い幼馴染じゃん。でも、本当に付き合ってないの〜?水無月君は付き合ってないって言ってるけどさ。裏では実は付き合ってたりして」

「……ったりして」

「付き合ってないよ。彩人の言う通り幼馴染の関係だよ。ただ、普通の幼馴染よりは仲が良いだけで」


仕草と内容を含めて、莉里から語られた話は二人には惚気話にしか思えなかった。

 本当に付き合ってないのかと問い詰めれば、きっぱりと莉里は付き合っていないと答えた。

 場合によっては、意図的にそう見えるようにすることはあるけれど。

 間違いなく彩人と莉里の関係は仲の良い幼馴染だ。

 なにも間違いはない。

 ただ、実際胸の奥で相手がどう思っているかは別だが。

 それはそれ。今は関係ない。


「えぇ〜、つまんないの」

「……つまんないの」


 莉里の狼狽える姿を期待していた夢と紅羽は、予想に反して平然と答える莉里に興味が削がれたのかそれ以上追及することはなかった。

 三人は中断していた着替えを再開し、体操服に着替える。


「忘れ物はない?」

「バッチリ、問題なし」

「……なっしんぐ」


 しおりに書かれていたものを持ち、部屋を出るタイミングで莉里は二人に忘れ物がないか確認する。

 問いかけられた夢と紅羽は自信満々に荷物を見せつけ忘れ物がないことを伝えた。


「あっ、私ボールペン忘れてた。ちょっと取ってくるね」


 そのタイミングで、莉里は自分の忘れ物があったと言って部屋に戻った。


「忘れ物確認しといて自分が忘れるなんて、まちちゃん意外と抜けてる?」

「……おっちょこちょいさん」

「ふぅ〜〜〜」

 

 扉越しに紅羽と夢の揶揄う声が聞こえる中、莉里は少しだけ早まっている鼓動を鎮めるように、深呼吸ををする。


 これはおまじないだ。

 違和感なくいつも通り振る舞うための仮面をするためのおまじない。

 朝にも同じことをしてきたが、ボロを出さないよう念の為もう一度作り直す。

 まだ、誰にも悟られるわけはいかないのだ。

 教師やクラスメイト、友人達、幼馴染である彩人にだって。

 いや、絶対悟らせてはいけない。

 だから、念入りに莉里は仮面を作り上げる。


「……よし」


 仮面が完成したところで、莉里は小さく気合を入れると部屋を出た。

 

「待たせてごめんね」

「……別に気にしてない」

「私も。むしろ、まちちゃんの意外なところが知れて良かったし」

「ありがと」


 扉の外で待っていた二人に莉里が謝ると、二人は特に気にした様子もなく快く許してくれた。

 莉里はふわりと微笑み二人にお礼を言う。

 その微笑みは一種の芸術品のように大変魅力的で。

 同性の紅羽でも見惚れてしまうほどに綺麗だった。

 

「そ、それじゃあ三人揃ったし、レッツゴー!」

「……ごー」

「ゴー」


 見惚れていたことを誤魔化すように紅羽は駆け足気味で歩き出す。

 夢と莉里もその後に続き、集合場所へ向かうのだった。

 

 



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