第14話 改稿済み 


 桜の花が散り、青々とした葉が顔を見せ始めた四月の終わり頃。

 

「ふわぁ〜……」


 世間は休日なのにも関わらず、彩人は制服に身を包み電車に揺られていた。

 部活動があるというわけではない。

 写真部を含め様々な部へ体験入部を行ったが、結局部活に入ることは無かった。

 今日、制服を着ているのは学校行事によるものだ。


 本日あるのは林間学校。

 山の中にある宿泊施設に二泊三日の研修に行くのだ。

 昨夜は、修学旅行以来の外泊にテンションが上がり中々寝付けず、絶賛睡眠不足中。

 ギリギリの時間に目を覚ましたため、朝のトレーニングも今日はサボってしまった。


「……ねむっ」


 誰に向けるでもなく、心の声を口にする彩人。

 今にも落ちてしまいそうな瞼をゴシゴシと擦ることで、ギリギリ意識を保っていると電車が駅に停まった。

 扉が開き、ポツポツと人が降りていく。

 いつもなら莉里を迎えるため彩人もここで降りなければならないのだが、眠気と格闘中なためそのことを忘れている。

 コクリコクリと、首を揺らしている間に電車の扉が閉まってしまった。

 そのまま電車は出発し、レールの上を走り出した。

 彩人はそこで限界を迎え意識を手放し、揺れに合わせて身体が横に傾く。

 そのまま横に倒れるかと思い、人一人分離れた場所に座っていたお姉さんは身体を端に寄せる。

 が、それでも距離はあまり離れず身体がぶつかりそうだ。

 けれど、身体がぶつかることは幸いなことに無かった。

 直前に金髪の少女が彩人のことを受け止めたからだ。


「……スゥー。……スゥー」

「矢花さんからのメッセージ見て、もしかしたらと思ったら。もう……本当に寝てるんなんて。全く、世話の焼ける幼馴染だこと」


 やや呆れの籠った声で莉里はそう言うと、彩人の身体を元に戻してやる。

 そして、ショルダーバッグを下に置きお姉さんと彩人の間のスペースに座った。


「あの、すいません。ウチの彩人が迷惑を」


 彩人の首が肩にコテンと乗り、安定したところで莉里は首だけを動かし隣のお姉さんに謝罪した。


「いえ、迷惑だなんて。車内だとよくあることだし。それに、貴方が受け止めてくれたお陰でぶつからなかったから気にしてないよ」


 そう言って、お姉さんは優しく微笑んだ。


「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります」

「ふふっ、彼氏さんの面倒を見るのも大変だね。私も夫が無茶なことを沢山するから、それを止めるのが大変で」

「お互い苦労してますね。まぁ、私の方は彼氏じゃなくて幼馴染ですけど」

「そうなんだ。ごめんね、勘違いしちゃって」

「いえ、別によく言われるので。慣れてます」


 特に顔色を変えることもなく、莉里はそう答えると「ふ〜ん。なるほどねぇ〜」とお姉さん呟き、微笑ましいものを見るような目を向けてくる。

 全てを見透かしているかのような澄んだ瞳に耐えられず、莉里はプイッと顔を背けた。

 

「可愛い」

「意地悪ですね、お姉さんは」

「えぇ〜、お姉さんなんのことか分からないなぁ〜」


莉里は横目で恨みがましそうに姉さんのことを送るも、戯けた様子で受け流されてしまう。

精神年齢ではこちらの方が上なのに、いいようにされているのが気に食わない。


(苦手なタイプだ)


莉里は素直にそう思った。


「見る感じ、今日はお泊まりの行事があるのかな? 野活?それとも林間学校? 」

「露骨に話題を変えますね」

「あれ、変えない方がよかった? 」

「……林間学校です」

「うんうん、素直でよろしい。そっかそっか〜、林間学校か〜。グループワークの散策で逸れて大変だったなぁ。幼馴染のゆうくんが見つけてくれて、何とか合流出来たんだよね。幼馴染って、なんであーいうの分かるんだろうね? 」


 懐かしむように目を細めながら、茶髪のお姉さんは過去の思い出を語る。

莉里はそれを聞いて、自分も似たようなことがあったと共感した。

 

「長年のカンじゃないですか」

「そうなんだろうね。でも、当時はオトメチックだったから運命だなんて思ってたりしたよ。実際は運命の赤い糸なんて繋がって無かったけど」

「その人は別の人と?」

「うん、もう一人の幼馴染と結婚したよ」

「そう……なんですか」

「あっ、気を使わなくていいよ。もう気にしてないから。じゃないと初対面の子にこんなこと言わないよ。今は素敵な素敵な旦那様と幸せに暮らせてるし、今日も実はデートなの。この年にもなって待ち合わせなんて、子供っぽいよね」


 愛しむように、左の薬指に嵌められた指輪をなぞるお姉さん。

 彼女の顔からいかに旦那さんのことを想っているのが分かり、莉里は羨ましくなった。


「いえ、素敵だと思いますよ」


 長い時が経とうとも、変わらず相手を想えるのは素晴らしいことだと思う。

 慣れてしまえば、いつかの自分達のようになってしまうから。

 彼女の思いが自分のように一方通行でないことを莉里は願った。

 あんな思いをするのは少ない方がいいに決まってる。

 

『まもなく、〇〇、〇〇』

「あっ、私この駅だ。ごめんね、付き合わせちゃって。なんかちょっとシンパシー感じちゃって、ついつい昔語りしちゃった」

「正直に言うと、反応に困りましたね」

「あはは、ごめんね。もうしないようにするよ。……あっ。そうそう、最後にこれだけ」

「なんですか?」

「私に触っていいのは奏君だけだから。必死にならなくても大丈夫だったよ」

「……なっ!?違いますから」

「バイバイ!」


茶色の長い髪をたなびかせお姉さんは振り向くと、揶揄いの籠った声でそう告げる。

 一拍を置いて、言葉の真意に気が付いた莉里は顔を朱色に染め否定する。

 が、全てを分かっていると言った風にお姉さんは微笑み、電車から降りてしまった。

 莉里は唖然として、その後ろ姿をただ見つめることしか出来ず、やがて扉が閉まり電車が走り出す。


「ふんっ!」

「ふぐっ……」


暫くしたところで、莉里は幼馴染の少年に肘鉄を喰らわせるのだった。


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