第13話 改稿済み

「何か今まで一番かと言われればそうでもないな」


撮影を初めてから一時間と少しが経ったところで、撮影した写真を確認し終えた彩人は何とも言えない顔をしていた。

 理由は、紗夜乃に言われた『今まで撮った写真のどれよりも良い写真』というお題を達成出来るものが無かったから。

 とはいっても、決して駄目というわけではなく自分ながら上手く撮れているとは思う。

 ただ、今まで一番と言われれば違うと思ってしまうだけで。

 

「ていうか、そもそも俺が今まで撮った写真で一番良いやつってなんだ?」


 彩人は一番良く撮れたと思う写真は何だったのか思い出そうとした。

 が、思い出せない。

 いつ、どこで、どんな光景を切り取ったのか分からない。

 ただ、漠然と撮ったという事実だけが頭に残っている感じ。

 それでも、何とか思い出そうとしたが結局駄目。

 思い出せないことに苛立ちを覚えたところで止めた。


「赤城は何か良いやつ撮れたか? 」


 これ以上やっても無駄だと気付いたので、作戦変更。

 友人を頼ることにした。

 もしかしたら、海も自分と同じように納得のいくものが撮れていない可能性がある。

 けれど、他人の写真を見ることで何か得られると思い彩人は海に話しかけた。


「自分で言うのもなんだけど……うん。一応撮れたよ」

「マジか! よかったら見せてくれよ」

「いいよ。ちょっと待ってね……はい、どうぞ」

「サンキュ。おぉ、凄ぇな」


 海が見せてくれたのは、空に楽譜が舞い上がっており、その隙間から太陽と蒼い空が見える綺麗な写真。

 意図して撮れるものなどではない。

 偶然とそれを見逃さない眼があってこそ出来るもの。

 これを見た彩人は海には写真を撮る才能があるのだと思った。

 

「よく撮れたなこんなの」

「本当に運良くって感じだけど。体験入部で吹奏楽部の人達がたくさん外で演奏してたから撮れたんだと思う」

「プロレベルだろ、これ。うわぁ、後で先輩に頼んでデータ送ってもらうわ。そんで、待ち受けにする。マジで凄ぇ。俺だったらこんなの咄嗟に撮れねぇわ」

「あはは、どうも。なんて言うか綺麗だって思ったら、つい押しちゃってたって感じ」


手放しで褒められ、海は恥ずかしそうにしながらもはにかむ。

 彩人はそれを確認した後、改めて写真を見て思ったのはこれは参考にならないということ。

 これは才能と運あって出来るもの。

 残された僅かな時間でどれだけ頑張っても撮れそうもない。

 それに、昔撮った自己ベストの写真とはベクトルが違う。

 

 

「マジで才能あるよ、赤城は。見してくれてあんがとな。全然参考にならんかったが」

「それはごめん? 」

「褒めてるんだから謝んなよ」

「じゃあ、ありがとう」

「おう」

 

 お礼を言ってカメラを返した彩人は、その場を離れた。


「綺麗ね……」


一陣の風が吹き、桜の花びらが舞っているのを見つめながら彩人は何となしに口にする。

 先程の会話で一つ気が付いたことがある。

 それは、彩人は写真を撮る時に予めどんな写真が撮るのか決めており、その場の勢いで写真が撮っていなかった。

 だから、自分は満足のいくものが撮れていなかったのかもしれない。

 自分の性格を省みるに、考えるよりも先に行動するタイプだ。

 感情に身を任せて撮る方が合っているような気がする。

 

「探索範囲広げてみっか」


ただ、今目に入っているものでは感情が揺さぶられるようなものがないような気がした。

 なので、彩人は紗夜乃にグラウンドの方に行きたいという旨を伝え「いいよ〜」と許可を得ると、グラウンドに足を踏み入れた。

 野球部、陸上部、サッカー部と回って行ったが中々ピンと来る瞬間が無かった。

 

(このまま終わりそうだな)


 今日はもう駄目かもしれない。

 そう諦めグラウンドを出ようとした時、「危ない!」という声が彩人の耳に届く。

 声のした方向を向くと、サッカーボールがこちらに凄い勢いで飛んできていた。

 

「よっと」


特に焦ることもなく、彩人は迫ってきているボールに合わせて身体を動かし、ストンっと見事にボールをトラップ。

 そして、「蹴るぞ〜」とボールを飛ばしたであろう男子生徒に向けて声を掛ける。

 合図が返ってきたところでボールを蹴った。それは綺麗な放物線を描き、相手の足の中にすっぽりと収まった。

 

「おー、ナイスキック」

「だろ? 」


 横から聞き馴染みのある声が聞こてきたので、彩人はそちらを向きドヤっと胸を張る。


「ふふっ」


 フェンス越しに少女はゆらゆらと一つにまとめた亜麻色のポニーテールを揺らし微笑んだ。


「ふぅーん、写真部に行ったんだ」

「似合ってないって思ってるだろ? 」

「うん! 」

「……そんな元気よく頷かなくてもいいだろ」


幼馴染の莉里に、写真部が似合ってないと告げられ彩人は少しだけ凹んだ。


「そう言うお前は……ッチ」


 自分だけダメージを喰らうのは癪なので、何か莉里にも言い返そうと上から下まで観察してみたが、駄目だった。

 この幼馴染素材が良さ過ぎる。

 普段はお淑やかな雰囲気を纏っているくせに、ポニーテールにすることで快活さが生まれテニスラケットを持つ姿が様になっている。


「ふふ〜ん。あれぇ〜どうしたのかなぁ〜彩人君。言いたいことがあるなら言いなさいよ。似合ってるって」

「うぜぇ〜。あーはいはい似合ってるよ」

「も〜雑過ぎ!もっと色々あるでしょ? 」


 彩人が悔しそうに舌打ちを打ったのを見て、勝ったと確信したのだろう。

 ここぞとばかりに意地の悪い笑みを浮かべ攻め立ててくる莉里。

 今の状況は分が悪い。

 彩人は素直に負けを認め、莉里を褒めたのだがおざなり過ぎて莉里はお気に召さなかったらしい。

 不満そうにしているが、彩人はこれ以上何かを言うこともなく「今何してるんだ? 」と話題を変えた。


「球出しだよ」

「素振りとか壁打ちじゃないんだな」

「いつもはそうみたいだよ。ただ、今日は意外と希望者や部員が少ないからコートが余ってるから、やらせてもらってるって感じかな。ほら、朱李ちゃんが今あそこでやってるでしょ?」


 莉里はそう言って後ろにあるコートを指差すと、そこでは朱李が先輩から出されたボールを必死に追いかけていた。


「ハァハァ、ちょっ、それ、キツイです。優しくしてください」

「あはは、ガンバガンバ」


 左右に大きく振らないよう朱李が訴えるも、球を出している先輩は笑顔でそれをスルー。

 同じ感覚で球を出し続けている。

 思っていた以上に、ハードなことをやらされていて何だか彩人は朱李が可哀想になった。


「ありゃ、キツそうだな」

「ね。お陰で足パンパン。もうちょっと優しくしてくれても良いのに」

「まぁ、ドンマイ。先輩も本当は後輩の相手なんてせずに練習したいんだろう。あーしたくなる気持ちも分からんでもない。今日のところは仕方ない諦めろ」

「明日来れば良かったかも」


朱李の球出しを眺めながら、二人はそんな会話をしていると球出しをしている先輩の視線がこちらに向いた。


「街鐘さん交代!入って」

「はい!じゃあ、行くね」

「おう、頑張れよ。あっ、写真撮って良いか? 」

「とびきり可愛く撮れるならいいよ」


 何故か黒いオーラを纏った先輩に呼び出された莉里はそう言って、ウィンクをしコートの中に入っていた。

 あの感じ、朱李よりもさらにキツくなりそうだ。


「幼馴染の最後の勇姿を写真に収めてやるかね」


 可愛く撮れるかは分からないが、出来るだけ良く撮ってやろう。

 彩人はそう思いながらカメラを構えた。


「ハッ、ハッ、ハッハッ、ンッ! 」


 数分後、左右前後のキツイコースに出されている何も関わらず莉里はその全てに何とかくらい付いていた。

 思った以上の幼馴染の健闘に感心する彩人。


(何なの? この子)

 

 それは球出しをしている先輩も同じで、さっきから彼氏の前でミスをさせようとしているのに、莉里はその全てを返してくる。


(良い加減ミスりなさいよ! )

 

 思ったようにいかないことに苛ついた先輩は、特大のロブを上げた。

 それは手前に来ていた莉里の頭上を超えコートの端でバウンドする。


「んあっ!」


気合いのこもった声と共に、莉里は決死の思いでボールを追いかけ、ボールの落下地点に飛び込んだ。

 

 パコンッ。

 

 ラケットがボールを弾いた音が聞こえた。

 上を見ると、テニスボールが宙を高く舞っている。

 それは、緩やかに飛んでいき反対側のコートに見事入った。

 まさに執念の一打。

 幼馴染の根性に舌を巻いた彩人だが、すぐにかなりの勢いで飛び込んできた幼馴染を心配した。


「おい、大丈夫か? 」

「うん、なんとか。それより私凄かったでしょ? 」


 砂まみれになって汚れているのにも関わらず、真っ先に莉里は彩人にそう尋ねた。


「……あぁ、凄かった」

「でしょ! 」


彩人がそう答えると、莉里は瞳を爛々と輝かせ嬉しそうに笑った。

 それは普段見せる笑みとは違って、何処か余裕のある大人の笑みではなく子供のような無垢な笑顔で。


 パシャ。


 彩人は気が付けば、シャッターを切っていた。

 


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