第34話


「はぁ〜、マジでアイツらいつか覚えてろよ。浮ついた話が出たら今日と同じ目に絶対合わせてやる」


ドリンクバーを注ぎに行く途中、精神的にくたびれてしまった彩人は友人達にいつか復讐することを決意した。


 何故そのようなことになったかというと、時は少し遡る。


 歌の順番を変える事で何とか逃亡に成功した彩人。

 だが、その程度で諦めるような三人ではなく歌い終わった瞬間敢えなく捕まってしまったのだ。

 そこから


 幼馴染の子は可愛いのか?

 どんな風に出会ったのか?

 一緒にいる時どんなことをしているのか?


 などなど、根掘り葉掘り莉里との関係性についての質問を答えさせられた。

 途中でチャチャが度々入るので、苛つくことが何度もあったが何とか耐えきった。

 そして、最終的には全員に彩人は幼馴染のことを恋愛的な行為を持っていないことを分からせることが出来た。


 そもそも彩人にとって莉里は一言で表すと、意地っ張りで面倒な美少女である。

 容姿は自分好みの見た目をしている事は認めるが、かといって恋愛対象に入るかと言われればそうではない。

 勿論人間としては好きだ。

 彼女と喋ったり、遊んだりするのは楽しい。同じ空間で過ごしても何の気まずさもない。

 一緒にいて楽な存在である。

 ただ、彼女はどこか危ういところがあるから目が離せない。

 容姿が優れているため、色んな被害に遭いそうになるし、そもそも人間としての強度が高くないせいかちょっとのことで精神的に傷ついてしまう。

 しかも、傷付いたらそれを誰にいうでもなく抱え込むもんだから手が焼ける。

 だから、彩人にとって莉里は恋愛対象ではなく庇護対象なのだ。

 少し前に莉里は彩人のことを弟だと思っていると話したが、彩人も全く逆のことを思っている。


 だから、それを懇切丁寧に説明したおかげで何とか皆んな納得してくれたのだ。

 そこに辿り着くまでに、小一時間くらい掛かったので本当に苦労した。

 二度としたくない。


「甘いもの飲も。すいませーん、暖かい飲み物が飲みたいんすけど」


 ずっと説明をしていたせいか、脳が糖分を欲している。

 そのため、耐熱容器を店員から受け取り普段は飲まない冷たいイチゴオレを選択した。

 丁度いいところまで溜まったところで、一度ボタンを離し一気に飲み干す。

 すると、頭がゆっくりとクリアになっていき段々気分も落ち着いてくる。

 もう一杯分ミルクオレを注ぎ直し、彩人が自分達の部屋へ戻ろうとしたところで突然横から「邪魔すんなよ!陰キャ」と怒鳴り声が聞こえてきた。


 何事かと、そちらに向かってみれば大学生くるいの若い男二人が彩人と同い年くらいの少年少女相手にキレていた。

 見た感じ、男二人が少女をナンパしていたところにあの少年が割って入って来てキレてるといったところだろうか。


 面倒なものを見てしまった。

 だが、ここでスルーするのも目覚めが悪い。

 仕方なく、彩人は少しだけ手助けをしてやる事にした。


「なぁ、邪魔なんだけど」

 

出来るだけ不機嫌そうに四人へ文句を言う。


「何だお前!?こっちは取り込み中なんだよ。邪魔すんな」

「空気読めよな。クソKY。お前ダチいねぇだろ」

「いや、普通にいるけど。お前らのせいでその友達のいる部屋に戻れないんだよ。喧嘩するなら他でしてくんね?普通に迷惑なんだわ」


 突然介入してきた彩人に対しキレる男達。

 だが、彩人は特に怯む事なく飄々と文句を言い続ける。

 この反応を見るに男達の方はどうやら引く気がないらしい。

 『面倒くさいタイプだな』と心の中で愚痴りつつ、彩人は歩みを進めた。


「こっちくんじゃねぇぞ!ガキ」


 一定のテンポで着々と近づいてくる彩人を見て、苛ついたのだろう。

 男の一人が彩人の肩を押そうと迫ってきた。


「ッ!」


彩人は身体を捻る事でそれを回避。

すれ違い様に足をかけてやり転ばせてやる。


「ダサッ」


転んだ男に対して彩人は冷たく罵倒すると、「テメェ」ともう一人の男も殴りかかってくる。

 彩人が選択したのは回避ではなく防御。

 男の手が振り下ろされる前に手首を手首を掴んで阻止。

 その後、腕を捻ってやれば「ぐっ!?」と呻き声を上げた。


「雑魚いな、アンタら。女のケツ追いかける前に鍛えた方がいいよ。ガキ相手に負けてるとかダサ過ぎるから」


 言い逃れのできようもない彩人の一言に男達は悔しそうに顔を歪める。


「ッチ、離せ!俺は、もう帰る!」


 ガキとバカにしていた相手に負けて、プライドが壊れて早くこの場から離れたいのだろう。

 彩人に腕を捻られている男はキレ気味にそう告げた。

 狙い通り帰ってくれるのなら問題ない。

 彩人は言われた通り、手を離せば男達は足早にこの場から逃げていった。


「次からはもっと場所選べよ!カス!」


 迷惑を被った彩人は最後の最後に、遠ざかっていく二人へ聞こえるよう罵倒してやった。


「ぷっ!くくっ」


それがツボにハマったのだろうナンパされていた少女は吹き出した。


「くくっ、カスって、小学生みたいです」

「別にいいだろ」


 まるで、小学生のようだと笑う少女に彩人は仕方がないだろうと少しいじけた。

 あの時は、あれくらいしか言葉が思いつかなかったのだ。そこは許しては欲しい。


「そうですね。おかげで沢山笑わせてもらいました。助けてくださってありがとうございます」


  そう言って、頭を下げる黒髪ロングの少女。

 その姿は美しくなんて言うか、莉里と似たようなオーラがあった。


「どういたしまして。っても、俺は良いところ持ってただけだからな。真っ先に助けに入ったのか?は知らんけど、お前を守ってたそこの男にも礼は言えよ」

「そうですね。ありがとうございます。西園君」

「い、いやぁ、ははっ、僕は別に大して力になれなかったから。お礼とかはいいよ白百合しらゆりさん」


 彩人は真に讃えられるべきは隣にいる少年だと謙遜すると、少女はすぐにそうだったと自分を守ってくれた少年に礼を言う。

 少年も別に何も出来なかったからと、乾いた笑みを浮かべ謙遜する。


「ん?」


 そこで、初めて少年の容姿をきちんと見た彩人はその姿に見覚えがあった。

 黒髪の目にかかる程の長い髪に、そこそこの身長。

 白百合という少女をナンパから守っていたのはなんと、入学式に莉里のことをナンパしてきたヤベェ奴だった。


入学式のことを思い出した彩人は『コイツも白百合という少女をナンパしていたのでは?』と一瞬慌てたが、白百合がお礼を言っているということは普通に助けに入ったということ。

 

(意外と良い奴なのかもな、ヤベェ奴だけど)


 彩人の中ではまだ、莉里にナンパした時のキモい姿が脳裏にこべりついているので、ヤバい奴という評価は変わらない。

 けど、そんなに悪い人間ではないのだろうとは思った。


「じゃ、取り敢えず一件落着ということで。俺は友達のところに帰るな」

「あっ、あの!ちょっと良いですか?」


無事ナンパが撃退出来たため、彩人はその場を後にしようとしたが寸でところで白百合に引き止められた。


「なんだ?」


 お礼も受けとったし、特にすることも残っていないはずだ。

 彩人は振り向き、小首を傾げた。

 白百合の方は彩人と目が合うやいなや、「あの」、「その」と少しの間言い淀んだ後、やがて意を決したかのようにこう言った。


「お名前と連絡先を教えてくれませんか?」

「名前くらいは別に構わないが。連絡先はちょっとなぁ。出会ってすぐの人に渡すのは嫌だ」


今日出会ったばかりの人と連絡先を交換しても、お礼を言うくらいにしか使われないだろうし、渡す必要性を感じない。


「そ、そうですか。では、お名前だけでも教えてもらっていいですか?」


 彩人が連絡先を渡すのを拒むと白百合は目に見えて落ち込んだが、それでも名前の方はしっかり聞いてきた。


「水無月彩人だ。今度こそもういいか?」

「みなづき、さいとさん。はい、大丈夫です。本日は本当にありがとうございました」

「今度はあんなのに絡まれないよう気を付けろよ」


白百合に今度こそ別れを告げた彩人は、友人達のいる部屋に戻るのだった。


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