第31話
突然だが、街鐘莉里は美少女である。
人形と見間違えるほどの何の無駄もなく、完成された顔つき。
日本人離れした亜麻色のサラサラとした長い髪にラピスラズリのような綺麗な瞳。
百七十センチという女子の中ではかなり背が高く、足や腰はスラッとしていて細くモデル体型。
それなのにも関わらず、胸や尻は歳不相応に豊満。まさに男達の理想を具現化したかのような、完璧な美少女。
それが、街鐘莉里である。
誰もが見惚れるほどの美貌を持つ彼女は当然一度目の人生の際に、多くの男達から告白されている。
小学校も、中学校も、高校も、大学も、社会に出ても彼女に愛を囁く男は後を絶たなかった。
けれど、何故かタイムリープして手に入れた二度目の人生小学校も中学校は変わらなかったけれど、高校に入った瞬間驚く程無くなった。
その理由は、現在莉里の隣にいる幼馴染の少年のおかげだろう。
毎日彼と一緒に登下校をしており、最近はお弁当を作って渡している。
側から見れば完全にカップルに見える状況ではあるが、その実は二人は付き合ってなどおらず仲のいいただの幼馴染同士。
多くの生徒達から付き合っている勘違いされている。
だが、莉里は積極的に誤解を解くつもりはなかった。
その方が色々と都合がいいからだ。
しかし、それもどうやら時間切れらしい。
「でも、まぁ流石に無理だよね」
下駄箱を開けたところで、莉里はぼやくようにそう呟いた。
下駄箱の上段に置かれていたのは一枚の白い手紙。
莉里は上靴を取り出すのと同時に手紙も取り出す。
「おっ、ラブレターか?」
そこで、隣にいた少年である彩人の目に入った。
ターゲットロックオン。
彩人の目は完全に手紙の方へ注がれている。
どうやらこの手紙に大変興味津々のご様子。
これについて何も触れずに教室へ行くことは無理そうだ。
「中身見てないから分かんない」
「そうなのか。じゃあ、もしかしてワンチャン果たし状の可能性とかある?」
「そうだったら面白いね」
果たし状なんて時代錯誤のものかもしれないという彩人の馬鹿な話を聞き流し、莉里は手紙の中身を開いた。
『今日の放課後、新校舎の屋上に来てください。大切な話があります』
書かれていた内容は前の人生で何度も見た典型的な呼び出し文。名前は書かれていない。
案の定というべきか、莉里の想定していた内容と殆ど変わらない。
ここに放課後いけば、十中八九告白されるだろう。
莉里はその時のことを考え、今から気が重くなった。
「どんなだった?」
「放課後屋上に来いって」
「決闘か?」
「だったらいいね」
手紙を封の中にしまった莉里は幼馴染の少年と軽口を叩き合い、気を紛らわせながら教室へ向かった。
◇
それから何事もなく時間は進み、放課後がやって来てしまった。
莉里は憂鬱な気分で、屋上に向かう準備をする。
本音を言えば行きたくはない。
何故なら答えは決まっているから。
莉里は相手の想いに応えることが出来ない。
それを伝えに行くと思うと気が重くて仕方ない。
けれど、相手は勇気を振り絞ってこの手紙を出してくれたはずだ。
ならば、こちらもきちんと伝えるくらいの誠意を見せるのが道理だろう。
「彩人は用事先帰ってて」
「おう、分かった。じゃあな、莉里」
「じゃあね、彩人」
いつも一緒に帰っている彩人に今日は先に帰るよう伝える。
唯一事情を知っている
スタスタと迷いない足取りで、屋上へ向かう。
その際、皆んなが階段を下っていく中、上に逆走している莉里に視線が集まったが無視して進む。
そして、屋上のドアの前までやってくる。
自分が告白するわけではないけれど、こういった時は緊張する。
過去に何回もされているから、最初の時ほどではないけれど。
一度深呼吸をして、やがて意を決したかのように扉を開けた。
「居ない?はぁ〜、緊張して損した」
ドアを開けた先には誰もおらず、莉里は無駄に緊張してしまったと嘆息をする。
手紙の差出人はまだ来ていないようだ。
莉里はベンチに座り、差出人が来るまでの間本を読んで時間を潰すことにした。
それから五分が経過したところで、屋上の扉が開きそこに目を向ければ背の高い男子生徒が一人立っていた。
彼と目が合うと驚いたように目を見開き、こちらに慌ててやって来る。
見たことのない男子だ。
ということは、別のクラスの男子だろう。
「ごめんなさい。僕が呼び出したのに遅れてしまって」
目の前までやって来ると、すぐに頭を下げて謝罪してきた。
「そんなに待ってないので問題ないですよ。ただ、差出人の名前からくらいは書いてください。正直半分くらい悪戯の可能性を疑ってました」
「ご、ごめん。その、こういうの初めて出すから緊張しちゃって。あの、僕戸田光輝って言います。よろしくお願いします」
謝罪を受け取り、気にしてないことを伝えると安堵していたが、次いで名前が無かった件について話すとアタフタと慌て出した。
気弱で素直な人なのだろう。
多分戸田は人としては悪くない分類なのは分かっているのだが、どうしてもその姿に影を見てしまいどうしよもなく莉里は苛ついてしまう。
「別にもういいです。で、私を屋上に呼んだ理由は何ですか?」
これ以上見ているとどうにかなりそうだったので、すぐに本題へ入った。
「り、理由はですね。その〜〜!!街鐘莉里さん!僕は初めて貴方を見た時から一目惚れしました。好きです。付き合ってください」
頭を下げ右手を差し出しながら、想いの丈をぶつけて来る戸田少年。
だが、足りない。
薄っぺら過ぎる。
動機としては分からなくもないけれど、そんなもので靡く程莉里は優しくない。
ふざけるな。
私をその程度の女だと思っているのか!?
「ごめんなさい」
莉里は端的に返事を返すと、少しの間静かに乾いた笑い声が響く。
「そ、そうですか。あ、あの話はおしまいです。今日はありがとうございました」
それだけ言い残すと、戸田少年は屋上を逃げるように立ち去った。
「はぁ〜、やっぱり嫌だなぁ。こういうの」
莉里はそれを見届けた後、ベンチに再び腰掛け愚痴を溢した。
自分は何も悪くないのに、あんな被害者面をされてしまうとどうしても罪悪感が湧いて来る。
だから、嫌いなのだ。
知らない人から告白されるのは。
薄っぺらい理由で告白をしても相手が振り向いてくれるはずもないのに。
何故そんな単純なことも分からないのだろう。
本当告白されるこっちの身にもなって欲しい。
─なんて考えてしまう自分が莉里は一番大嫌いだ。
この時が一番自分のことを醜いと思う。
このままここに居るといけない。
直感的にそう感じた莉里は荷物を持って、一人学校を出る。
歩けば何かが変わると思っていたけれど、沈んだ気持ちは中々戻らない。
トボトボと、弱々しい足取りで帰路につく。
(相手の人は一生懸命なのに、私はそれを下に見ている。本当嫌なおん──)
「ひゃあっ!?」
一人自己嫌悪に陥っていると、急に首筋に冷たいものが当たり思わず悲鳴を上げてしまう莉里。
何事かと、パッと後ろを振り向けばそこには「ふおっ」とパピ○のホワイトソーダ味を咥えている彩人がいた。
「何でいるの?もしかして私のこと待ってた」
前と同じように、自分のことを心配して待ってくれていたのかと淡い期待を持ちながら、彩人に問いかける。
「いふぁ。普通にコンビニで赤城とアイス食いながら駄弁ってたら、辛気臭い顔した女をたまたま見つけただけ」
が、莉里の期待とは裏腹に彩人がここに居る理由は至極普通のものだった。
莉里を待っていたわけではなかったらしい。
そのことに、莉里は深く落胆する。
今の気持ち的に嘘でもそこは待っていたと言って欲しかった。
乙女心的にも。
「なに人の顔を見て勝手に落ち込んでんだよ。よく分からんけど、とりあえずこれやるから元気出せ」
そんな幼馴染の胸の内を当然知るはずもない彩人は、急に落ち込みだした少女のことを訝しみつつも、予定していた通りまだ蓋を開けていないもう一本のパピコを差し出した。
「ありがと」
「俺の奢りだ。ありがたく食えよ。そんで、いつか必ず返してくれ」
「えっ、あっ、それ僕のなんだけむぐっ!」
「おい、海余計なことを言うなよ。後で新しいの買ってくるから。今何かいい感じだったのに」
やや躊躇いがちに自分のものだと主張しに現れた赤城の口を彩人即座に塞ぎ「じゃ、そういうことで。またな、莉里」と言い残してコンビニへ戻っていった。
遠ざかっていく二人の後ろ姿を見ながら「しまらいなぁ〜」と莉里は呆れたように笑った。
その後、彼からもらったアイスを食べると少しだけ気分が楽になったような気がした。
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