第29話


 「ねぇ、彩人。もしかしてお昼足りてないの?」


 学校から帰宅中、コンビニで買った肉まんを頬張っていると隣にいた莉里にそんなことを聞かれた。


「何でそう思ったんだ?」

「最近学校帰る時何かしら買ってるから。そうなんじゃないかなぁって」

「ふーん。まぁ、その通りではある。弁当じゃ少しもの足りないんだよな」


 特に誤魔化す理由もないので、素直に彩人は答えた。

 中学校の時は給食で、おかわりしていたから特に空腹を感じることがなかったが、高校からは状況が変わり昼食は自分達で用意しなければならない。

 ありがたいことに、彩人は母の矢花が弁当を作ってくれるので不便は感じていない。

 が、中学の時に比べて量が減ったのは確かだ。

 学校が終わる頃には、腹が鳴り出しついつい近場のコンビニで何かを買ってしまっていた。

 一緒に登下校していた莉里は何となくそれを察していたようだ。

 「やっぱり、そうなんだ」と特に驚くこともなく聞き入れる。

 次いで少し何か逡巡した後、莉里は驚くべき提案をして来た。


「じゃあ、私がお弁当作って来てあげよっか?」

「は?っとと、あぶねぇ」


 まさか幼馴染からそんな提案が出てくるとは夢にも思っていなかった彩人は、あまりの驚きに持っていた肉まんを落としかけた。


「どういう風の吹きまわしだ?」


 彩人が買い食いをすると半分奪って来た簒奪者から、そんな言葉が出てくると思わず何か裏があるのでは?

 と、警戒する彩人。


「いや、最近趣味が料理でハマってるんだよね。で、まぁ、私の作った料理を食べるモルモ…人が欲しいなって」

「おい、不吉なワードが出掛けたぞ。俺は実験動物じゃねぇからな」

「まっさかぁー、そんな大切な幼馴染のことをそんな風に思っているわけないじゃん、!これは、お昼が足りなくて困ってる幼馴染を助けてあげようという百パーセントの善意だよ」


ニコニコと作り笑いを浮かべながら、そんなことを宣う莉里。

 

(絶対何かしてくる!)


 長年の培った勘が、危険信号を出す。


「莉里の負担を増やすのもあれだし別にいい」

「大丈夫大丈夫、私のお弁当は自分で作ってるの。一人前増えたところで問題ないよ」

「あー、材料費かかるし」

「ウチの親は彩人なら気にしないよ」

「弁当箱洗って返さなきゃ「私が洗うから大丈夫」……そすか」


 逃げ道を徐々に潰され、完全に塞がれてしまった彩人は「じゃあ、一回だけ頼む」と折れた。


 この幼馴染の様子を見るに、絶対弁当に変なものを入れてくるに違いない。

 それを逆手に『こんなもの出すやつの弁当が食えるか!?』と言えば、次回以降は弁当を食べずに済むだろう。

 たった一回我慢するだけ、彩人そう自分に言い聞かせながら翌日を迎えた。


 


 次の日の昼休み。


「彩人一緒に食べよ〜」

「…ッチ、やっぱり来たか」


とうとう悪魔がやって来た。

 その手には昨日言っていた通り、お弁当が入った手さげが二つ。

 あのウチのどちらか片方にはゲテモノが入っているはずだ。

 絶対に食いたくない。


 彩人はその場から逃げだした。

 しかし、莉里に回り込まれてしまって逃げれない。

 逃走失敗。


 もう一度、彩人はその場から逃げ出した。

 だが、またしても莉里に回り込まれてしまって逃げれない。

 逃走失敗。


 そんな二人のやりとり奇妙な目でクラスメイト達は見ていていた。


((何やってんだ、あの二人は))


と。


「おい、屋上行くぞ」


それに気が付いた彩人は、何だか恥ずかしくなり莉里に解放されている屋上に行くことを伝え教室を後にする。

 莉里も数歩遅れて彼の後を追った。


 ドアを開けると、物凄い勢いで風が吹き込んできて思わず目を細める二人。

 だが、それはすぐに収まり二人は扉を通った。

 やって来たのは先ほど言っていた通りの屋上。

 今時、殆どの高校は屋上を封鎖されているがここ華山高校は珍しいことに、生徒達の憩いの場として解放されている。

 二人は空いていた木製のベンチに並んで腰掛けた。


「はい、これ彩人の分」

「…どうも」


座ったところで、幼馴染からお弁当を渡され何とも言えない顔になる彩人。

 お昼が増えるのはありがたいが、中に何かしら爆弾が入ってると思うと素直に喜び難い。


 一体どんなものを作って来たのか?


 おっかなびっくりしながら、彩人は弁当の蓋を開けた。

 入っていたのは白米に唐揚げ。ほうれん草のお浸し、タコさんウィンナーと卵焼き。彩人の好物であるハンバーグが入っている。

 

 一見すると、普通の弁当に見える。

 そして、隣で弁当を開けた莉里のものともメニューに違いはない。

 量も変わらずだ。

 今のところおかしいところはない。

 だが、隣で未だニコニコと綺麗すぎる笑みを浮かべている幼馴染を見るに油断は出来ない。


「いただきます」


彩人はそう言って恐る恐る箸を取り、先ずは無難そうな米を口に入れる。


 変な味はしない。

 少し硬めに炊かれていて、塩がかかっていて美味い。

 ということは、これが外れじゃない。

 それ以外に何かある。


「全部美味いんだが」

 

 そう思って、ビクビクと警戒しながら、唐揚げ、ウィンナー、お浸し、卵焼き、ハンバーグを食べたが全部普通に美味しかった。

 驚いたように彩人が感想を口にすると、「ぷっ!」と莉里が吹き出し爆笑し始めた。


「あっはっは!自分が食べるかもしれないお弁当に変な物入れるわけないじゃん!彩人警戒し過ぎ!あっはっはっーー!ひぃー!お腹痛い!」

「〜〜〜!?」


完全に莉里の手の掌で踊らされていたことを知った彩人は、屈辱のあまり声にならない声を上げる。

 パタパタと足を上下させ、笑い転げる幼馴染に殺意が湧くが何も出来ない。

 これは彩人が莉里の発言と態度から、勝手に勘違いしてしまっただけ。

 莉里は何も悪いことはしていないのだ。

 ここで手を出せば百、彩人が悪くなってしまう。

 グッと拳に力を入れて何とか堪えた。


「くふっ、本当良い反応するよね。彩人。リアクション芸人としてテレビ出れるよ」

「そんなの言われても嬉しくねぇ!」


面白いくらい予想通りの反応を示してくれたと、莉里は彩人のことを褒めるが全然嬉しくない。

 彩人はそっぽを向いていじけた。


「ごめんごめん。あぁ、久々にこんな笑った。お弁当作ってきた甲斐があったよ」


いじける幼馴染に謝りながら、莉里は本当にやって良かったと思った。

 

『全部美味いんだが』


 正直、彩人の好みはある程度と把握しているとは言え口に合うか不安だった。

 だから、前日の夜から色々仕込みをして、卵焼きも綺麗に作れるよう練習した。

 しかし、そんな莉里の不安は杞憂に終わり幼馴染の少年は莉里の料理を褒めてくれた。


 大変不服そうではあったけれど。

 逆にそのおかげでお世辞抜きだと分かったので良しとする。


(でも、まぁ、ちょっとやり過ぎたかな?)


ツーンッと依然としてそっぽを向きながら、お弁当を食べている彩人を見て莉里は少し反省した。

 だが、こんな可愛い幼馴染が善意でお弁当を作ってあげると言ったのに疑ってきたのが悪い。

 そう考えると、妥当な気がした。


 それ以降、二人は特に会話をすることなく黙々と弁当を食べ進める。

 先に食べ終わったのは彩人。

 いつもの弁当に加え、莉里が作った弁当があったにも関わらず何の苦もなくペロリと食べ切った。


「…ご馳走様」

「はい、お粗末様」


 立ち上がった彩人は莉里の顔を見ることなく、お弁当を突き出す。

 それを莉里が受け取ろうとしたが、彩人が手を離さないないため無理だった。


 どうしたのだろうか?


 そう思って、彩人の方を不思議そうに見上げる莉里。


 静寂。

 一陣の風が吹いたところで、彩人が口を開いた。


「美味かった。これなら、まぁ…次もモルモットになってやってもいい」


それだけ言い残すと、彩人は屋上を後にする。

 一人屋上に残された少女は暫しの間放心したのち、ベンチに深く身体を預けた。


「…それは反則」


両手で顔を覆い小さくそう呟いた彼女の耳は真っ赤に染まっていた。

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