第28話



 「このケーブルをここに挿せば、良し。これで出来るな。ん?」


 ドタドタッ!


 莉里と遊ぶための準備が終わったところで、誰かが階段を勢いよく登ってくる音が聞こえた。

 おそらく、昼食を食べ終えた莉里が上がってきているのだろう。


「グッドタイミング。丁度用意出来たところだから、早速遊ぼうぜ?…って、顔を赤いけど大丈夫か?」


 ドアを開けて、莉里を歓迎する彩人。

 が、顔を合わせた莉里は何故か顔を真っ赤にしており、思わず首を傾げた。


「い、いや、大丈夫。何にもないから。それより何して遊ぶの?」

「あぁ、今日は昔懐かしのゲームをしようと思ってあれを引っ張り出してきた」


そう言って、彩人が指差したのは任◯堂のWi◯。

 Uの方でもないただのWi◯だ。

 発売されたのは今から約一〇年前でかなり昔のゲームハード機だ。

 小学生の時は、彩人とよくこれで遊んでいた。


「うわぁ、懐かしい。よくまだ持ってたね」

「ウチはゲーム機とかは売ったりしないからな。押入れの奥にしまってたんだよ。で、ゲームは何にする?」

「そりゃ、決まってるよ!」


何のゲームをするのかと彩人に問われた莉里は、高らかに宣言した。


「Wi◯スポーツリゾート!」


 彩人と莉里が初めて一緒にやったゲームの名前を。



 ◇


 あれは今から約六年前。

 クリスマスが終わった次の日、初めて莉里は水無月家を訪れた。


『お、お、おじゃましまーす』


 今まで、彩人とは外でしか遊んだことがなかった莉里はやけに緊張していた。

 男の子の家に行くということで、トラウマが刺激され足が若干すくむんだが、母の後押しもあって何とか家に入った。

 

『いらっしゃい!よく来たな莉里。ルーシィさん』


先ず最初に二人を出迎えたのは、彩人。

 この頃は身長が莉里よりも低くとても可愛らしい。

 ニカッと裏表のない笑みを浮かべ、二人がやって来たのを本気で喜んでいた。

 莉里はそんな幼馴染の姿を見て、自分は何を不安がっていたのだろうと何だか馬鹿馬鹿しくなった。


 男の家に入ることを緊張していたけれど、彼はまだ小学生低学年のお子様。

 タイムリープ前のような男達と違って、二人っきりになったからといって邪なことをしてくるはずがないのだ。


 その事実に安堵した莉里は小さく微笑を返した。

 

『はやく遊ぼうぜ!サンタさんが凄いもの持ってきてくれたんだ』

『あっ、ちょっ!』


どうやらクリスマスにサンタさんからとても良い物を貰ったらしい彩人は、一刻も早くそれを莉里に見せたかったのだろう。

 莉里が靴を脱ぐやいなや、手を掴み莉里のことを引っ張っていく。


『彩人。早く遊びたいのは分かるけど、先ずは手洗いうがいでしょ?』

『そうだった!じゃ、こっちだ』


真っ先にリビングに入ろうとしていた彩人に、母親の矢花が嗜めると『そういえばそうだった』と思い出し、莉里を洗面所に連れて行った。


『早く!早く!』

『ちょっとそんなに急かさないでよ』


辛抱たまらぬ彩人は、莉里に手を早く洗うよう急かしてきて思わず莉里は苦笑する。

 

 どれだけ見せたいのよ、と。


 そうして、莉里が手を洗い終えたところで二人はリビングに入り大きなテレビの前にやって来た。


『じゃじゃーん!任◯堂Wi◯だ。いいだろう!?しかも、何とソフト一個のおまけ付きだぜ!』

『おぉ、凄い』


当時発売されて三年が経っているが、Wi◯は未だ勢いが衰えておらず値段は二万円ちょっと。ソフトも一本五千円近くする。

 莉里は万を超えるようなクリスマスプレゼントをサンタさんに貰ったことがないため、素直に賞賛した。

 それに機嫌を良くした彩人はムフンッと嬉しそうに胸を張った。


 ここで、少し余談なのだが莉里の親は娘に対してかなり甘く彼女がねだればこれくらいのものは用意出来る。

 が、莉里はタイムリープ前もタイムリープ後もあまり物欲を出すタイプではなかったため、彼女の中ではクリスマスプレゼントは一万円以内に収めようと心掛けていたのだ。



『よし、じゃあ。はい、これリモコンな』

『ありがとう。これって、どうやって動かすの?』


 CMでWi◯というゲーム機が売られていることは知っていた莉里。

 だが、莉里はゲームというものに触れ合ってこず小説家の父親の影響かずっと本の虫だった。

 そのため、こういったゲーム機を触るのは初めてで彩人に使い方を尋ねた。


『それはな、あそこの黒い奴に向けて動かすと』

『あっ、カーソルが出て来た』

『で、ここのAボタンが押すと決定。裏のBボタンがキャンセル。で、横向きにする時は十字ボタンで動かす感じ。ゲームによって色々違うから、その時説明する』

『うん、分かった。これ凄いね』


 初めて触れたゲームはとても画期的で、莉里は感心した。

 

『いいだろ!?』

『うん』

『むふふっ、じゃあさっそくゲームスタートだ』


自分の持ち物を褒められた彩人は、ヒクヒクと鼻をひくつかせた後カーソルを動かしゲームを選択。起動した。


 少しのロード時間を挟んだ後、画面が切り替わり次に映ったのは『Wi◯スポーツリゾート』というタイトルと背景に綺麗な海。

 見た感じ、今のところスポーツ要素は感じられない。

 が、Aボタンを押すと場所が変わりリゾート地を真上から見下ろす形になった。

 そして、画面にはいくつかのスポーツが表示された。

 チャンバラ、ピンポンといったtheスポーツみたいなものから自転車やスカイレンジャーなどの意外なのものまで。

 一体どういった風に遊ぶのか?

 この段階ではあまり想像が出来ない。


『何かしたいのあるか?』

『えっと、じゃあ先ずは簡単なのがいいかな?』

『それだったら、ボウリングするか』


ゲーム初心者の莉里はあまり難しいものはいきなり出来ない。

 そのため、先ずは簡単なものからしようと伝えると彩人はボウリングを選択した。

 

『ボウリングはBボタンを押しながら、振るだけ。簡単だろ?』

『へぇ〜、本当のボウリングみたいだね』


  説明を聞く限りとても簡単そうだ。

 これなら、すぐに出来そう。


 と、思ったのだが


『あれ?、あれ?何で投げれないの?』


判定が思ったよりもシビアで上手く投げれない。

 それを見かねた彩人が『一回一緒にやってみるか』と言って後ろに回り莉里の手を取った。


『ふえっ?』


  かつてない程の大接近。

 急に後ろから抱きしめられた莉里は情け無い声を上げた。

 バクバクと鼓動が早まり身体が固まる。

 

『ここをこうして……』


彩人が何かを説明してくれているが、この状況では頭に入るわけがない。


『よし、投げれたな。これで分かったか?』

『う、あっ、うん』


全然分かっていないけれど、何とかそれだけ振り絞り頷く。

 彩人が離れて行ったところで、莉里はようやく一息吐く。


 急に後ろから抱きしめられたから、ビックリした。あんなことは、元カレにしかされたことがない。

 手を繋ぐ程度は子供だからと何とも思っていなかったけれど、流石に抱きしめられるのはくるものがある。

 だが、今のは


『…嫌じゃなかった』


 莉里は男が苦手だ。

 見られるのも、喋るのも好きじゃない。

 特に触れ合うとなればことさらに。

 何の許可もなく抱きしめられたのに不快感は無かった。

 その意味を深く考え前に、次の順番がやって来て思考は中断され、以降このことについて考えるのは止めた。


 その後、ボウリングを終えた二人はチャンバラを行い、


『おりゃ、隙あり!』

『あぁ、また負けたー」


彩人が莉里をボコボコにし『よぇー』と煽ると、莉里の負けず嫌いが発動し勝つまで続けることとなった。

 けれど、ゲーム初心者の莉里が彩人に勝つことは難しく、結局その日は勝つことが出来ずに終わる。


『今度来た時は絶対勝つから!』

『へっ、次も返り討ちにしてやるぜ』


 こうして、二人はまた家で遊ぶ約束を取り付け何度も何度もゲームで戦うようになった。



「やったー!全ストライク!それに対して、彩人はスペアばっか。雑魚いねぇ〜」

「こんにゃろう!久々だから腕が鈍ってるだけだっての。もう一回だ!」


 それは現在も変わっていない。

 ただし、莉里は思ったよりもゲームの才能があり何度も繰り返すうちに上手くなった。

 なので、最近は莉里が彩人に勝ち越すようになり昔と立場が逆転。

 普段は割と大人しめの莉里だが、ゲームをしている時はテンションが上がりいつもより口が悪くなる。

 彩人には出会わなければ、知ることのなかった自分の新たな一面だ。


 でも、嫌じゃない。

 彼と気兼ねなく罵倒し合いながらするゲームは楽しくて仕方ない。


(でも、今思うとあの時嫌じゃ無かったのは…)


ふとしたタイミングで、あの日の続きを考える。

 昔はいくら考えても出なかっただろう。けれど、高校に入ってようやく分かるようになった。


 答は既に見つけている

 ただ、口にするのは怖くてまだ無理だけれど。


 今はこれでいい。

 この距離感が丁度良い。


「はい!俺の勝ち。何で負けたか明日まで考えといてください!」

「はぁ〜!?一回勝ったからって調子に乗らないでくれる?もう一回やるよ!」


 二人は夕飯が出来るその時まで、ギャーギャーと騒ぎながらゲームを仲良くプレイするのだった。


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