第27話


「くかー」


 林間学校を終えた次の日。

 学校がないため真昼間から彩人は惰眠を貪っていた。


 何故そんなことをしているのかと問われれば、答えは疲れが抜けていないから。

 慣れない環境で二日も寝泊まりしたせいか、思ったよりも疲労が溜まっている。

 いつものルーティン通り朝の走り込みをこなし、朝食を食べた後彩人は再び眠りについたのだ。


 三時間が経過したところで、腹が空腹を訴え出し目を開けると藍色の瞳と目が合った。

 普段ならば、あり得ない光景。

 だが、寝起きでマトモに動かない頭ではその異常性に気が付けない。


「おはよう、彩人」

「……おはよう。莉里。ふわぁ〜」


 目覚めの挨拶を交わし、ノソノソと身体を起こすと大きな欠伸を一つ。

 

「お昼出来たって矢花さんが言ってたよ」

「あぁ、サンキュ」


下に昼食が用意されていることを教えてもらった彩人は礼を言うと、部屋を出てリビングへ向かう。

 テーブルの上にはチャーハンと卵スープが置かれており、彩人は椅子に座ると卵スープをズズッと啜った。


「あっつ!」


 が、飲んだスープは出来立てアツアツの状態。何もせずに飲めば、火傷するレベルの熱量を持っている。

 それを何の警戒もせず飲んだ彩人は悲鳴を上げた。

 舌がヒリヒリして痛い。

 これは完全に火傷している。

 ハヒハヒと喘いでいると、後ろからクスクスと笑いながらやって来た莉里が水を差し出した。

 それを彩人は受け取ると一気飲みし、舌を冷やす。

 

「助かった、サンキュー。莉…り?何でいんの?」


火傷による痛みで、意識が完全に覚醒した彩人はようやく幼馴染が自分の家にいることに気が付いた。

今日は特に遊ぶ約束とかはしていないのに何故家にいるのだろうか?

 彩人は莉里がここにいる理由を尋ねた。

 

「暇だったから遊びに来たの」

「なるほどね。遠路はるばるご苦労なことで」


 莉里の口から告げられたのは、しょうもないものだった。


 ─暇だったから遊びに来た。


 まるで、小学生低学年のような理由だ。

 普通は巫山戯るなと怒られ追い返されるところだが、長い付き合いのある二人は違う。

 今日のように何のアポもなく遊びにくることは珍しくないため、何も驚く事もなく受け入れる。


「お昼まだなら莉里ちゃんも食べる?」

「食べます!」


それは彩人の母である矢花も同じで、莉里のことを歓迎している。

 急遽もう一人前作ることになったにも関わらず、特に何の文句を言う事もなくそれどころか少し嬉しそうに料理を作り始めた。


「「「いただきます」」」


 そして、料理が完成すると三人とも全員テーブルに着き合掌した。

 

「相変わらずパラパラでうめぇ」

「本当にそうですね。お店のチャーハンと遜色ないですよ」

「あら、やだも〜う。そんなに褒めても何も出ないわよ」


 二人から料理を絶賛され恥ずかしがる矢花。

 だが、決して嫌というわけではなくまんざらでもなさそうだ。

 幾つになっても、人から褒められるのは嬉しいらしい。

 

「ねぇ、莉里ちゃん。学校での彩人ってどんな感じ?」


 息子の彩人が学校生活についてあまり語らないからだろう。

 矢花は莉里に息子の様子を尋ねた。


「基本真面目に授業を受けてますが、午後はお昼を食べたせいかいつも眠そうでたまに寝てたりしてますね。友達は入学してそんなに経ってないですけど、もう十人くらいいます」

「そうなの。昔から人の距離を詰めるのが上手いから、友達作りは不安なかったけど。もう、そんなにいるのね。でも、彩人。授業中は流石に寝ちゃ駄目よ」

「無茶言うなよ、母さん。あの時間帯は誰だって一度は寝るぞ」

 

 腹が満たされると、血糖値が急激に上昇するせいで何かの分泌が追いつかなくなり、頭にブドウ糖が回らず眠くなるんだとか。

 これは人間の仕組み上仕方のないこと。

 その状態で、睡眠魔法の使い手である先生が当たってしまえば眠ってしまうのはもはや必然と言える。


 彩人に非はない。

 あるとすれば、その時間に魔法使いの先生を置いた学校側に非がある。

 悪びれることもなく、「俺は悪くない」と答える彩人。

 それを見た矢花と莉里は苦笑を漏らした。


(まぁ、気持ちは分からんくもないけどね。私も午後の授業はたまに寝てたし)


学生時代、自分も同じような体験を何度もしているため彩人の言い分は分かる。

 が、親の目線で考えると息子には学校でくらいちゃんと勉強して欲しいと思ってしまう。

 なので、「まぁ、今後出来るだけ寝ないよう頑張りなさい」と矢花少しだけ注意はしておいた。


「ほーい。……じゃあ、ご馳走様」


 気の抜けた返事を矢花に返した彩人は、これ以上この場にいるとまた何かお小言を貰う気がしたので、手早く昼食を完食しリビングを後にした。


「あっ、ちょっと待ってよ。私まだ食べ終えてない」

「そうか。じゃ、食い終わったら俺の部屋来い。適当に遊ぶ準備しとくから」


 莉里にそれだけ言い残すとスタスタと彩人は階段を登っていき、リビングには矢花と莉里の二人だけになった。


「あの子ったら、ちょっとくらい待ってあげてもいいのに」

「まぁまぁ、何か準備してくれるみたいですし私は気にしてませんよ」


「気の利かない子ね」と不機嫌そうに呟く矢花を莉里は「そんなことは無いですよ」と否定する。

 彩人は莉里に対して、いつも気を遣ってくれている。

 例えば、道路を二人で歩けばしれっと外側にいてくれるし、歩幅も合わせてくれる。

 莉里に男が近づかないよう、基本側を離れないようにもしてくれる。

 また、莉里が胸や尻など見られるのが好きじゃないのを知っているので極力見ないようにもしてくれている。


 (最近はちょっと多い気もしなくはないけど。まぁ、彩人を弄るネタになるから良いけどね。それに、彩人になら見られても不快ではないし、うん。)


 元気がない時は何だかんだ側に居てくれるし、悩んでいたら気が付いて一緒に悩んでくれる。

 上手く隠しているつもりなのだが、何故か彼にはバレてしまう。


(そのおかげで助かってるんだけど)


 素直に助けを求めることの出来ない莉里は何度も彩人に助けられている。

 ここ最近だと、体力テストや林間学校の時だ。


 彼だけが気が付いてくれた。

 彼だけが手を差し伸べてくれた。


 その事実に胸がポカポカする。

 莉里はクルクルと無意識に髪の毛を指で巻いていると、矢花がむふっーと意地の悪い笑みを浮かべた。


「ねぇねぇ、なんか最近良いことでもあった莉里ちゃん?」

「い、いえ!何も無いですよ」

「えぇ〜、でも顔が凄い乙女になってたよ。おばさん気になるな〜。最近の高校生の恋愛事情」

「ほ、本当に何も無いですから!ご馳走様でした」


 莉里は顔を真っ赤に染め、急いで残りを食べると彩人同様にリビングを出て行く。

 その後ろ姿を見つめながら、「自分が不都合になると逃げるところ似てるわね」と矢花は呟いた。

 どうやら、孫の顔を見れるのはまだまだ先のことらしい。



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