第10話 改稿済み
「百七十五センチか。結構伸びたな」
測定結果の書かれた用紙を見ながら、彩人はしみじみと呟いた。
去年測った時から身体が約五センチも伸びている。
(流石は成長期だな)
我ながら自分の成長に驚かされる。
小学校の頃はあまり背が伸びず、牛乳を沢山飲んだり、ジャンプを毎日してみたりとあの手この手で背を伸ばそうとしたものだ。
といっても、当時はクラスの真ん中くらいで低くはなかったのだが。
彩人にはどうしても身長を伸ばしたい理由があった。
その理由は
「彩人、結果どうだった?」
「結構伸びてたぞ」
「うわぁ、本当だ。五センチも伸びてる。大きくなったね。昔はこんなちっこかったのに」
今現在、彩人の記録用紙を覗き込んでいるこの幼馴染の少女にある。
チラリと幼馴染の記録用紙を見てみれば、『身長百七十センチ』と書いてあった。
彼女は女子高校生いや、女性にしてはかなり背の高い部類の人間であろう。
それは今も昔も変わっていない。
しかも、幼少期は男子よりも女子の方が成長が早いため、中学生の途中までは莉里の方が背は高かったのだ。
そのせいか、莉里は彩人のことをよく子供扱いしてきた。
同い年の女の子に子供扱いされると言うのは、男として大変耐え難いことであった。
そこで、彩人は自分が莉里の身長を越せば子供扱いされなくなるだろうと考え、背を伸ばすため躍起になっていたのだ。
様々なものを試したお陰か、何とか追いつくことが出来たのだが、肝心の子供扱いの方は長年の名残りなのか「止めろ」と注意しても全然改善する気配がない。
証拠に、今こちらを見ている莉里の目は両親と同じ保護者の目をしている。
(いつになったら止めんだ、コイツ)
心の中で、どうやったら自分のことを子供扱いしなくなるのか彩人は考える。
しかし、すぐに解決策など思い付くはずもなく二人は次の体重測定へ向かうのだった。
「じゃあ、私三階だから。また後でね」
「おう」
身長測定は男子女子共同だったが、体重測定は男子と女子は別々に行われるため彩人と莉里は階段で別れる。
案内の通り指定された教室に向かっていると、丁度測定が終わった海に出会った。
「赤城、結果どうだった?」
彩人は測定の結果どうだっかと声を掛けた。
「あっ、水無月君。いやぁ、身長は伸びてて良かったんだけど。…体重が思ったよりも増えてて。運動の重要性を再認識したよ」
「受験のために半年くらい部活してなかったからな。増えるのは仕方ねぇよ」
「はぁ、本格的にダイエットしないとだ」
どうやら想像以上に体重が増えていたらしく、項垂れる海。
彩人は「まぁ、頑張れ」とエールを送った。
「頑張る。で、彩人君はどうだったの?」
「体重はまだ測ってないから分からんが、身長は結構伸びてたな」
「へぇ〜、どれくらい?」
「五センチ」
「すごっ。僕なんか増えても二、三センチだったからその伸びは羨ましいよ」
自分の結果については、あまり考えたくないので赤城は彩人の結果について聞いてみれば、予想以上のものが返ってきて驚いた。
その後、「だからそんに大きいんだね」と彩人のことを見上げた。
普通だろ、と彩人は返そうと思ったが寸でのところで踏みとどまる。
中学時代、周りにいた友人達の背が自分くらいだったため普通だと思っていたが、世間的に見れば自分は高校生の中では背の高い部類に入ることに気が付いたのだ。
それに、自分よりも背の低い海への嫌味になる可能性もあると思ったのもある。
「背を伸ばすために色々やったからな」
だから、彩人は背を伸ばすために努力していたことを打ち明けた。
今は莉里の背を抜かしているため、昔ほど真剣にはやっていないけれど。
長いことやっていたため、習慣化しており朝に体を伸ばしたり、牛乳を飲んだりとかはまだやっている。
「へぇ〜、だから伸びたんだ。凄いね。僕にも教えてよ」
「別に良いけど。ネットで漁ればすぐに見つかるようなもんだぞ?牛乳飲んだり……」
驚くようなことはしていないと前を置きをして、彩人は海に何をやっているのかを教えた。
「次の生徒入ってください」
「じゃあ、行ってくる」
「うん、後で結果を教えてね」
測定をするため教室に入るよう言われたので彩人は海と話すのを止め、教室の中へ足を踏み入れる。
体重計に乗って結果を見れば、当然のことだが去年よりは増えていた。
けれど、彩人の身長を考えれば痩せている方だったので問題ない。
部活が終わっても、走り込みをしたり筋トレをしていたお陰だろう。
その後、上を脱いで座高を測ったが座高計の鉄部分が冷たく彩人が背を預けようとしなかったせいで時間がかかったのはここだけの秘密だ。
時は少し流れて、放課後。
彩人と莉里の二人は学校を出て、電車に揺られていた。
しかし、今日はいつもと違うところが一つある。
「人多いな」
「そうだね、何でだろ?」
それは朝よりも何故か電車に人が乗っている人が多くギュウギュウ詰めだということ。
彩人と莉里は無理矢理ドアの横に身体を滑り込ませ何とか乗っている状態だ。
先程から電車が揺れる度、身体がぶつかってうざったい。
彩人は早く帰りたいがために、この満員電車に無理矢理乗り込んだことを後悔した。
「…ッ」
「彩人大丈夫?」
電車が再び揺れ、身体がぶつかると彩人は顔を顰めた。
すると、窓側にいる莉里から心配の声が上がる。
彩人が壁になって自分のことを守ってくれているため、莉里は満員電車なのにも関わらず息苦しさは感じていない。
けれど、彩人だけに負担を掛けてしまっているこの状況は好ましくない。
キツイのならば止めて欲しい。
「こんくらい何ともねぇよ」
しかしながら、莉里の想いとは裏腹に彩人は問題ないと言い切り壁役を継続する。
この電車に乗ると判断したのは彩人だ。
だから、それに付き合わせてしまっている莉里へ迷惑をかけるわけにはいかない。
そんな使命感から、彩人は莉里を人混みから守り続けた。
けれど、長い間気張り続けるのは人間不可能だ。
暫くの間揺れが収まったところで、彩人は身体から一瞬力を抜いた。
その瞬間、電車が大きく揺れた。
「うぉっ!」
ドンッ!
完全に油断し切っていたところで身体を押された彩人は体勢を崩し壁に手を付いた。
「ッツ〜〜〜!?」
「すまん」
結果、二人の顔は少しでも動けば鼻が触れ合う程近付く。
普通ならばドキドキするこの状況。
だが、彩人と莉里は電車に乗って移動することは昔から度々会ったため、似たような状況に何度かなったことがある。
だから、彩人は特に顔色を変えることなく謝ると莉里から距離を取った。
「…大丈夫」
莉里は顔を俯かせながらそう答えると、彩人の胸に顔を埋めた。
彩人は特に気にすることもなく、同じ轍は二度は踏まないと気を引き締め体幹を崩さぬよう踏ん張る。
そんな中、彩人の胸に顔を埋めている莉里の顔は真っ赤だった。
正直莉里はこんな風になると思っていなかった。
何故ならば、昔に似たようなことが前にもあったから。
今更、この程度のことで動揺することなどないはずであった。
けれど、一つだけ予想外な事があった。
何かと問われれば、それは彩人の身長が伸びていたことだ。
自分と真正面から顔を合わせられるくらいに。
以前までは莉里の方が身長が高かったため、このような事があっても莉里の首や胸辺りに彩人の顔が来ていた。
だからだろう。
彼の背が自分を既に越していることは分かっていた。
でも、過去にそのようなことがあったため無意識に問題ないと決めつけてしまっていたのだ。
自業自得。
いつまでも、彩人のことを小さいままだと思っていた莉里に非がある。
(でも、私だけ気にしているのはムカつく)
莉里は不満をぶつけるように彩人の胸に頭突きを放つ。
「ふぐっ!」
「ごめん。揺れのせいで体勢崩しちゃった」
「なら、良いけど」
莉里の言っていることを真に受けた彩人は不満を言うことなく許してくれた。
(そういうところは変わらないよね。でも、大きくなってる)
そのことに、莉里はチョロいなと思いつつも顔の火照りが治るまで彩人の胸に顔を埋め続けるのだった。
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