第9話
あるところに、一人の少年がいた。
彼は幼少の頃から身体を動かすことが得意だった。
そんな、少年に両親からとある物がプレゼントされた。
黒と白の縞模様の球体。
名前をサッカーボールという。
これが、少年とサッカーの出会い。
この日、少年はサッカーを始めた。
最初は、家の庭でボールを蹴るところから始めた。
自分の足よりも遥かに大きいボールを蹴るのは、難しかったがある程度すればコツを掴み真っ直ぐ飛ばせるようになった。
そこから、ドリブル、リフティングと両親に教えてもらったことを次々と吸収していき、すぐに素人では教えることのないレベルにまで達してしまった。
『つぎはどんなわざがあるの?』
と、無邪気に問いかけてくる息子にこれ以上何もすることが出来なくなってしまった両親は、少年をサッカークラブに入れることにした。
選んだのは、近所のサッカーコートで毎週金曜日に活動しているサッカークラブ。
あまり強いという噂は聞かなかったが、教え方が丁寧で近所からの評判がいいのでそこに決めた。
『馬鹿な』
サッカークラブに入って一日目。
少年は圧倒的才覚を見せつけた。
巧みなドリブルで敵を抜き、視線や味方を使って敵を誘導し、最後の最後は味方のミスキックをオーバーヘッドで無理矢理決めた。
明らかに同年代のレベルを逸脱としている。
彼は将来日本の未来を担う選手になるかもしれない。
そう考えたコーチは、少年はここではなくもっと本格的なクラブに入れるべきだと、その日中に少年の親に進言。
両親達は、自分の息子にそこまでの才覚があると思わず目を剥き、息子の才覚を喜んだ。
そして、少年は地元で一番強いと言われているサッカークラブへ入ることとなり、数年後そのクラブは全国で優勝した。
たった一人の少年の活躍によって。
それにより、少年は有名な海外のプロサッカークラブからオファーが殺到。
中学二年という若さで海外へ飛び立ち、将来が期待されていた。
だが、彼のサッカー人生はすぐに幕を下ろすことになる。
競争の激しい海外のプロサッカークラブにて、自分よりも年下のしかも日本人が活躍することを快く思わなかった選手が、ある日少年のことを怒りに任せて突き飛ばした。
突き飛ばされた先は道路。しかも、赤信号の横断歩道の上。
そこを通り過ぎようしていた車が突如現れた少年にビックリし、急ブレーキを踏んだが間に合わず少年は瀕死の重体となった。
四年ほどの間、意識不明の状態が続き奇跡的に少年は目を覚ましたが事故の影響で右足が機能障害となっていた。
私生活を送る分は問題はないが、サッカーのような激しい運動をすることは不可能。
完全に選手生命を断たれてしまった少年は絶望したかのように思われたが
『まぁ、このまま続けてたらサッカーが嫌いになりそうだったから丁度いい。何か別のことを始めろって神様が言ってんだ』
と、なんてことのないように笑っていた。
そして、一年のリハビリを終えた少年は日本へ戻ると通信制の高校に入学。
卒業後、県内でもそこそこ偏差値の高い大学に進学するとアルバイトに勉強と忙しくも充実したキャンパスライフを過ごした。
在学中に、可愛い彼女が出来てその女性と就職後すぐに結婚。その後、幸せな家庭を築いたという。
そんな、少年のことを一部の界隈ではこう呼ぶ者がいる。
『
不運な事故にさえ見舞われなければ、日の丸を背負って世界で活躍していたであろう幻の天才。
本名を 水無月 彩人と言う。
◇
「ねぇ、彩人って部活はどうするの?」
学食にて、彩人がラーメンを啜っていると隣に座る莉里が部活はどうするのかと尋ねてきた。
「ズズッ。………。特に決めてねぇなぁ。今んところアルバイトでもしてみようかと思ってる」
口に入れていた麺を呑み込み、暫く考えてから彩人は決めてないと答えた。
「へぇ〜何で?中学の時みたいにテニスはしないの?」
運動好きな彩人が、部活をしないとい言ったのが意外だったのだろう。
莉里は何故?と問い返してした。
「しねぇかな。テニスは楽しかったけど、強いやつにはどうやっても勝てなかったし」
「じゃあ、柔道は小学生の時一緒にやってたし」
「あれは、お前のついでに始めただけだし」
彩人は勝負事で負けるのが嫌いだ。
だから、自分がどう足掻いても勝てないスポーツやゲームを続けるのはストレスが溜まってしまい長続きしない。
中学校の頃やっていたテニスも最後の方はやる気が無く半ば義務感で続けていただけ。
あれと同じようになると思うと、どうしても彩人は高校で部活を始める気にはなれなかった。
「ふ〜ん。そうなんだ。でも、彩人は運動神経が良いんだから部活動をしないのは勿体ないと思うけど。もしかしたら、次始めるスポーツは彩人の才能にあったものかもしれないよ?」
「うーん。まぁ、ビビッと来るもんがあったら始めるかもな。ズズーーッ。………。ご馳走様」
しかし、莉里の方は彩人の高い身体能力を知っているため勿体無いと訴える。
が、それでも彩人は乗り気になれず何とも言えない顔のままラーメンを啜り完食すると、席を立ち上がった。
「ちょっと待ってよ。私まだ食べ終わってない」
「流石に置いて帰んねぇよ。食器を返してくるだけだ。すぐ戻ってくる」
そう言って、彩人はお盆を持って返却口に向かう。
『う゛ぇ゛ぇーーん!さ゛い゛とーーー!こ゛わ゛かったよーー』
歩いていると、ふと昔の記憶が蘇った。
それは、五年以上前。
小学生の頃だ。
彩人がある日、お忍びで莉里のところに遊びに行った時、彼女が虐められている現場を目撃した。
あの時は男子女子の四人組に囲まれて、ランドセルを蹴られたり物を投げられていた。
当然、それを見た彩人は激怒。
莉里をいじめていた奴らに突撃。
殴る蹴ったの大喧嘩に発展し、彩人がギリギリのところで勝利し追い払うことに成功した。
そして、残った莉里に何で虐められているのかと尋ねたが、莉里は何でもないと最初は頑なに口を割らなかった。
けど、彩人が話すまでお前を逃さないと腕を掴んでいたおかげで、やがて観念したように髪の色が違うせいで虐められていると告白してくれた。
その後、よほど溜め込んでいたのだろう。
莉里は怖かったと泣き叫びながら自分に抱きついてきた。
自分の知らないところで、幼馴染がこんな理不尽な目に遭っていることを知り、その時に彩人はもの凄い無力感を感じたのを覚えている。
自分がいればこんなことさせないのに。
自分がいれば守ってやれるのに。
学校が違う自分では、彼女を守ってやることが出来ない。
それが悔しくて悔しくて仕方がなかった。
だから、せめて自分が居なくても彼女が自分を守れるように柔道を一緒に習った。
子供の頃の肩書きは大事だ。
格闘技を習っていると知れば、怖がって暴力を振るわなくなる。
それでも、殴りかかってくる馬鹿は少なからずいるが、素人と格闘技を習っているのでは歴然の差がある。
喧嘩で負けることはほぼない。
柔道を習い始めたことで、莉里の虐めは徐々に無くなり高学年になる頃には完全に無くなった。
けど、これは莉里が頑張ったからで自分は何もしていない。
一回だけ虐められている莉里を助けて、柔道を一緒に習っただけだ。
「……一緒の学校にいるうちはしっかり守ってやらねぇとな」
あの時の自分は遠くにいて何も出来なかったが、今は近くにいて守ってやることができる。
そう考えると、柔道を始めるのはありなような気がする。
ただ、莉里は小学校から中学まで柔道を続けており既に黒帯所持者となっている。
そもそも自分が守ってやる必要があるのか?
莉里が勝てない相手に自分が勝つとか無理ゲーでは?
よくよく考えれば考えるほど、少しだけ顔を出したやる気が引っ込んでいく。
「部活は別にいいかなぁ」
とにかく今はやる気が出ない。
やりたくなったら始めれば良いだろう。
彩人はそう自分の中で結論付けると、未だにうどんを食べている幼馴染の元へ戻るのだった。
まさか、十年後。
自分が大きなピッチの上でボールを蹴っているとも知らずに。
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