第8話

 

 冬の寒さが完全に消え去った四月の中旬。

 駅のホームには、高校生にしては分不相応なほどグラマスなスタイルを誇る美少女が一人で立っていた。

 制服はここから離れた有名進学校のもの。

 ということは、彼女は見た目だけでなく頭の方も良い。誰もが羨む完璧な美少女だ。

 辺りにいた男共はどうにかお近づきになれないかと、考えている中「ー♪ー♪」と、当の本人街鐘 莉里は楽しそうに鼻唄を歌いながらスマホを弄っていた。


『今日はちゃんとホームにいろよ。探すの面倒だから』

『分かってるよ。今日は事前に飲み物も買ってるから、ちゃんとホームにいます』

『なら、ヨシ。もうすぐで着く』

『りょです』


 メッセージの送信ボタンをタップすると、彼女はスマホの内カメラを開いて、身だしなみを整え始めた。


 枝毛はないか。

 前髪はキチンと決まっているか。

 リップの塗り残しはないか。

 リボンは曲がっていないか。


 入念にチェックしていく。

 その姿を見た周囲の男達は彼女には既に男がいることを察し、勝手に落ち込んだ。


 考えれば当然のこと。

 彼女のような美少女に男がいないなどあり得ない。

 ワンチャンスなどそもそも無かったのだ。


 男達は彼女のことを諦め、仕事や学校のことを考え始めた。

 

「ふふっ」

(作戦通り)


 自分へ向けられていた視線の大部分が無くなったのを感じ取り、莉里は僅かに口角を上げた。

 これは、莉里が編み出したナンパ避けの一つだ。

 話しかけられる前に、男の影をチラつかせることで諦めさせる。

 強引な男がいる場合はあまり効果はないが、平日のこの時間は女遊びをしようと考える男はほぼ居ないためこれくらいで充分だ。

 

(それに、男を待っているっていうのは間違ってないしね)


 別に全てが嘘というわけではない。

 ただ、周囲の人間が思っているような関係ではないというだけだ。


(あっ、ここちょっとはねてる)


そんなわけで、莉里は幼馴染の少年が降りてくるギリギリのところまで身嗜みの確認を続けるのだった。


「あっ、来た来た。おはよう、彩人」

「おはよう、莉里」

 

 ぞろぞろと大勢の人が電車から降りている中、見覚えのある後ろ姿を見つけた莉里は声を掛けた。

 声に反応して振り返った爽やかな少年は、彼女が待っていた幼馴染。名を水無月みなづき 彩人さいとと言う。

 彩人は軽く手を上げると、莉里の元へ合流した。


「今日は男が付いていないな」

「付属していて欲しかった?」

「いんや、面倒だからない方が助かる」

「だよね」


 二人は軽口を叩き合うと電車に乗り込んだ。


  


 「ハァ、ハァ、キツ」

「赤城。後、一周で終わるから。頑張れ」


 フラフラとおぼつかない足取りで走る天然パーマの少年 海に、彩人は応援の言葉を投げかけた。

 入学式を終えて、三日目。

 彩人達は体力テスト行っていた。

 一限に握力と長座体前屈、反復横跳びがあり続いて二限の現在が千五百メートル走だ。

 

 海は中学時代バトミントン部に所属しており、彼曰くそこそこ運動が出来るらしい。

 最初は先頭集団に混ざっていたのだが、半年近く勉強ばかりしていたせいか体力が落ちており途中で脱落。

 ペースが落ちて辛そうにしている。

 周囲のことなど気にせず、自分のペースで走れば良いのだが人が周りに大勢いるとそれも中々難しい。

 体育の授業では結構ある光景だ。


 彩人は海から視線を外し、前を向いた。


すると、目に飛び込んできたのはブルブルと揺れる大きな胸。


 (デッカ!)


 彩人は反射的に心の中でそう呟いた。


「オオッ、すげぇ」

「おっぱいブルンブルンッ!」

「高校生がして良いデカさじゃないだろ!?」


 周囲の男子生徒達も、同じ衝撃を受けたようで歓声を上げている。


 一体誰がこの凶悪なおっぱいを所持しているのかと、彩人が視線を上げてみれば見知った幼馴染の顔が。


(あっ、ヤッベ)


 彩人は咄嗟に視線を逸らした。

 彼女はこういった視線に敏感で、見ていたと分かれば罰と称して何かを奢らさられる。

 そうなれば一昨日の一件で瀕死の財布ライフゲージが完全に無くなってしまう。

 それだけは、絶対に回避せねばならない。


 と、頭で分かっているのだがついつい視線を向けてしまうのが男というもの。

 彩人はチラッと横目で莉里のことを見た。


「ハァッ、ハァッ」


 背筋をまっすぐ伸ばし綺麗なフォームで、一定のリズムを刻みながら走っており無駄がない。そこら辺の女子よりかは速度が出ている。


 出会ってすぐの頃は走る度に転んだり、姿勢が崩れたり、ボールを投げたら明後日の方向に飛んでいったりと、典型的な運動音痴だった。

 が、小学生の途中から柔道を習い始めてから改善されて、今の莉里は割と運動が得意だ。

 最近は、二ヶ月に一回くらいの頻度でスポーツセンターに誘ってくる。

 

(成長したなぁ。まぁ、中身はあんま変わってないけど)


 身体の方は成長してるが、性格は出会った時のまんま。

 いつも明るく振る舞っているが、本当は臆病で素直じゃなくて、寂しがり屋でいつも何かに怯えている。

 そこら辺は昔と変わらないまま。

 彩人は赤城が一周して戻ってきたので、記録用紙にタイムを記入するとその場から立ち上がった。


「ハァハァ、やっと終わった」


ペースを崩し事なく、見事千五百メートルを完走し切った莉里はクールダウンをするため歩いていると、茶色の髪をサイドアップにした少女が記録用紙を持って近づいていきた。


「お疲れ〜莉里っち。六分丁度とかめちゃはやいじゃん。ウチじゃ絶対無理だわ」

「あははっ、ありがとう。朱利しゅりちゃん」


 彼女の名前は 八雲やくも 朱利しゅり

 つい先日出来た莉里の友達だ。

 彼女のことを一言で説明するならギャル。

 ギリギリバレないラインまでメイクを付けて、スカートの丈をギリギリまで上げるタイプ。

 顔は莉里ほどではないが、整っており美少女といっても差し支えないレベル。

 裏表がなく思ったことを口に出すため、少々人を選ぶが莉里個人としては付き合いやすく彩人と一緒にいない時は大抵朱利と一緒に過ごしている。

 

「顔も良くて、スタイル抜群で、運動も出来るとか莉里っち凄すぎ。私にもなんか分けろ」

「ひゃんっ!?」


 突然後ろから胸を触ってきた朱利に、莉里は驚きの声を上げる。


「ちょっ、止めて。朱利ちゃんは別に私から何か取らなくても充分魅力的だよ」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるね〜莉里っち。ちょっとキュンです」

「そう思うなら手を止めて〜」

「にゃはははー。触り心地がいいので無理で〜す」


何とか止めるよう努力するが、朱利は中々離れてくれず莉里は暫くなされるがままになった。

 その後も、二人は仲良く戯れあっていると二限の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「あっ、授業終わった。莉里っち、帰ろ?」

「ごめん、朱利ちゃん。私あっちにタオルを置き忘れたタオル取って帰るから先に帰ってて」

「にゃははは、莉里っちはドジだな〜。分かった、先帰ってるね」


 莉里は忘れ物があるからと、朱利の誘いを断りグランドに残った。

 そして、周りにいた生徒達が居なくなったのを確認したところで莉里はゆっくりと歩き出した。

 しかし、すぐに苦悶に顔を歪めて足を止めてしまった。


「イッツ。やっちゃったなぁ」


 そう言って、莉里が見つめるのは自分の右足の付け根。

 一見、外傷は見えないが実は先程走っている途中に捻ってしまい先程からずっとズギズキと痛んでいた

 だが、莉里はそれを悟らせぬよう振る舞った。

 本当は痛くて痛くて、助けを求めたいのに。


 その理由は、単純に人を頼ることが苦手だからだ。


 莉里は人に迷惑をかけることことが元々好きではなかった。

 自分のために人に何かをさせるのが申し訳ないと思ってしまう。

 それに付け加え、凄惨な過去の出来事から人を信用することに酷く臆病になっているのだ。


 痛い。

 辛い。

 助けて。

 誰か来て。


 心の底ではそう思っているのに。


 申し訳ないから。

 また、裏切られるかもしれないから。


 と言い訳して言葉にすることも、態度に出すことも出来ない。


 面倒な女だ。


 自分自身でもそう思う。


 だけど、どう足掻いたって無理なのだ。

 変えることができないのだ。


 仕方ない。

 仕方ない。

 痛いけど、助けて欲しいけど。

 いつものように一人で何とかするし─「やっぱりいた」


─ え?

「え?」


 下を向いていた顔を上げると、そこには見知った幼馴染の少年が呆れた顔で立っている。


「何で?」


  先に帰ったと思っていたのに。

 気が付かないと思っていたのに。

 

 自分でも気が付かないうちに疑問を溢していた。


「何年幼馴染やってると思ってるんだ。お前が強がってるのくらい分かる」


 それに対して、彩人は何てことのないように答えた。


 当たり前のことを当たり前と言うように。

 そうであることが普通であるかのように。

 

 莉里のことを分かっていた。


 初めて出会った日と同じように。

 

「足捻ったんだだろ?氷冷剤とタオル貰ってきたからそれで冷やしとけ」

「あ、ありがと」


 彩人から氷冷剤を巻いたタオルを受け取り、礼を言うと「感謝しろよ」と返ってくる。

 そして、彼は「んっ」と言ってこちらに背を向けて屈んだ。

 自分のことを背負って運んでくれるということだろう。


 (あぁ、本当。この幼馴染彩人には敵わないな)


 莉里は心の中でそう呟き、口元を綻ばせると彼の背中に飛び乗る。


「じゃあ、戻るか」

「うん」


 莉里のことをしっかり背負い立ち上がると、彩人は歩きだした。

 他の生徒達とは鉢合わせしないよう遠回りをして。

 でも、それを素直に伝えることは恥ずかしくて。

 莉里は代わりにこう言った。


ありがとう。私を見ててくれてこれでさっき私の胸を見てたのはチャラね

「ぶっ!お前気づいてたのかよ!」

「あっ、ちょっと彩人!揺らさないでよ。危ないから」

「莉里が変なこと言うからだろ!」


 ヤイヤイと、口喧嘩をしながら幼馴染二人組は校舎へ戻っていくのだった。


 

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