第6話


「あぁ〜〜〜。疲れた〜」


 陽が高くなり、気温が上がってきた昼頃。

 とある駅に置かれたベンチにダラーんと足を伸ばして座る少年がいた。

 この少年の名前は 水無月 彩人。

 いつもは黒髪ツーブロックの活発で爽やかな少年なのだが、現在はその影は見るもなく疲弊し切った姿は仕事帰りの社会人のように見える。

 それとは対象に、隣に座る金髪の美少女はニコニコと機嫌が良さそうにスマホを眺めていた。

 彼女の名前は、街鐘 莉里。

 彩人の幼馴染にして、彼が死に体になっている原因の一端でもある。

 

「あれくらいでそんなになるなんてだらしないなぁ〜彩人は。本当に毎日筋トレしてるの?」


 それなのにも関わらず、これくらいで疲れるとは情けないと煽ってくる始末。

 彼女に罪の意識はないのだろうか?。

 あるかないかと言われれば絶対ないだろう。

 何故なら、彼女がしたことといえば写真を撮ったことだけ。

 写真を撮るだけで、疲労困憊になるとは誰も思わない。


 しかし、それは普通であればの話。

 さっきのは、入学した息子や知り合い記念に撮るという感じではなく、完全にモデルの撮影会だった。

 職業病とでもいうべきか、莉里の母でカメラマンであるルーシィは表情やポーズ、角度まで注文をしてきたのだ。

 それを忠実にこなすのはモデルではない彩人には難しく、また娘の莉里までも同じように注文をしてくるものだから、たまったものではない。

 あげくの果てには、彩人と莉里のツーショットで腕を組んだり、背中に抱きつかれた際に胸が当たってもう大変だった。

 それでも、なんてことのないように振る舞った彩人の精神力は賞賛に値するだろう。


「精神的疲労に筋トレは全然関係ないだろ」

「確かに。あっ、見て見て。これよく撮れてない?私すっごっい可愛いでしょ」

「ソウダナ〜」

「むぅ〜。流石に可愛い幼馴染への反応がおざなりすぎない」

「しゃーねぇーだろ。疲れてんだから」


ぶーぶー、と文句を言ってくる莉里を適当に相手しつつ電車を待っていると、彩人と同じ制服を着た男子生徒がこちらへ近付いてきた。


「やっと…見つけた。莉里。僕はずっとずっと君に会いたかった」


そう言って、目元まで髪を伸ばした儚げな少年は瞳を滲ませた。

 この反応を見るに、莉里の知り合いだろうか。

 しかも、親しげに下の名前を呼んでいることから、結構仲が良さそうだ。

 中学校の同級生は今朝のナンパ君しかいないとか言っていたから多分小学校の友達とかだろう。


(あれ?そういえば莉里。男の友達は居ないって言ってなかったか?)


 莉里が小学生の時そんなことを言っていたような気がするが、五年近く前の記憶だ。

 記憶があやふやになっている可能性もあるし、その話をした後に出来た可能性もある。

 

 せっかくの感動の再会に、余計なことを言って水を差すのもよろしくない。

 ここは黙ってやり過ごすのが無難だろう。

 

 彩人は二人の邪魔にならぬよう静観することに決めた。

 ポッケからスマホを取り出して、ゲームのアプリを起動する。

 

「……誰ですか?貴方。初対面なのに気安く下の名前を呼ばないでください」

「「えっ?」」

『遊◯王 デュエル◯◯クス!』


 予期していなかった莉里の反応に固まる男子一同。

 そして、スマホから流れるゲームの起動音。

 場は完全にカオスとかしているが、とりあえず彩人は大音量で流れているゲームの音を切った。


「あ、あっ、あれ、僕だよ、僕、西園にしぞの 春樹はるき。莉里の……って。そうか。高校一年の時、僕達はまだ─────」


すると、話しかけてきた前髪君が莉里に何かを言おうとして、途中で何かに気付いたのだろう。話の途中でブツブツと何か呟き始めた。


その隙に、隣にいる莉里に「本当に知らないのか?お前の知り合いっぽいぞ」と問いかければ「知らない。…あんな人」と嫌悪感を滲ませながらそう答えた。

 

「ふーん」


 と、彩人は適当に相槌を打ちながら前髪君の様子を伺う。

 彼は、未だに何かブツブツと呟いており正直気味が悪い。


 もしかして、莉里のストーカーだろうか?。

 だとしたら、この場にいるのは不味い気がする。


 彩人の中にある野生のカンがあの少年はヤバいと警笛を鳴らし出した。


「なぁ、一旦離れねぇか?アイツ絶対ヤバい奴だぞ」


小さな声で彩人がそう呟くと「…ぷっ。くっくっ、そうだね。ヤバそうだよねあの人。うん、賛成。逃げよっか」何かがツボに入ったのか、莉里は小さく笑みを溢すとベンチから立ち上がり、二人して駅の階段へ駆け出した。


「あっ、ちょっと待って!僕には言いたいことが!?」


前髪君の横を通り過ぎたところで、ようやく彩人と莉里が逃げ出したのに気付いたのだろう。

 慌てて止めようとするが、二人は既に階段の最上段にいる。

 二人はそのままの勢いで駅の奥へ消えていこうとした瞬間、莉里が前髪君のは方を向き「べーっ!」と舌を出した。

 それを見た瞬間、二人のことを追いかけようとしていた前髪君の足は止まり、呆然とその場に立ち尽くすのだった。


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