第5話


「新入生の皆様には、勉学だけでなく様々なことに挑戦していただきたいと思っています。私は高校時代──」


 うつら、うつら。


 入学式が始まって数十分が経った頃、彩人は船を漕いでいた。

 最初はこれから始まる高校生活に胸を躍らせていたのだが、春の陽気と校長先生の有難いお話睡眠魔法には抗うことは出来ず、夢の世界へ今にも旅立とうとしている。

 それを隣に座る莉里は眺めながら、夏休みの時に言っていたことは本当なんだ、と過去に彩人が言っていたことを思い出していた。

 

『集会とかで聞く校長先生の話ってさ。途中で寝ちまうから最後まで聞いたことがないんだよなぁ』


 少し前の話だが、莉里と彩人は小学校と中学校は家が離れている都合上別々だ。

 そのため、お互いがどんな風に学校生活を送っていたかは基本的には話でしか知らない。

 だから、莉里は彩人がこういった場で寝てしまうことは知っていたが、実際に目にするのは初めて。

 普段自分と一緒にいる時は大抵が外であるため、莉里にとって彩人の寝顔はかなり貴重だ。

 写真を撮って残したい欲求に駆られるが、残念なことに今スマホを持っていない。

 莉里はそのことに歯痒い思いをしながらも、新入生に起立の合図があるまでの間可愛らしい幼馴染の寝顔を眺め続けるのだった。


「───とさせていただきます」

「彩人、起きて」

「校長先生有難うございます。新入生一同、「んあっ」起立」

「…………」


校長先生の長い話がようやく終わりを迎えたところで、莉里は彩人の肩を軽く揺らして起こした。

 が、寝起きのせいか思考が鈍っており他の生徒が立っている中、彩人はポケーッと席に座ったまま。


「…ほら立って!」

「……んっ」

「気を付け、礼」


 まるで、幼子に言い聞かせるように莉里は彩人に立つよう促すと、ノソノソとゆっくり立ち上がる。

 そして、礼の合図があると莉里は彩人の頭を押さえて一緒に頭を下げさせた。


「着席」

「はぁー。何とかなった」

「…ふわぁ〜〜」


着席するとすぐに、莉里は何とか礼までに間に合わせることが出来たと胸を撫で下ろした。

 しかし、横ではそんな少女の苦労など知らぬとばかりに大きな欠伸を吐く彩人。


(こんにゃろ〜!絶対後で、なんか奢ってもらうからね)


 誰のせいでこんな苦労する羽目になったのだと、莉里は目を眠そうに擦る彩人を睨みつけ昼に高いランチを奢ってもらおうと決意した。


 それからは特に何の問題もなく式が終わり、教室に戻ると教科書と自己紹介カードを渡されてその日は解散となった。


「さっさと帰るか。何処か遊びに行きたいんだろ?」


 教科書を全てしまい、帰る準備が出来た彩人は前の席に座る莉里に声を掛けた。


「うん。あっ、その前にお父さん達が写真撮りたいから正門の前に来てって。今メッセージが来た」

「達ってことは、俺の方も……。来てるな。じゃあ、一旦そっちに合流すっか」


 スマホで両親からのメッセージを確認した二人は海に「「また明日」」と声を掛けて教室を後にする。

 校舎を出ると、外はスーツを着た大量の保護者達によって埋め尽くされており探すのは大変かと思われたが、思いの外簡単に見つかった。

 理由は、スマホを持っていたこと。

 この高校はスマホの使用を授業中以外は禁止していないため、スマホの持ち込みが可能だ。

 そのため、校内で堂々とスマホを使用しても何も問題はない。

 莉里は両親に現在いる場所を写真で送ってもらい、それを元に探せば一分も立たずと合流することが出来た。


「おーい。パパー!来たよー!」

「おぉ、莉里!それに、彩人君も。久しぶり。元気にしてたかい?」

雅紀まさのりさん。お久しぶりっす。まぁ、最近は風邪を引いて無かったんで元気にしてしました」

「ハハッ、そうかいそうかい。それは良かった。あれ?また身長伸びた。この前までは僕と同じくらいだったのに。完全に抜かされてるよ」

「本当っすね。言われてみれば確かに抜かしてる。この間会ったのってクリスマスとかだったすよね?俺結構伸びてんなー」


まるで、親戚の子供に出会ったかのような反応を取る黒い髪をオールバックにしたダンディな男は莉里の父だ。

 名前は 街鐘 雅紀まさのり

 職業は作家で、実は何本もベストセラー作品を出している超売れっ子作家。

 普段は原稿が忙しいため、部屋に引き篭もっており彩人が出会うのはクリスマスぶりである。

 雅紀と彩人が会話していると後ろにいた金髪の美女も会話に混ざってきた。

 

「ふふっ、本当ね。莉里も背は伸びたけど。彩人君ほどではないわ。男の子の成長期って凄いのねー」

「あっ、ルーシィさんもお久しぶりっす」

「彩人君、久しぶり。制服姿とっても似合ってるわよ〜。ねっ、記念に一枚写真撮っていい?」

「別にいいっすけど。」

「やった!じゃあ、さっそく。はい、こっち向いて。ハイ、チーズ。うん、良いわね。じゃあ、次は顎に手を置いて。流し目で!きゃぁーー、最高!parfait!」


 一枚と言ったにも関わらず、何枚も一眼レフで写真を何枚も撮りまくっている彼女は莉里の母親で 街鐘 ルーシィ。

 職業はカメラマン。

 普段はモデルなどの撮影をしているが、流石莉里の生みの親。身長が高く、またスタイルも莉里以上に良いため、たまに自身がモデルとして活動することもある。

 カメラ越しにこちらを見据える瞳は、黒ではなく緑。

 これはカラコンを入れいるというわけではなく生まれつき。彼女が日本人ではなくフランス人だからだ。

 だからといって、別に彩人は何も思わない。

 むしろ、エメラルド色の瞳はとても綺麗で彩人は好きだな、といつも思っている。

 まぁ、そんなことを口に出したら隣のダンディな男と娘に睨まれるので実際に口にすることはない。

 

「ママ!私も彩人のこと撮りたい」

「ふふっ、ちょっと待ってなさい。今いいところなの。あー今度はそこの段差に腰をかけて。はい、足を組んで!」

「彩人こっちにも視線を頼むー」

「母さんの方にもお願いー」

「ルーシィさんが撮ってるんだからうちは分けて貰えばいいだろ」


ルーシィが夢中で彩人のことを写真で撮っていると、自分と同じ主役である莉里や両親までもが撮影に加わり、十数分の間パシャパシャと彩人は写真を撮られ続けるのだった。




 

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