第2話


 突然だが、人の印象とは視覚と聴覚のこの二つによって殆どが決められる。

 例えば、彫りの深い顔で図体が大きく筋肉質な男を見れば、怖そうとか強そうという印象を抱くだろう。

 逆に、童顔で小柄な少女を見れば可愛いとか守ってあげたいとか様々な印象を抱く。

 そして、その印象というのは覆すことが中々難しい。変えるためには数時間の会話が必要だと言われている。

 ということは、特に親しくもない人の印象はほぼ変わることがない。

 初めて目にした時の印象がそのまま残り続ける。


 つまり、今特に親しくもなさそうな男に言い寄られている彼女は、少ながらず初対面でナンパ出来そうだと思われていたということになる。

 まぁ、彼女の容姿を見るにそう思われるのも仕方がない。

 黒や茶の髪を持つ者が殆どを占めるこの日本という国では珍しく、彼女の髪は金色に近い亜麻色をしているのだ。

 基本的には染めなければ絶対になることのない髪色。

 それでいて制服を着ているとなると、ほぼ無条件で遊んでそうなギャルという印象が付いてしまう。

 ナンパをすれば乗ってくると思われるのも当然といえば当然と言える。

 

「ねぇ〜いいじゃ〜ん。ここで会ったのも何かの縁でしょ」

「はぁ〜」

(あっ、不味い。)


 男が馴れ馴れしく後ろから肩に手を置いたところで、少女は大きな溜息を溢した。


「おっ?」


その反応から少女が折れたと思ったのだろう男は顔を喜色で歪ませる。

 が、それは勘違いだ。

 彩人は知っている。

 今の溜息は、苛つきが限界を迎え堪忍袋の緒が切れた時にするものだ。


「良い加減俺とおぉぉーー!ぐぎゃっ!」

「「「おぉーー!!」」」


 男が何かを言い切る前に、少女は持っていた鞄を手から離し、両手で男の腕を掴み背負い投げを決めた。

 遠巻きに見ていた人達が、あまりに綺麗な背負い投げに感嘆の声を上げる。

 受け身が取れるように投げられているが、地面はコンクリート。

 投げられた男の方はぶつけた背中を押さえ身悶えている。 

 中々に痛そうだ。

 彩人は心の中でご愁傷様と手を合わせた。


「ふぅー。しつこいナンパは軽犯罪法違反ですから、これくらいされても文句は言わないでくださいよ」


触れた箇所を汚らわしそうにはたいた後、少女はそう言って地面に落とした鞄を拾い彩人がいる方へ歩いてくる。

 ふと、目が合うと先程までの冷え切った瞳はどこへやら、嬉しそうに目尻を下げ微笑むと駆け足で近づいて来た。


「あっ、彩人。ごめんなさい。ホームには一回行ったんだけど。飲み物とハンドクリームを買おうと改札前のコンビニに戻ったら絡まれちゃって」


 そう言って、申し訳なそうに手を合わせ謝るこの美少女こそ同じ高校に通うことになった幼馴染の街鐘まちがね 莉里りり

 ゆらゆらと揺れるベージュ色の髪は人工物ではなく天然物で、フランス人である母親の血が流れているからだ。

 身長は彩人より少し低い170cm。女子にしてはかなり背が高く、またたわわに実った胸部は大人顔負けレベル。

 この間Hカップになったとか言っていたことを覚えている。

 その癖、適度に運動をしているため腰や足は締まっており無駄がない。

 まさに男の理想を体現したかのような美少女。

 しつこく言い寄っていた男の気持ちも彩人は分からないでもなかった。


「別に気にして無い。少し前から見てたしあれは仕方ねぇよ。でも、まぁ莉里がキレるなんてよっぽどだったな」


 探し回っていた時は、何故いないのかと苛ついたがあの一件を見てしまえばそんなものは失せる。

 彩人は莉里の謝罪を受け入れすぐに許した。


「かれこれ、十五分くらいずっと付き纏われてたんだよ?。しかも、挙げ句の果てには私の肩に触ってくるし。当然でしょ」

「あれだけ露骨に嫌そうな顔をされているのに、続けれるメンタルは中々だったけどな。流石にあれはキモいか」

「女心云々以前だよあれは。人としてちょっとあれだったね。はぁ〜、入学初日にナンパとか。本当気分最悪だよ」


 ガックシと、肩を大きく下げ落胆の溜息を吐く莉里。

 彩人はそんな莉里に対し、「美人は大変だな」と苦笑いを浮かべた。

 その後、彩人は莉里の手を掴み歩きだすとこう言った。


「まっ、そんなに気を落とすなよ。今日はまだ始まったばかりだ。さっきのことを忘れるくらい良い思い出をいっぱい作ろうぜ」

「うん!。あっ、そうだ。学校が終わったら何処かお昼食べに行こうよ。あっちの方調べたら結構美味しいご飯屋さんがあるみたいだったよ」

「おっ、いいな。学校帰りに飯屋とか行ったことがないから楽しみだ」


 そうだ、今日はまだ始まったばかり。

 だって、今日は待ちに待った特別な日。

 こんなことで気落ちしていては勿体無い。


 莉里は彩人の励ましの言葉に、元気よく頷くと二人は仲良く駅のホームを駆け足気味に降りて行く。

 

「あっ、そうだ」

「ん、どうしたの?」


 その道中何かを思い出したかのように止まった彩人に、莉里は不思議そうに首を傾げる。


「制服似合ってるぞ。誰が着ても制服なんて変わらんと思ってたが莉里は別だな」

「ふぎゅ!?」

「ちょ、おま!あぶな。」


 突然の不意打ち。

 打算も意図もない純粋な称賛。

 実は、今日少女が一番欲していた言葉を告げられ、気が動転して転げそうになる。

 先行していた彩人が慌てて抱き止めたおかけで、何とか転ばずにすんだ。


「莉里、お前褒められたくらいでそんな慌てるなよ。普段から周りに言われてるんだろ」

「これとそれとは話が別!」


 これくらいで慌てるとは情け無いと呆れる彩人に、莉里は頬を真っ赤に染め抗議する。

 この時、既に莉里の頭には先程の嫌な記憶など無くなっていた。



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