プロローグ①
(えっ、誰この子!?)
少女は困惑していた。
突然手を掴まれたこともそうだが、何より一度目の人生で会わなかった少年の登場に困惑している。
何故一度目の人生とは違う出来事が起こっているの?。
今までどんなに頑張っても何も変わらなかったのに。
何で、何で何で何で何で何で何で何で???
「おい!。おまえなんでこんなところからとびおりようとしてんだ。ばかなのか!?しぬぞ!」
「……えっ?」
少女の心中など知らぬとばかりに、少年は大声で少女を叱りつけた。
それにより、大量の
周囲を確認して、自分がどんな状況にあったのか今更ながら理解した。
少女は崖の際ギリギリの場所にいた。
後一歩前に進んでいたら落ちてしまうほどの
憶えている限り、もう少し自分は後ろに立っていたはず。
つまり、無意識にここまで歩いていたということ。
そのことに気が付いていなかったということは、少年が止めてくれなければ自分は…。
「あっ、あぁ。私…」
僅か数秒。
少年が止めてくれるのが遅れていたら。
少し何かが掛け違えていれば起きたであろう最悪の未来を想像して、少女は顔面を蒼白に染める。
「あぶないからとりあえずこっちにこい」
今更気付いたのかと、少年は呆れながらも少女の手を引き崖から無理矢理距離を取らせる。
しばらく歩いていると、座るのに丁度良さそうな丸太を見つけた。
そこへ二人並んで腰を下ろす。
「なんであんなことをしようとしたんだ?」
未だ顔色の悪い少女に少年は何でこんなことをしたのかといきなり尋ねてきた。
「あっ、いや、その。分かんない。気が付いたら、あそこに居て」
確かにあの時、少女は死んでしまおうかとは考えた。
でも、実際にそうしようとまでは思っていない。これから先の未来を考えて嫌気が差しただけ。
それ以上でも以下でもないはず。
証拠に自分が死に掛けたと知った時、少女はちゃんと恐怖している。
だからこそ、自分でも何故あんなことしてしていたのか分からない。
そのため、少女の答えは要領を得ないものとなった。
「うそつくなよ」
「え?」
包み隠さず思っていることを口にしたのだが、少年はそれを嘘だと即座に一蹴。
思ってもみない言葉をかけられて、思わず隣にいる少年へ視線を向ける。
「おまえはわかってたぞ。じぶんがあぶないばしょにいるのを。なのにすすんでた。あきらめたようなかおをして」
「なんか、いやなかんじだった。でも、とめたらいやなかんじがなくなった。なんでかわかんないけど」
「ッ………」
違う。と、否定したかった。
しかし、何かが詰まったかのように少女の口から言葉が出ない。
何で?
と、己に問いかけてみれば返ってきたのは図星の二文字。
自分自身でも気がつくことの出来なかった、心の最奥を言い当てられ何も言い返せないのだ。
あぁ、認めよう。
あの時、少女は確かに死のうとしていた。
自身が持つ美貌故に、私は一度目の人生で多くの人間から、嫉妬、憎悪、獣欲といった悪意の籠った視線に常々晒され、時には直接被害を受けていた。
幼稚園の時は髪の色が違うからと仲間外れにされた。
小学生の時は、自分の好きな男の子が少女に好意を持っているからと、理不尽にキレられ虐められた。
中学生の時は告白を断ったら調子に乗るなと、男子に襲われ危うく貞操を奪われかけた。
今振り返っても救いようのない小中学生時代だ。
しかし、高校生になってようやく救いの手が差し伸べられることになる。
とある男子生徒がストーカーに悩んでいる私のことを助けてくれたのだ。それ以降も、私の身が危うくなるといつも現れて救ってくれた。
まさに理想の白馬の王子様。
年頃の少女が恋をするのも当然といえるだろう。
だが、その男子生徒は他の可愛い女の子も同様に助けていくせいかライバルが多かった。
しかし、激しいアピール合戦の末何とか私は恋人の地位に就くことに成功。
二人で仲良く同じ大学に進学してとても充実した日々を過ごせた。
けれど、神は少女のことをおおいに嫌っているのだろう。そう幸せは長くは続かなかった。
付き合って五年。お互いに就職して仕事にも慣れ始めた頃、突然彼氏の浮気現場を目撃した。
一つ年下の高校時代の後輩で、彼を奪い合った元ライバルと。
お互い裸で仲睦まじ気にまぐわっていた。
視界が真っ赤になったのを憶えている。
激怒した少女は彼氏に掴みかかり、浮気の理由を問いただした。
すると、彼はこう言った。
グイグイ迫ってくる後輩の誘いを断りきれなくて。
一時の気の迷いだった許してくれ。
と。
でも、携帯の履歴を見るに何十回も浮気を行なっていて信用など当然出来るわけがなかった。
少女は『最低!』と彼氏を罵り、家を後にした。
その際に、いやらしげに笑っていた後輩の顔は頭にこべりついて未だ離れない。
少女から男を奪ったという優越感が滲み出ていて気持ちが悪くて仕方がなかった。
そこからはよく憶えていないが、彼氏と別れてあの時のことを忘れようと仕事にひたすら打ち込んでいたと思う。
何度振り返っても、本当に酷い人生だ。
吐き気がする。
こんな人生をもう一度送りたくはない。
だから、変えようとした。
でも、現実は不条理だ。
子供はとても敏感な生き物で、少女が大人の記憶を持っているのを何となく察しているのか、前と同じように気味悪がられ、より過激にいじめられるようになった。
もう、嫌だ。
いくら頑張っても、何も変えられないのなら。
また、辛い思いをするくらいなら。
もういっそ……死のう。
と、思っていた。
でも、あぁ。
もしかしたら、まだ変えられるんじゃないの?
まだ生きたい。
今度こそ幸せになりたい。
と、思ってしまった。
僅かな可能性を見出した少女の心が諦めたくないと叫んだのだ。
「ゆうれいにでもとりつかれてたのか?だとしたら、かんしゃしろよ。」
そんな少女の胸の内を当然知るはずもない彼は的外れなことを口にする。
「ゔん。ありがとう」
けれど、私は涙を流し震える声でお礼を告げると、次いでこう尋ねた。
「あなたの…おなまえは?」
「みなづき、さいと。カッコいいなまえだろ?」
「みなづき…さいと。さいと。うん、いいなまえだね。ぜったいにわすれない」
「そうか、じゃあおまえのなまえはなんていうんだ?」
「まちがね りり。」
それが、貴方に助けられた少女の名前。
絶対に忘れないでね。私の
この日、灰色だった少女の世界が再び鮮やかに彩られた。
その色は生涯失われることは無かったという。
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