俺の幼馴染はメインヒロインらしい。 【カクヨムコン8ラブコメ部門大賞受賞】

3pu (旧名 睡眠が足りない人)

プロローグ


 この世界には運命ストーリーというものがある。

 いつ、何処で。誰と出会って、誰を好きになって、誰と結婚をするのか。

 それは、初めから決められている。誰にも変えることは出来ない。


 と、思っていた。


 だが、蝉の声がうるさいある夏の日。


 確かに運命は変わった。


 ◇


「よっ、っほ、とおっ!」


 人里離れた山の中。一人の少年が、小川の中から顔を出していること岩の上を飛びながら遊んでいた。

 リズムよく、軽快に、適切な岩を見つけて飛んでいく様は熟練者のそれだが、少年がここに来たのはこれが初めて。

 つい先日。六歳になり身体がある程度育ったのを見て、そろそろ遠出をしても良いだろうと判断した少年の両親がキャンプに連れてきたのだ。


 初めての山。

 初めての川。

 初めてのキャンプ。


 突然開いた外の世界。

 これまで小さな町の狭い世界の中でしか生きてこなかった少年には全てが新鮮で輝いていた。

 

「あっ、さかな」


次に飛び移る岩へ狙いを定めようと視界を下に向けた時、少年は一匹の大きな魚を見つけた。

 自分の縄張りである岩の上に少年が飛んできたことで驚き、岩の影から姿を現したのだ。

 少年の興味は岩の上を飛び回ることから、魚を捕まえることに変わった。

 魚に気づかれないように、無言でゆっくりと近づきある程度距離を詰めると、次の瞬間飛び込んだ。

 

「うぉりゃっ!」


 バシャン。


 少年の気合いの籠った声と共に大きな水飛沫が立ち、川が波打つ。

 川に突っ込んだ両手を取り出すと、そこにはバタバタと暴れる魚の姿。


「とったどーーー!」


 先日テレビで見た芸人の真似をして喜ぶ少年。

 

「あっ!?」


が、その油断が駄目だった。

 少年の気が緩んだ瞬間に、魚はスルリと拘束を抜け出し川に戻ってしまう。


「まて!おまえはおれがくうってきめたんだ。にげるな」


 とらえた獲物を逃すまいと、少年は慌てて追いかけるが水に足を取られて思うように進まない。

 その隙に魚は、物凄い速さで逃げあっという間に視界から姿を消してしまった。

 

「どこいったー!さかなー」


 しかし、少年はまだ諦めていなかった。


 絶対捕まえて油で揚げてやる。


 狙った獲物は逃さない。まるで、狼のような執念をその身に宿した少年は追跡を開始した。

 バシャバシャと、水で濡れて重い足を動かし魚が逃げた方へ向かう。

 そんなことをすれば、振動に敏感な魚がさらに逃げていくとも知らずに。

 少年は魚を探しながら、上流部へズンズンと上がって行く。


「あれ?母さん彩人は?」

「川に居ませんか。さっきまで、岩の上を飛んで遊んでましたよ」


テントを建てるのに集中していた少年の両親がふと川へ目を向けるた時、少年の姿は既に無くなっていた。



「はぁはぁ、さかなどこ〜〜?」


 ザブザブ。


 彩人が魚を追いかけて一時間が経過した。

 獲物は未だ見つかっていない。

 先程まで元気だった彩人の姿は見る影もなく、緩やかとはいえ川の流れに逆らって歩き続けたせいで疲労困憊となっていた。

 だが、未だに魚のことは諦めていないらしく足はゆっくりとだが動いている。

 彩人は一度やると決めたらやるタイプのようだ。

 そんな想いとは裏腹に体力の方は付いていけず、とうとう足が止まってしまった。

 

「まだ、つかまえて、ないの、に」


 まだだ。まだ行ける。


 意志の炎は未だ衰えていないが、限界を迎えた身体はいうことを聞かない。

 少し休もうと訴えてくる。

 ここで足を止めるのは負けるようで悠人は嫌だったが、身体の訴えに従って少しだけ休むことにした。


「はぁはぁ、おれは、まだ、まけてな、いからな」


 と、負けを惜しみを口にしながら彩人は川から上がり、ほとりに大の字で寝転がった。

 息を荒げながら見上げるは雲一つない快晴。

 いつもならば鬱陶しい夏の日差しだが、川にずっと入っていて冷えた今では逆に心地が良い。

 それによって、落ち着きを少し取り戻した悠人はしばらく何となしに空を眺めていると、周囲の音が耳に入る。

 ミンミンとうるさい蝉の音と風によって揺れる草木の音は相変わらずだが、その中に聞きなれない音が混ざっていた。

 ザーーー、という大雨の日に聞くような沢山の水が落ちる音。

 興味を惹かれ、顔だけ音のする方へ動かすとそこには大きな滝と微かに少女らしき姿を捉えた。


「なにやってんだ?」


 歳は分からないが、目を凝らして見た感じ自分と背はそんなに変わらなさそうなため、おそらく彩人と同い年くらいだろう。

 同年代の女の子が、親も連れず滝をずっと見つめている姿はとても不思議だった。


 何か面白いものでもあるのだろうか?


 少女に倣うように滝を眺めるが遠目なせいか面白そうなものは見えない。

 ただ、水が落ちていくだけ。

 少女が何故見ているかは分からない。

 ならば─。

 

「きいてみよう」


 分からないなら尋ねればいい。

 彼女に聞けば理由が分かるはずだ。

 魚は一旦お預け。

 決して諦めたわけではない。

 

 彩人は身体を起こすと、少女の元へ向かった。



 創作の中ではよくあることだが、少女はタイムリープ、直訳すると時間跳躍というものをした。

 二十六歳から四歳の時に気が付けば時間が巻き戻っていたのだ。

 原因はイマイチ分かっていない。トラックに轢かれるような事故にあった記憶もなければ、不思議な力を持つ人にあったというわけではない。

 ただ、唐突に過去へ戻っていた。


 タイムリープ直後は当然困惑した少女(中身は大人)だが、もう一度人生をやり直せるのであればありがたいと、タイムリープしたという事実を受け入れたのだが…。


「はぁ、全然上手くいかない」


 何の因果か分からないが、全く上手くいかない。

 変えようとしても、最終的には一度目の人生と同じ結果になってしまう。

 これでは、また同じことの繰り返し。

 何のために記憶を持って過去に戻ってきたのか分からない。


 過去の記憶と変わらない滝の姿を見つめながら、少女は大きな溜息を吐いた。

 

「あんなことがもう一度起きるのかな?…だったら。いっそ──」


 ──死んじゃおっかな?


「あぶない!」


その言葉を紡ぐより前に誰かが少女の手を後ろから引っ張られる。

 突然のことに驚き、後ろを振り向いてみるとそこには黒髪の少年が自分の手を掴んでいた。

 

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