第3話

 部屋の中は進むにつれて汚臭か増し、あまりの臭さに目から涙が溢れ出てくる。

 まず俺は簡易キッチンを見つけた。キッチンでは生ゴミがシンクに溜まり、山を築いていた。その山にはハエが群がっている。それを見ると俺は嫌悪感が膨れ上がり、この場から離れたくてすぐに換気扇を回して、逃げるようにその場から離れた。そしてガラス戸のあるリビングへと移動。

 水瀬さんはガラス戸の向こう──ベランダにいた。

 俺もすぐにベランダへと退避する。

「羽田さんは見つかりましたか?」

「たぶん寝室です」

「……たぶんって」

 もしかしてこの人、ベランダに逃げたくて換気扇を回すよう俺に命じたのか?

「言っておきますが、ちゃんと探しましたからね。寝室が臭すぎて後に回したんですよ」

 こっちの心の内を読んだように水瀬さんは言う。

「こっちもキッチンが臭すぎてやばかったんですからね」

「生ゴミでしょ。こっちは糞尿ですよ。糞尿! 正直入るのも嫌なんですから」

「じゃあ、どうします? 帰ります?」

 ていうか帰りたい。

「まず羽田さんの安否を確認してからです」

「呼びかけているのに返事がないなら、もうお亡くなりになっているのでは?」

「駄目です。確認します」

「……そうですか」

「あなたも一緒にお願いします」

「ええ! どうして?」

「私があまりの臭さに倒れたらどうするんですか?」

「……まじで?」

「まじです」

 そして俺達は匂いが多少軽減された後に中へと戻った。

 寝室は水瀬さんの言う通り、確かに臭かった。

 キッチンよりもやばい。

「羽田さーん」

 水瀬さんは電灯を点け、呼びかける。

 しかし、返答はない。

 ベッドを見ても羽田さんはいなかった。

 ここにあるのは使用済みのオムツと散らばった衣服。そして床に倒れた枯れた観葉植物で──。

「いませ……わっ!」

 俺は驚いて声を上げた。

「神浜さん、どうしたんで……きゃあ!」

 水瀬さんも驚き、悲鳴を上げた。

 そう。羽田さんはいたのだ。

 俺が枯れた観葉植物と思ったそれは裸の羽田さんだった。

 水瀬さんは羽田さんに近づきよびかける。そして脈を確認して、

「まだ微かにですが脈はあります」

 そこへ介護ロボが寝室に入ってきた。

「羽田様、お食事ができました。お食べになりますか?」

 ロボが明るい声で尋ねる。異常な現場にその明るい声が響き、俺は怖さを感じた。

 その介護ロボの手には皿に盛り付けられたサラダポテトらしきものがある。そこにはフォークもスプーンも添えられていない。手で食べろってことか? さらにおかしいことにロボは床に倒れている羽田さんではなく誰もいないベッドにアイカメラを向けている。

 そして羽田さんからの返事がないと部屋を出て行った。

「神浜さん、ここは私が。あなたはあのロボを追いかけてください」

「わかりました」

 寝室を出て、ロボを追いかけるとキッチンへと着いた。ロボはポテトサラダが盛り付けられた皿をなんとシンクへと投げつけたのだ。

 あのシンクに溜まった生ゴミの原因はこれだったのか。


 その後、水瀬さんは星間なき医者団と星間警察を呼んだ。

 俺達は今、彼らが持ってきたマスクを着用してベランダにいる。そのマスクはフルフェイス型のガスマスクで、強烈な匂いは軽減された。

「そろそろ教えてくれませんか? これってどういうことなんですか?」

「わかりました。お話しします」

 水瀬さんの声がガスマスクの内蔵イヤホン越しに届く。

「ここは姥捨うばすてなんですよ」

「うばすて? なんです? それは?」

「年寄りを捨てることを姥捨と言うんです。昔話や伝承で姥捨山を聞いたことありませんか?」

「すみません。そういう昔話は全然」

「そうですか。いいんですよ。それで昨今、ウーバー・ステイ・サービスを使って年寄りを粗悪な老人ホームに送り、ろくな食事も与えずに死を待つという事案が発生しているのです」

「なんですかそれ。怖いですね」

「ええ。しかも事案発生地は開発したばかりの惑星ですからね。ロボの不備で致し方ないということで問題視されてないんですよ。いえ、違いますね。ここに祖父母、親を預けたご家庭は死を求めいるくらいですから。誰も訴えなかったと言うべきですかね」

「最低ですね」

 水瀬さんは悲しそうな顔で頷いた。

「それでここへ踏み込もうにもあと一つ足らなくて。そんな時にあなたが羽田さんを届けたという情報を得たのです」

「そういえば俺は罪に問われるのですか?」

「承知の上でしたら少しは。でも、今回はあなたは何も知らずに羽田さんを送り届けたのが分かっていますので大丈夫ですよ」

「本当に?」

「ええ。で、今回どうしてあなたを同行させたのかは分かりますか?」

「案内では?」

「場所はもう特定できています。先程言いましたが踏み込むにはあと一つ欲しかったのです」

「ええと、その一つというのがここへ潜入して実情を知ることですか?」

「はい。その通りです。それであなたが必要だったのです」

「そっか。……待って!? えっ? どうして潜入に自分が?」

 確かに俺は羽田桃子さんを送り届けた。しかし、それだけなら必要はないだろう。場所も分かっているし。

「実はここ『グランデ』において、あなたが羽田さんの家族だと誤認されているからなんですよ」

 と言って水瀬さんは苦笑した。

「家族? どうしてそんな誤認が?」

「本来、羽田桃子さんのご長男である茂さんによって、ここへと羽田桃子さんは連れられる予定でしたが、急遽、ウーバー・ステイ・サービスを使ってあなたが羽田さんをここまで運んでしまい、それによって誤認されたのですよ」

「なるほど。それで入るために茂役の自分が必要だったと」

「そうです」


 このウーバー・ステイ・サービスを利用した姥捨事件は社会問題となり世間をざわつかせた。

 これ以降、宇宙タクシーや人を乗せる旅客サービス会社では要介護が必要な人を乗せる場合、介護士の同乗とご家族の確認が必要となった。


               【了】

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ウーバー・ステイ・サービス 赤城ハル @akagi-haru

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