第2話
俺達は惑星ポリリス宇宙ステーションに辿り着いた。
ここ惑星ポリリスはテラフォーミングしたばかりなので宇宙ステーション内はまだすっからかん状態。人すらもいない。動いているのはロボットのみである。
「そういえば」
ふとあることに俺は気づいた。
「なんです?」
「いえ、ペナント募集の張り紙もありませんよね」
宇宙ステーション内にはまだ店の一つもないが出店予定案内や準備期間、開店の案内もない。
「確かにおかしいですね」
水瀬さんはタブレット端末を取り出し、内蔵カメラでステーション内を撮る。
「ステーションそのものも小さいですし、この星は観光用ではなく移住用ですかね?」
老人ホームもあるんだし、その可能性は高い気がする。
「それにしては出入り口は広かったですよ」
「ああ、そういえば」
普通、出入り口は二つなのに、この宇宙ステーションはその倍もあった。そしてどれもが広く大きい。
それはまるで大型宇宙船が停泊する設計基準であった。
「だとしたら、あとからぞくぞくと出店するんですかね?」
ここががらんとしているのは、宣伝ミスとか権利トラブル、その他色々なワケありとかかな。
「いえ、できないかもしれません」
「それってどういう?」
水瀬さんは問いには答えず、軌道エレベーターのあるエリアへと進む。
受付で水瀬さんはロボに嘘の降下理由を述べて軌道エレベーターの使用許可を得た。
「さっきの嘘は何ですか?」
「ああでもしないと地上への降下が出来ませんので。それに正当な理由を述べると足止めを食らいかねませんから」
と言って水瀬さんはすたすたと進み、軌道エレベーターへと入る。少し腑に落ちないが、ここで駄々をこねても仕方ないので、俺も続いて軌道エレベーター内に入った。エレベーター内に椅子があり、水瀬さんは椅子に座り、ベルトを締める。続いて俺も水瀬さんの隣の椅子に座り、ベルトを締める。
地上への降下中、座り続けないといけないのは億劫だ。勿論、非常時には立ち上がるのも可能である。というか元々立ち上がっても問題ないようにできている。
だから俺はベルトを外した。
窮屈なのは苦手。一応着陸時にはベルトを締める。
ベルトを外すと搭乗員ロボに形式的な質問と注意を受けることになっている。それには圧迫が苦しいと告げると大抵の場合、ロボは黙る。
「駄目ですよ。ベルトを外しては」
意外にもロボではなく水瀬さんに注意された。
そしてロボもやってきて俺に注意する。
「少しだけ。窮屈で苦しいから」
「駄目ですよ。我慢しないと」
「着陸時にはベルトをしますので」
「駄目です」
ロボは黙ったが、水瀬さんが強く注意してくるではないか。
「俺、下っ腹出ているんですよ。だからベルトの締めっぱなしは苦しいんです」
「もし苦しいなら緩めたらいいでしょ?」
「……わかりました」
「ここです」
俺達は羽田さんが預けられた老人ホーム『グランデ』に着いた。『グランデ』は地上ステーションから目と鼻の先なので迷うことはなかった。というか『グランデ』以外の住居ビルがない。あとは工場跡地と駐車場、そして茶色い大地。宇宙エレベーターを除けば『グランデ』だけが他よりダントツに高い。窓の小さいその老人ホームは茶色い大地の中で病原菌のようで異質に見えた。もちろん後ろを振り返ると天を衝く宇宙エレベーターが聳えている。
ロビーは相変わらず前に来た時と同じ無機質めいた景色で、音も何もなく不気味さがある。
「本当に人の気配がないわね」
と水瀬さんは宇宙エレベーターの時と同じようにタブレット端末のカメラ機能でロビーを撮る。
「で、受付はどちらですか?」
「こっちです」
俺は水瀬さんの前を歩き案内する。
受付はロビーを右に曲がった先にある。
普通はロビーからすぐ、もしくは見つけやすい場所に受付があるのだが、ここはなぜか分かり
「まるで検問ね」
受付を見て水瀬さんは言った。
確かに言われてみるとそうだ。
受付の左奥に階段口。そしてその前に通行止めのバーがある。
「今は誰もいないようね。このまま受付を通さずに行けるのかしら?」
「無理ですね。勝手にバーを越えて階段口に近付くとすぐにロボが来ますから」
「なるほど」
と言って水瀬さんはバーを越えて、階段口へ向かう。
そして階段口に一歩足を踏み入れると、ブザーが鳴り、ロボが受付奥にある部屋から現れた。
そのロボは羽田桃子を連れてきた時にも対応してきたロボだった。
「何か御用でしょうか?」
「私達はこちらにいらっしゃる羽田桃子様のご家族からの依頼でお伺い致しました弁護士のものです。急遽、相続の件で羽田様にご確認とサインをしていただきたく参った次第です」
水瀬さんは営業スマイルを頬にたたえて述べる。そして偽の書類データを提出。
正直こんなの追い出されるだろうと考えていたが、「どうぞ」とあっさり通された。
「ご案内いたしましょうか?」
「いえ、部屋番さえ教えていただければ結構ですので」
「303号室です。電子キーは解除しておきますので」
とロボは羽田桃子の部屋番を言って、もとの受付奥の部屋へと戻った。
「普通、案内するんだけど。それに勝手にキー解除していいのかな?」
「無駄なリソースは使いたくないんでしょう」
「そう……ですか」
そして俺達は階段を上がる。
「なんで階段なんですかね? エレベーターはないんですかね? ここにいる人って介護が必要な老人でしょ? なら階段でなくエレベーターでは?」
俺は階段を上がりつつ、前の水瀬さんに問う。
水瀬さんは立ち止まり、
「むしろ逆です」
「逆?」
俺も立ち止まり、首を傾げる。
「ほら答えが見えてきましたよ」
と言って水瀬さんは鼻を押さえる。そして階段を再び上がり始める。
どういうことだ。俺も彼女の後に続いて階段を上がり、そして異臭を感じ取った。
埃臭さと硫黄の匂い、そして生ゴミの匂いが混ざりあったかのような匂い。
すかさず俺は鼻を押さえ、
「なんですか? この匂いは?」
しかし、水瀬さんは答えずに階段を駆け上がる。
そして俺達は3階の廊下へと辿り着く。
「汚い!」
視覚聴覚触覚が悲鳴を上げる。
まず廊下の絨毯は汚れ、毛羽立ち、破れ、そして焦げていたりする。ゴミも絨毯の上に散乱している。紙袋、お菓子の袋、今では珍しい紙の雑誌もゴワゴワと膨らみ床に転がっている。
さらにダニがいるのか体がむず痒くて仕方ない。
ゴミ箱は蓋が床に落ちるほど盛り詰められ、ハエが群れている。あのゴミ箱を持ち上げたら下に這っている虫が現れそうな気がする。
観葉植物の葉は枯れ落ち、床に散らばっている。
「臭いし汚い。掃除はどうなっているんだ?」
「たぶんアレが原因ね」
と水瀬さんは前方を指差す。そこには大型の鍋が転がっている。いや、違う。あれは掃除機ロボットだ。
「これが壊れたからですか?」
「そのようね。……でも」
と言って水瀬さんはドアへと顔を向ける。
彼女が何を言わんとしているのか俺には理解できた。廊下を歩いて一際匂いを放つ所がある。
それはドアだった。正確にはその向こう側。
水瀬さんは303号室のドアをノックする。
「羽田さん、いますか? 少々お話を伺いたいのですが?」
しかし、向こうからの返事はない。
「入りましょう」
水瀬さんはドアから俺に顔を向けて言う。
「入るんですか?」
俺としては入りたくなかった。絶対嫌なことしかない気がする。
「行きますよ」
水瀬さんはドアの開閉ボタンを押す。
ドアはゆっくりとスライドする。
そして部屋からの汚臭が嗅覚を強く刺激する。それは廊下の汚臭とはレベルが違った。
俺達は反射的にドアから離れた。そして鼻を潰すくらい強く摘んだ。
部屋から発する匂いは廊下の匂いに糞尿と動物園のような獣臭い匂いを足したものだった。こんな所に人が住んでいるのだろうか。
「神浜さん、私は羽田さんを探しつつ、ガラス戸を開けます。あなたは換気扇があったら回して下さい」
「勝手にそんなことしていいのですか? というか換気扇とかあります?」
「情報によれば一部屋に一つ介護ロボが備え付けられ、簡易キッチンもあるとか」
「わかりました」
「では行きますよ」
水瀬さんは臆することなく部屋に入る。
俺は少し躊躇して、
「ああ、もう」
と、やけくそ気味の声を出して部屋へと入る。
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