ウーバー・ステイ・サービス

赤城ハル

第1話

 運転を徐行モードにして、宇宙ステーション離着誘導エリアに宇宙タクシーを進行させる。

 宇宙ステーションの出入り口下部から黄色い帯状の誘導ビームが俺の運転する宇宙タクシーのナンバープレートに当たる。

 俺はその誘導ビームに沿って宇宙タクシーを操縦する。そして誘導ビームが黄色から赤へと変わり、俺はブレーキを踏み、逆噴射を使ったりして前後スピードを0にさせる。

 意外とこれが難しく。逆噴射を踏み間違えてしまうと後進してしまうのだ。

 そして宇宙空間で停まった宇宙タクシーを出入り口からアームが伸びて俺が乗る宇宙タクシーを捕まえる。それから宇宙ステーション内で台に載せられ、下船エリアまで自動で送られる。下船エリアに着くと俺は宇宙タクシーを降りて通路へと足を向ける。宇宙タクシーはそのまま台に載せられたまま奥の車庫へと送られていく。

 ノンメットエリアに入ると俺は宇宙服の酸素注入をオフにしてヘルメットを脱いだ。

 そして次のハッチを越えた先には人工重力のあるホームエリアがある。そのホームエリアに俺が勤める宇宙タクシー会社のステーション支部がある。そこで今日の仕事を報告して帰宅となる。

 ハッチを越え、閑散とした通路を進むと次第に奥から和やかな音楽や人の足音、弾んだ声が聞こえ始める。俺の心も弾み、疲れた足取りも軽くなる。

 そして通路を越えて広々としたホームエリアが現れた。ホームエリアには様々な店が軒を連ねている。基本はお土産屋が多いが、喫茶店やランチ店、その他簡易ホテルやレジャーコーナー、旅行ガイド店、地上案内窓口などもある。

 俺は旅行ガイド店が隣接する宇宙タクシー会社のステーション支部内へと入る。

 そして事務室で報告を済ませると事務の片山君がやってきた。

「神浜さん、お客様ですよ」

「今日の仕事は終わったよ」

「そっちじゃないです」

 ということはクレームだろうか?

 しかし、クレームになることなんてしただろうか? ここ最近は客も不満そうなことはなかったはず。まあ、世の中には後でクレームを言う客も多い。

 俺の表情を察知したのか片山君は、

「あっ、そっちじゃないです」

 んん? なら一体なんだというのか?

 片山君は前を歩き、俺を客のいる部屋へと案内する。

 案内された部屋は社長室だった。

「片山君?」

「それじゃあ、私はこれで」

 と言って片山君は去って行った。

 嫌な気しかないのだが、私はドアをノックした。そして「どうぞ」という返事を聞いて中へと入室。

 社長室には社長と返事をした事務長、そして見知らぬ男女がいた。

 男性は30代中頃で体の線が細く猫背。いかにも気が弱そうであった。

 逆に女性はまっすぐとした姿勢で眉も凛々しく、眼光も鋭く、意思のしっかりした人であった。年齢は20代後半くらいであろうか。

「さあ、こちらに座って」

 と事務長に隣の席に座るよう促された。

 俺がソファに座ると事務長は、

「こちらは役所の方々です」

 とテーブルを挟んで対面する男女を紹介する。

「惑星移住課の水瀬です」

 まず女性の方から自己紹介をされた。そして水瀬という人物は腕時計を操作する。

 すると俺の腕時計の画面に名刺データが届いた。開いてみると空中に名刺データが投影される。

 そして次に女性の左隣に座る男性が、

「松田です」

 と言って、女性と同じく名刺データを送る。

「自分はドライバーの神浜です」

 俺は2人に名刺データを送信する。

「それで自分にどのような件で?」

 役所のしかも移住課の人間が俺に何の用件があるのか。

「ウーバー・ステイ・サービスで羽田桃香さんを惑星ポリリスに送り届けましたね?」

 その問いに俺はどきりとした。

「えっ、ええ……はい」

 俺はちらりと社長の顔を伺う。

 ウーバー・ステイ・サービスはイリアス社の惑星簡易送迎サービスである。内容は客を乗せて指定された惑星へと届けるというサービス。このサービスは登録するだけで向こうから本人、もしくは指示された客を乗せて送るだけというもの。客を待つ時間が短縮され、今ではほとんどのタクシードライバーは登録をしている。

 だが、本社ではまだ正式にウーバー・ステイ・サービスを採用していない。

 勝手に登録していることがバレて、社長に怒られるのではと危惧していたが、

「別に怒ったりはしませんよ」

「え?」

「我が社の宇宙タクシーでやっているのだろう?」

「はい」

「なら何も問題はないさ。我が社の利益にもなるのだからね」

 と言って社長は笑った。

「ただ、おおっぴらに許可はできんのだよ。君もこのことは内密にな」

「わかりました」

 許可も得て俺はほっとした。

「あのう。話を戻しても?」

 水瀬さんが尋ねる。

「ああ、すまないね」

 社長が続きをどうぞ手を向ける。

「神浜さん、羽田桃香さんを送り届けたのは一月前のことで合ってますか?」

「羽田桃香さんですか? うんん、色んな客を乗せていますので。つい最近ならまだしも……」

「この方です」

 水瀬さんはタブレット端末を取り出して画面に老人の画像を俺に向ける。

「ああ! この人! ええ、覚えてますよ」

 老人1人の送迎だったので覚えている。それと送り先が老人ホームだったので変な仕事だなと記憶している。

 大抵は宇宙ステーションに着いたら、客とはおさらばなのだが、この羽田さんは痴呆があるとかで料金割り増しで一緒に星に降りて老人ホームの施設まで送り届けたのだ。

「届けたのですね?」

 水瀬さんと松田さんが体を少し前に傾けて聞く。

 にええ。よく覚えていますよ」

「データとかありますか? イリアス社からのメールとかあれば見せて貰えますか?」

 そう問われて俺は自前のタブレット端末からウーバー・ステイ・サービスから送られた羽田さんを惑星ポリリスの老人ホーム『グランデ』へと届ける指示内容を表示させる。

「これですが」

「ちょっとお借りします」

 と松田さんは俺の返事も聞かずに俺の手からタブレット端末を取り上げ、勝手にあれこれと操作する。そして自身のタブレット端末を操作し、

「ありがとうございます」

 と言って、俺のタブレット端末を返す。

 察するにデータのコピーでもしたのだろう。

「用はそれだけですか?」

「いえ、もう一つ」

 水瀬さんが人差し指を立てて言う。

「なんです?」

「羽田桃香さんを送り届けた惑星ポリリスの老人ホーム『グランデ』へ私を送っていただきたいのです」

「ええ!?」

 俺は少し拒否反応気味の声を出してしまった。

「いいじゃないか。送り届けてあげなさいよ」

 事務長の目から「嫌がらずにやれ」という言葉が見える。

「わかりました。……となると予定日は……」

「いえ、今すぐにです」

「え? 今すぐに? そ、それはちょっと。自分は今し方に仕事を終えてきたばかりでして」

「お願いします。人命がかかっているんです」

 水瀬さんが頭を下げる。少し遅れて松田さんもならって頭を下げる。

「君、今日の勤務時間は?」

 事務長が聞く。

「……八時間です」

「ここか惑星ポリリスまでは?」

「二時間ちょいです」

「宇宙空間滞在時間はまだまだ余裕があるじゃないか。なら人助けと思ってさ。ちゃんと残業代は出すから」

 と事務長は俺の肩に手を置く。

 ……まじかよ。


  ◯


 今、宇宙タクシーで惑星ポリリスへと向かっている途中である。

 件の惑星ポリリスに向かうのは俺と水瀬さんの2人で、水瀬さんの相方である松田さんは別の役割があるとかで同乗していない。

「神浜さんは老人ホーム『グランデ』を見てどのように感じましたか?」

 後部座席に座る水瀬さんから質問をされた。

 宇宙タクシー内はヘルメット着用が義務付けられているから音声はヘルメットの通信機から発せられる。そのため直接耳に声をかけられているみたいである。

 そして水瀬さんはそういうことに慣れていないのか後ろから呼びかけるように声を出すので音量が大きい。

 宇宙旅行に不慣れな客に多い傾向でドライバーは相手を見て、通信機の音量を調整しなくてはいけない。

 俺はまさか水瀬さんが不慣れとは思ってもいなかったので通常設定にしてしまっていた。

「ど、どのようにですか?」

 俺の反応から水瀬さんは自分が声を張り上げていたと気付き恐縮する。

「すみません、急に。ええと、神浜さんは老人ホーム『グランデ』を見て何か違和感とか不審な点を見られませんでしたか?」

「そう……ですね。まあ、不審といえば最初から不審な点は多かったですよ。母か祖母かは知りませんが、それでも痴呆の老人を押し付けてきたんですから。そりゃあ、送るだけで良いと言っても介護士の付き添いもなしですよ」

「なるほど。老人ホーム『グランデ』については?」

「そっちは正直よく見てませんでしたので」

 と言って俺は肩を竦める。

「中はどのような内装で? あと、施設の人は?」

「一階のロビーだけなのでよくは分かりませんが閑散とした感じですね」

「閑散」

 水瀬さんが単語を噛むように反芻する。

「人がいないんですよ。対応したのはロボだけでしたよ」

「ロボ? アンドロイドですか?」

「いえ、ロボです。無骨なシルバー色の」

「それだけですか? 誰かにあったとかは?」

「ないです。受付で呼び鈴を鳴らしたらロボが一台来て、用件伝えると礼を言って羽田さんを部屋へと連れて行ったんですよ」

「貴方は部屋には?」

「さすがにドライバーが部屋まで同行するのはどうかと」

「……そうですか」

 と水瀬さんは呟いた後、押し黙った。

「あのう」

 今度はこっちが質問をしてみることにした。

「何か問題でもあったのですか?」

「問題はまだ……何も。ただ不審な点があり、調査をしているところです」

「それ今日じゃないといけなかったんですか?」

「はい」

 そこははっきりと言葉にされる。

 どういうことだ?

 問題は発生していない。でも、すぐに調べないといけないと。

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