人を呪わば

秋空夕子

第1話人を呪わば

 私には一人の友人がいた。

 その子の名前を仮にA子とする。

 A子は内気で大人しい性格だったけど、私とは気が合い、結構仲は良かった。

 けれど、どうにも男運というものには恵まれなかった。

 初めてできた彼氏に彼女は相当入れ込みいろいろと貢いでいたのだが、その彼は彼女以外にも女がいて、しかも彼女に飽きるとあっさりと捨ててしまったのだ。

 A子の落ち込みようはそれはもう凄かった。

 傍から見て、自殺してしまうんじゃないかって心配してしまうほどだった。

 けれどそんな時、A子を捨てた元彼が亡くなったらしい。

 どうして亡くなったのか詳しいし、興味もなかったが、それを機にA子は少しだけ元気を取り戻した。

 私も不謹慎ながらホッとしたのを覚えている。

 だけれど、A子の顔色は相変わらず悪いままで、それだけが気がかりだった。


 ある時、彼女は私に茶色の封筒を差し出してきた。

「……これ、大事な物なんだけど、少しの間預かっててくれない?」

 そう言われ、私は何が何やら分からないまま受け取ってしまった。

 中には何が入っているのかと聞いても教えてくれず、「絶対開けないでね」と言い残して彼女はどこかへ行ったのだ。

 正直なところ、中身が何なのかわからないものを預かるのは不安だったが、友人の頼みを断るわけにもいかず、結局私はそのまま預かることになった。

 しかし、待てど暮せどA子が封筒を取りに来ることはなかった。

 何度か私から連絡を入れても、もう少し、とか、そのうち、と誤魔化されてしまうのだ。

 さらにそれまでは月に何度か会っていたにも関わらず、封筒を預かってからA子と顔を合わせることがなくなった。

 避けられていると察することはできたが、どうしてそんなことをされるのか見当もつかない。

 怒りよりも戸惑いのほうが強く、とにかく次会った時には茶封筒を絶対に返そうと常にバッグの中に入れるようになった。


 けれど、それどころではないことが起きた。

 突然、高熱が出て寝込んでしまったのだ。

 頭が割れるような痛みと、体中を襲う倦怠感に耐えきれず、私は気力を振り絞り実家に助けを呼んだ。

 両親はすぐに来て病院に連れて行ってくれたが、原因は不明でそのまま実家で看病を受けることになった。

 実家に帰ると犬が出迎えてくれたのだが、私を見て大きく吠えたててきた。

 子犬の時から人懐っこく滅多に吠えることのない犬で、「これじゃあ番犬にならないね」と家族で笑いながら話したこともあったほどなのに。

 しかし、私は熱にうなされ、両親も娘の様子がいつもと違うからだろうと特に気にすることはなかったようだ。

 布団に横になりながらぼんやりとしていると、母が部屋に入ってきた。

「ごめんね、さっきクッキーがあんたの鞄にいたずらして、中にはいってた封筒破いちゃったの」

 耳元でそう言われたものの、朦朧とした意識ではうまく理解できず、「そう」としか言えなかった。

 そして母は申し訳なさそうな顔をして部屋を出て行き、私はそのまま眠りについた。

 それからどれくらいの時間が経っただろう。

 携帯の着信音で目が覚めた。

 枕元に置いてあった携帯電話を手に取り画面を見ると、そこにはA子の名前が表示されていて、驚きながら電話に出た。

『どぉおしてよぉおお!!』

 私の耳に届いたのは泣き叫ぶようなA子の声で、私は思わず携帯を落としそうになった。

「え、何? ……どうしたの?」

 状況が全く掴めないまま問いかける私を無視して、A子はヒステリック気味に叫び続けた。

『なんで捨てたのの! 大事な物だって言ったじゃない! ねえ!』

「ちょ、ちょっと、落ち着いて……」

 A子の声が頭にガンガン響き、吐き気がしてくる。

 なんとか落ち着かせようと声をかけるが、まるで聞こえていないように彼女は叫んだままだった。

『やだぁ! 助けて! 死にたくない、許して、お願い! 死にたくないぃいい!!』

 ブツリという音が鳴り、そこで通話は切れてしまった。

 ツー、ツー、という電子音を聞きながら、私はただ呆然としていた。

 今の出来事は何だったんだろう。

 あれは本当にA子だったんだろうか。

 そんなことを思いながらも、彼女のあの狂乱ぶりを思い出すととてもかけ直す気にもなれず、再度着信が来ることも怖くて電源を落とした。

 その後、眠気に襲われて再び私は眠りについてしまった。

 次に目覚めた時、私の熱はすっかり下がっていた。

 両親も喜び、犬も昨日とは違って尻尾を振って私に飛びついてきた。

 A子が行方不明だと知ったのは、それから一週間後のことだった。

なんでも、私の熱が下がったその日から出勤して来ず連絡もなかったそうで、職場から連絡が入った親族の人が様子を見に行ったところ彼女の姿はどこにもなかったそうだ。

 部屋が荒らされた様子はなく、携帯や財布も置きっぱなしだったらしい。

 どうして私がこんなことを知っているかというと、携帯に残っていた通話記録の最後が私とのものだったから警察から話を聞かれたのだ。

 とはいえ、私がその日熱にうなされていた上に実家にいた為、警察から疑われることもなく、A子の行方も結局分からずじまいとなった。

 私はふと、A子から預かっていた茶封筒のことを思い出した。

 あの中には一体何が入っていたのだろうかと母に電話して聞いてみたが、その返事は予想もしなかったものだ。

「封筒の中? 何も入ってなかったわよ」

 そう言われ、私は一瞬言葉を失った。

 そんなはずはない。あの封筒を開けたことはないが、それでも封筒が空かどうかぐらいはわかる。

 確かにあの封筒の中に何か、紙のようなものが入っている感触があったのだ。

 しかし、母が嘘をつくとも思えず、私は釈然としないままそれを胸に仕舞った。

 そしてそのまま月日は流れ、私は大きな怪我や病気もなく暮らしている。

 あの日、どうしてA子は私に電話してきたのか、何に怯えていたのか、何もわからないままだ。

 A子は未だ、見つかっていない。

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人を呪わば 秋空夕子 @akizora_y

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