私の百合体験

加賀宮カヲ

第1の女、レッドさん

 私は東京のど真ん中で生まれ育っている。少し行けば繁華街。性的少数者がいて当たり前。東京は雑多な街だ。あらゆるものがごった煮になって平然と存在している。


 だからここに書くことは、私個人の出来事と感想に過ぎない。そちらを最初にお断りしておく。


 第1の女は私が20代前半に現れた。名前をレッドさんとしておこう。


 その当時の私はサウナにはまっていた。サウナで垢すりをしてもらう。キュウリのパックも「青臭い……」と思いつつ、楽しんでいた。


 一番はまっていた時は、週2位は通ってたと思う。


 私は、色々行ってみるタイプではない。

 美容院のそれと同じである。

 ここ、と決めたらそこ以外には行かない。


 サウナに関してもそれは同じだった。


 頻繁に垢すりは流石に肌が痛いわ!となるのでしていなかった。垢すりのおばちゃんと仲良くなって、オイルマッサージだけでも良いよと言われるようになった。個人経営のサウナなので、そういう所は緩い。絶対に値段今決めたやろ!という感じで交渉してくる。


 そして私はそういった緩さが好きだった。


 どのくらい経った頃だろうか。年の頃は40代?とにかく美人でスタイルの良い垢すりの人が入ってきた。肌がとにかく真っ白できれいだったのを覚えている。彼女がレッドさん。


 いつものように大浴場の縁で足だけ浸かってぼんやりとしていたら、レッドさんが話しかけてきた。


 「貴方、肌きれいね。お手入れはどうしてるの?」


 「特にこれと言って何も。生まれつきだと思います。年齢もあるんじゃないですか」


 「……素直な人ね。どう?タダで垢すりするわ」


 「え、良いんですか?やったあ」


 待機していたいつもの垢すりのおばちゃんが笑顔で話しかけてくる。


 「アンタ、私らん中で有名なんだよ」


 「へえ、そうなんだ」


 何でだ?は、その時思わなかった。レッドさんの垢すりはとにかくソフトで上手かった。たまにいるのだ。ガッシガシ力任せに擦ってくる人が。ここにはそういう人がいなかった。だから余計にお気に入りだったのかもしれない。


 「擦るほどの垢がないわ。本当にきれいな肌ね」


 そう言ったレッドさんは、オイルマッサージを中心にそれは丁寧な施術をしてくれた。ウネウネと身を任せている間にも、もう一人がヘッドスパをしてくれる。こんな体験、中々出来ないのじゃなかろうか。


 うわあ、どこぞの王妃みてえ。


 掌までマッサージしてもらって、私はえらく上機嫌だった。感謝の礼を述べてその日は終わった。


 次に訪れた時、レッドさんは居なかった。あの人は何者だったんだろうな……がダダ漏れの私にいつものおばちゃんが話しかけてくる。


 「あの人はここのオーナーなんだよ」


 「へえ、きれいな人だったね。エステとかやってそうな感じだったもん」


 「アンタってサウナ出た後どうしてんの?」


 「どうって別に……一人で飲みに行くことが多いかなあ」


 「ええ!まだ若いのに。一人で飲みに行くのかい?」


 「彼氏がいたら彼氏と行くよ。今いないの」


 女友達がいるか詮索されたくなくて、嫌な顔をしていたと思う。話がいきなりぶっ飛ぶけれども、私はASDである。女友達を作るのが得意じゃない。世間話の必要性を理解出来ないのだ。それでも、我慢は出来る。その場に居ることくらいなら。


 けれども、話を聞いてない。話を合わせない。露骨に嫌な顔をしている。わがまま。


 言われるだけまだマシ。多くは理由すら言ってもらえず、ただハブられるだけ。存在を暗に否定し続けられるだけだ。だから、女性の集まりは苦手だった。


 脱衣所を兼ねた休憩所でゆっくりと帰る準備をしていると、真っ白いスーツが目に入った。見るからにお高そうなスーツ。それもSサイズ。こんだけスタイルの良い人はこのサウナで一人しか見たことがない。私は顔を上げて、やっぱりと思った。レッドさんだ。


 「これから私が経営してる焼肉屋に行かない?それとも……入浴後だから気になるかしら」


 「え?焼き肉っすか!行きます、行きます!匂いは特に気にしないです」


 「相変わらず素直なのね。着替えたらフロントにいて。お店すぐ近くだから」


 私は女友達が欲しかったのだと思う。誰か話せる同性が。





 ◆







 店は、ここらでも有名な高級店だった。この人がオーナーなんだ、やり手だなあと思った記憶がある。店内をキョロキョロ見回す私に、レッドさんはクスクスと笑っていた。直ぐに店内で一番お値段の張るワインが出てくる。


 「ワイン、大丈夫かしら」


 「大丈夫です。てか、今日そんなに持ち合わせがないんですけど。次回でもいいですか、足りない分」


 「フフッ、貴方本当に素直ね。私、ここのオーナーって言ったじゃない。誘ったのも私よ。全額出すわ」


 「まじっすか……うわあ、嬉しい」


 好き嫌いはないか聞かれて、特にないと答えると次々に焼肉も運ばれてきた。四千円する壺入りカルビ。壺まで高級で思わずじっと見入ってしまう。


 私とレッドさんは沢山、話をした……と思う。と言っても、一方的に自分の話をしていただけだが。けれどもレッドさんは貴方の話が好きと聞いてくれた。


 塩物系を食べていざメイン!四千円の壺入りカルビをレッドさんが焼いてくれた。何から何まで、彼女がやってくれる。実のところ、壺入りカルビは切ってから焼くのか、焼いてから切るのかを私は知らなかった。聞いてはいるのだろうけど、興味がないから直ぐに忘れてしまう。


 そんな話をレッドさんにしていた時だった。彼女がいきなり本題に入ったのは。


 「貴方、パトロンって知ってる?」


 「……なんとなくなら」


 「私、貴方のパトロンになるわ。どう?お金なんてあって困る事ないでしょ」


 私は、メインディッシュを前に考えこんでしまった。『ワイン飲みすぎた』が頭をよぎる。


 私には既にあしながおじさんがいた。一人暮らしを始めて直ぐに生活に行き詰まった。泣く泣く始めた水商売。空気が読めないのに出来るわけねえだろ!もう断言してもいい客商売。黙って硬直しているしか出来ない私をあまりに不憫だと、拾い上げてくれた人がいた。


 お嫁さんまで紹介してもらって、家族ぐるみで大事にしてもらっていた。あそこまでしてくれたのは、性的なものは含まないというあしながおじさんの配慮だったのだと思う。だから私も正直に話すべきだと思った。


 「あの……あしながおじさんいるんですけど」


 「居ても驚かないわ。貴方、野良猫みたいだもの。でも、もうそういう事はしなくていいのよ。私、女だから」


 「いや?してないっす、何も」


 「何も?」


 「はい」


 レッドさんはナプキンで口を拭うと思案にふけりだした。私は居心地が悪くなり始めていた。テーブルを見渡して、これ全部で幾らだと計算を始めてしまう。流石に二人のパトロンは気が引けた。二人で話し合いをして同意を得るなら話は別だろうけれど。


 レッドさんは私の手をさすっていた。


 「本当にきれいな肌よね。ねえ、私の愛人にならない?」


 「私、男大好きなんですけど」


 「でも、パトロンとはしてないんでしょ?」


 「奥さんの居る人とは出来ないですよ。それに、男性としても好みじゃない……」


 「それでもお金はもらうのね」


 「はい。けれど、25歳で打ち切ると言われてます」


 「だったら尚更、私の愛人になればいいじゃない」


 「いやあ、そういう問題じゃ……レッドさんは美人です。それにお金持ちだし。私じゃなくても相手はいくらでも出来ると思うんですけど」


 「だから選べるのよ。私は貴方がいいの」


 当時、伊藤英明のファンだった私は彼が女になった所を想像してみた。やっぱり無理だ。ち○ち○がついているからあれこれ夢想出来るのであって。……ぱい!がついてる伊藤英明は無理だ。


 私は、テーブルに1万置くと頭を下げて店を後にした。残りは後日持って行く旨と精一杯のごめんなさいと共に。





 ◆






 後日


 私は、残りのお金を持ってサウナに訪れた。フロントで、オーナーにと包みを渡す。中にはごめんなさいの手紙も入れた。フロントのおばちゃんが、今日は入らないの?と聞いてくる。まあ、店は別だもんな。でも、気まずいなー。


 フロントでうじうじしているうちに、次のお客さんがきてしまった。気づいたら、ところてんのように私は脱衣所まで来ていた。ちょっともうここは最後にしよう。垢すりのおばちゃんと挨拶して。自分にそう言い聞かせた私は服を脱いだ。


 「もう来ない?」


 「あの……仕事が忙しくなって……」


 自分でも下手な嘘をついてるなと思いながら、垢すりのおばちゃんと話していた。今振り返ると、別にそんな話しなくても良かったんじゃないかと思う。けれども、あの時の私は申し訳ない気持ちに圧倒されていた。最後だからと一番高いコースで垢すりをお願いした。


 ヘッドスパがついているコース。


 ヘッドスパが気持ち良すぎて眠ってしまった。既に私は仕事が軌道に乗り始めていた。男だらけの職場で納期と格闘する日々。精神的な苦痛はなかったけれど、肉体はしんどかった。どう考えても男性の体力には追いつかない。そもそも論だけれど、その疲れを癒やすためにサウナ通いを始めたのだ。


 ウトウトしながら、垢すりブースに黄色いカーテンが掛けられてるのを見てた。カーテンなんてあったんだ、この店……と思いながら。


 垢すりが終わってオイルマッサージ。睡魔に耐えきれない私は、半分以上寝落ちてた。


 目覚めたのは背中に違和感を感じたから。


 なんか……アワビのようなものが当たっている。アワビが上下している。


 胸にも違和感があった。


 そんなところまでマッサージしなくても良いのに。なんでさっきっから触ってるんだろう。


 てか、なんで私の身体に乗ってるの?


 垢すりのおばちゃんはもれなくふくよかな体型だった。けれども、マッサージの主は軽い。完全に目覚めた私は、振り向いてギョッとした。


 そこには、マッパのレッドさんがいた。


 「なにしてんの?」


 「マッサージ」


 そうですねって話がそこで終わるやろがい!私は身体をねじってレッドさんに言った。


 「やめてください。いやだ」


 「気持ち良くなかった?」


 「アワビみたいなのが当たって、そこからは気持ち悪かったです」


 レッドさんは掛けてあったガウンを羽織ると、下ろしていた髪をターバンで巻いた。


 「だったら仕方ないか」


 それだけ言い残して、レッドさんは垢すりブースから去っていった。飛び起きた私は、ヌルヌルの身体に冷たいままのシャワーを浴びた。「つめて!」と思わず声がでてしまって、外にいたおばちゃんが入ってきた。


 最後まで、みんな気まずかった。


 今なら、レッドさんにもう少し別の言い方が出来たんじゃないかと思う。

 レッドさんは傷ついてた。

 

 けれどもあの時は、怖いとしか思えなかった。

 頭の中がアワビでいっぱいだった。

 

 ごめんなさい、レッドさん。

 

 あの頃の私、多分にクズだったと思います。

 今はどうにかこうにかやってますけど。


 髪も乾かさないでサウナを出た私は、あれから盛大に風邪を引いた。

 

 そして10年後、今度はグリーンさんからストーカーされる事となる。

 それはまた別の話。

 

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