第2話 宇宙船団[紅飛鳥-べにひちょう-]

ぼくは、なぜか、少し悲しかった。

彼女マレーンは、空にかかる八つの月のうち、ぼくが、七の月の月明かりの下で見つけた子だった。

ぼくたちと違って、彼女はレストム(異世界の人々)だった。




 外の世界の人々を嫌う内向的なぼくたち。

でもマレーンは泣いていた。それだけで、どうしてぼくが、彼女を受け入れないわけがあるかい?

彼女は、まだ五つそこそこだったのに。

 


 …もっとも、今じゃ、ぼくを追い越して十九になっちゃったけど。



彼女が指標だってことは、知っていた。紅飛鳥はいつも彼女目指して飛んでくる。どこに隠れていようと。


ぼくの銀の角求め、気まぐれに飛来する、紅飛鳥。


 


 〃ぼくたち〃を滅ぼした紅飛鳥が。



でも、ぼくにどうすることができる?

紅飛鳥が来ないのが、三月も続くと、彼女は泣き出すんだから。


暗い洞窟のなかで、ぼく一人の相手していきてくのは、レストムのマレーンにはつらすぎるよ。




ぼくは想っていた。地表を駆けるマレーンと自分とを。

銀の角もなくて、銀のたてがみでなく、黒の髪の人間として。


いつしか、それは、深い眠りの扉を開いていた。




「そおっと、そおっとね」

しのび足のマレーン。

あとに続く、数人の男女。


  

「…ね☆、きれいでしょ」

至福の微笑み。




「彼に色素はないのですか、サジェス副長」

「さあ、どうかね。マレーン、全身、彼は銀色をしているのかい? -その…瞳も…」

「ええそうよ。目を開けたときは、そりゃ綺麗だったわ。時々、光るのよ、赤っぽく」


「ここでしか生きられないって本当?」

赤い紅飛鳥の記章をつけた金の髪の婦人が言った。

こっくりと、マレーンはうなづいた。


 


 壁をいじくっていたダンディーな紳士が、ニ、三歩近付いて言う。

「この鉱物から、何か磁力のようなものが出てるんだ、メティラム。

 彼には、これが必要なんだろうな…生きるために」




 ーそうですよ、ダンディー。ぼくに、これは必要なんです。


「おっ、馬がしゃべったぞ」

「しゃべったのではないわ。テレパシーよ、これは」


…したり顔で言う。金の髪の婦人は心理学でも修めたんだろうか。


 ぼくは、少し首をもたげた。


「あら、起こしちゃった」

ーだからそっとしといて下さい。




「そんなわけにはいかない。我らが母星ファリアは戦いを始めた」


ダンディー・ボルグート船長は、ゆっくりと歩を進める。「きみが必要なんだよ」


 


 どうしたんだろう。彼のオーラは、ぼくに近づくたび、弱くなり、弱くなり…そして消滅した。




 (少女の幻影…! 紅飛鳥船から降り立つ彼に、かけより、駆け寄り、彼の目の前で撃たれて死んだ、彼の娘。)


-ぼくの命と引き換えに、戦争が終わるというんですか?


「ーええ。あなたの[銀の角]は、私達の感知できない[始源]の思念エネルギー[ラフェル]を

収束する。私達にはそれが必要なのよ。今までのようにかけらなどではなく、すべてを!」




ーぼくは、死にますね。…あなた達のために?

「ええ。それで多くの人が救われるのよ」

 


 ぼくは、少し、皮肉に笑った。

ーこの星でしか、この鉱物の結界の中でしか、ぼくは生きられませんから。


 


 この言葉に、マレーンは顔色を変えた。


「ラルフェ!ラーフェ! いや、死んじゃ嫌よ。もうレストムとも会わない。紅飛鳥も呼ばない。

あなただけでいい。あなたしかいないもの」


 


 マレーンは彼等のほうに向き直ると、やにわに叫び、彼等を追い出そうとした。


「ねえ帰って! 帰ってよ! あなた達なんかにラルフェはわたさない!」

「ねえマレーン」

 


 金の髪の婦人が言った。彼女のしなやかな指は、それでも優しげにマレーンの髪を撫でた。

泣くじゃくるマレーン。


「彼の[銀の角]がなければ私達は滅ぶわ。敵は、デリア兵器を持ち出したの。あなたはいずれ還る筈の星を失うのよ。それでも、ラルフェのほうが大事?」




「還る…? 私、還れるの?」

「マレーン、あなたのお母さんもお父さんも死んでしまうのよ」

「マレーン。我々皆がきみの帰還を待っているのだよ」




 (一兵器としてね。)

ぼくは心の内でそっとつぶやいた。

(いままで連れ帰りもしなかったのに、なぜ、今になって?)




 理由は容易に想像できる。


 紅飛鳥の指標に選ばれたマレーン。宇宙に届く程の、思念エネルギー。


ぼくと共に永の歳月この洞窟の鉱物の結界の中で過ごしながら、弱まることのない、その力。


 


 彼等軍人には、さぞかし利用価値があるのだろう。…ぼくの、この銀の角と共に。


だけど、ぼくはこの事を彼女に伝えることを、ためらった。


還れる、という希望に輝く彼女の心を、ぼくは哀しい思いで見守った。

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