あなたが呼んでくれたから ~何かと難儀が付きまとう彼女の生きるハードルを極限まで下げるピエロの話~
ハルノブ
大金星が襲ってきた(1)
ワードと彼女の出会い。そして、それからの一連の出来事を一括りにして語るなら全ての始まりはこの時だろう。
傭兵として仕事を請け負ったワードは、スライオム区のマゴタ町から南東にある廃鉱山を砦の様に改造した大盗賊のアジト付近に居た。
『スライオム区領主率いる大盗賊討伐隊の一員』と表現すればそれなりの立場に聞こえるが、正面切って盗賊団と戦っている第一戦力、裏から盗賊団を挟み込む第二戦力、そのどちらにもワードは所属していない。
「……暇だな」
「確かにな。まぁ、だが立ってれば金貰えるんだから上等よ」
「見方を変えれば楽が出来ているとも言えますが」
「楽すぎんだよっ」
横に立っている魔術師クルトが暇である事に同意して、手に持つ大きな杖をくるりと回しながら答える。ワードは良い様に今の立場を表現してみるが、返ってきたのは小さく吠える声だった。
敗走する盗賊団員を捕らえるあるいは討つ後詰めの第三戦力、その予備人員という端役がワードと他二人の仕事内容だ。
クルトの言葉通り立ってれば金を貰える、というか立ってる以外やる事がないくらいの外れ部隊の更に外れポジションである。
「せめて裏側担当だったらなぁ、追加報酬あったかもしれんのになぁ」
「じゃあ今から行ってきたらどうだ?」
「……命令違反で全員懲罰になりますよ?」
無責任な提案をクルトは行い、ワードから控えめな声でリスクを提示する。この行いを見逃せばワードとて責任を問われかねない。
「んぁー。大人しく立ってるしかないかぁ」
己の運の悪さを惜しむガルーは、改めて大人しくするしかないと再確認し天を仰いだ。三人は退屈に耐え忍びながら鉱山を見るが、残念ながら彼方から争いの音が聞こえる以外に変化はない。
緊張に欠ける中、ふとガルーは面白い肩書を持つ男を見る。
「なぁピエロさん、なんか暇つぶし出来ねぇかな?」
「おや?そうですねぇ……」
ワードは何とか緊張を保っていたが、芸を乞われれば
戦場にいる時の彼は些か目立つ赤い髪をつばの浅い帽子で隠し、身に纏う衣装も当然戦う為の物で花は無く、芸を披露するには適さない。
そんな装いだが簡単な事であればできる。彼は思わせ振りに返事をしながら、内心で芸を披露しようかと早くも決めていた。
「では少しだけ、大した事はできませんよ?」
「お、やってくれるのか!いいね~!」
「……」
ガルーは歓声を上げる。揃いも揃って戦場の片隅で何をやっているんだろう、そんな風にクルトは客観視しながら退屈の余りに無言で観客になる事に決めた。
顔合わせ時の自己紹介でワードが
求められたとあらば答えるのがピエロとしてのワードの務め。意識を切り替えたなら口上の一つでも述べたいが、ここは短く紹介するだけに控えて置く。
「さぁさぁ、ナイフジャグリングをご照覧!」
彼は腰の鞘に刺してある細い投げナイフを二本抜いて、右手に持ったナイフを山なりに左手に向かって、左手に持ったナイフを素早く右手に投げる。左右の手を行き来するナイフの数は高々二本と少ないがキャッチをしくじれば大惨事である。ヒョイヒョイと左右の手を巡るナイフを目で追いかけガルーは小さく感嘆の声を上げる。
「おぉ~、怖くねぇのそれ?」
「実は毎回怖いんですよ、おおっと!」
おどけた返事をしながらワードは手が滑ったように見せかけナイフを先程より高く投げる。予想外のミスを演出しながらさらに注意を引き、ワードは少しだけ前に出て右手を背中に回し落ちてきた刃をキャッチする。
「おお、すげぇ」
「ほぉ」
「ご笑覧、ありがとうございました」
そのままワードが一礼するとガルーは右手に持った剣を地面に突き刺し数回拍手してすぐ手に戻す。
ナイフでお手玉していた時、芸を初めてすぐにガルーは感動を露わにしていたがクルトはそこまで感心していなかった。そんな彼も最後に見せた背面キャッチには彼も驚きの声を上げ、戦場の中に居る手前拍手まではしないがピエロに短く感想を言う。
「大したもんだ。お代は?」
「では、有事はお互い助け合うという事で」
ワードは雇われ兵士がチームを組むときのお約束を述べる。
これまでも何回か似たような事を経験してきたワードは戦場で貰えるお捻りなど高々知れていると理解している。他にも、小銭を持ってないから後払いでと言われうやむやになる事もよくある。ならば少しでも良好な関係性を維持して生存率を上げる方が良いと判断したのだ。
――ああ、なるほど、小銭より命を取った訳だ。変な奴かと思ったら意外としっかりしてやがる。
クルトはワードから慣れた様子で返答された事により目の前のピエロの意図を把握し、一層関心を深めて問う。
「ちなみに今のジャグリング、何本まで行けるんだ?」
「ふふ、確かめたいならこの仕事の後お見せしますよ」
「そりゃあ高く付きそうだな」
「勿論、安く芸は見せません。……と言いたいですが、戦友です、考えておきましょう」
「んっ、何だ!?」
不意にガルーが唸り廃鉱山の一角を睨んだ。直後、彼が睨んだ場所からゴロリと音を立てて壁面が崩れる。
「敵だっ!」
他の二人優れた聴覚を持つガルーは一足先に構えを整えて警戒の声を上げる。
ワードは即座に構えられるよう近くに立てかけて置いたクロスボウを手に取る。ガルーはロングソードと
――騎士団の読み通り、やはり脱出路が用意されていたか。
廃鉱山を元にしたアジトでの戦い、当然盗賊団側は非常時に置ける脱出路を準備している物と領主一派は見越していた。廃鉱になる以前の古い情報ではあるが、坑道図から見て取れる怪しげな場所は第三勢力の人員が固めている。ワードたちはその中で当たりを引いたようだ。
土埃に塗れ必死の形相で逃げ出してきた盗賊はこちらと同じく僅か三人。会敵とほぼ同時にクルトが火の力を帯びた魔力を上空に撃ち放った。
「《火よ、弾けろ》」
「くっ、
「……次、脱出路を塞ぐぞ」
クルトは上空で派手に音を鳴り響かせる魔術で会敵を付近に備える味方に示し、次の行動を小声でワードとガルーの二人に告げる。脱出路の先にいきなり傭兵が居るとは運がないなと、ワードも敵ながら少し同情するが容赦などしない。
――魔術師が敵に居るならば、まずは!
敵を見据えその装備を確認したワードは、まず相手の後衛を務めているであろう痩せぎすの魔術師を仕留めると決めた。
ワードはクロスボウの番えられたボルトに手で一瞬触れ、自身に対して
「おおっ!!」
左側の大男が
――右に曲がれ。
豪速で禿げ頭に向かうボルトは、ワードの狙い通り
大男と禿げ頭が目を見開き、胸をぶち抜かれて絶命した仲間を見る。
「どうなってんだ!?」
「マック!?くそっ!」
これでワードたちは敵に数で勝る事になった、加えてすでに増援を呼び寄せている。禿げ頭が死んだ仲間を呼び、舌を打つ。
大男は困惑を露わに、ワードを睨み付けさらに警戒心を強めた。飛来してきたあのボルトに何か細工があろうとも、ああも奇麗に曲がり獲物を仕留めるなどあり得る訳がない。彼は仲間に警戒をするように告げる。
「気を付けろ!こいつ、なんかの
「隙ありぃ!」
警告の言葉を発する大男にガルーは隙が出来たと見るや盾を前に構えて猛然と突進する。ガルーの足が輝き、ブーストの恩恵を受けた剣士は数回地を蹴るだけで剣の間合いから遥か遠くに居た大男に肉薄し、上段から切りかかる。
その間にワードは装填に時間のかかるクロスボウを手放し、次の手として背中のショートボウを構え即座に矢を禿げ頭向けて放つ。
「こんなもん当たるかぁ!」
――落とされたか、でも時間は稼いだ。
放たれた矢にクロスボウほどの威力も早さはない、軌道も極素直で難なく禿げ頭の剣で撃ち落とされる。だがワードとしては視線を、注意をほんの一時引く事が出来ればそれでよかったのだ。そしてその時間稼ぎの間にクルトの次なる手が完成した。
「《地よ、砕け》」
隆起した地面が敵後方の脱出路の天井を砕き、盗賊二人の逃げ道と控えていたかもしれない敵の増援を防ぐ。盗賊団の二人は孤立し、討伐側のワードたちの勝利は更に硬くなった。
「まだ、やりますか?」
退路を無くした盗賊が忌々しそうに討伐隊の三人を睨む。次の矢をワードは番えながら戦闘続行の意思を確認する事にした。
――降参してくれるならそちらの方が楽でいいけど、無理だろうな。
大人しく捕まれば領主の名の元に盗賊たちは処断される、そうなってくれたならワードが自身の手で殺すより確実で安全だ。片手で持つにしては重厚な斧を持った大男と数度打ち合っていたガルーはワードの降伏を促す言葉を聞いて一度後ろに飛び下る。
禿げ頭の返答はワードの予想通りの拒絶だった。
「正気で聞いてんのか?それに、捕まっても死ぬだけじゃねぇか」
「……まぁ、死ぬのが怖いなら盗賊にはならないな」
想定通りの回答だなと言わんばかりに討伐隊のクルトは呆れ混じりで呟く。彼は次の詠唱を控えて相手の出方を伺っており、援軍が繰れば勝負が決するだろうと攻めを急がず時間を稼ぐ事に決めていた。
膠着の中ガルーは無言で打ち合った大男に分かり易く注意を向けており、無言ながら己が次にどういう行動をするか敵味方に語っていた。
援軍が来るまでの時間稼ぎも兼ねて降伏勧告をしたワードは仲間二人の様子を確認し次の手を考える。
――さっき放った矢に付着させた砂で二人共の方は
弾かれた方の矢を
「だらだらしゃべってる暇もねぇな!」
お互いが睨み合う一瞬の膠着、刻一刻と状況が悪化している事を認識している禿げ頭は、懐から球状の物を取り出すと地面に叩きつける。叩きつけられた玉が砕け、中から吹き出した大量の煙が周囲を覆いつくした。
「目くらましだ、気を付けろ!」
クルトは警告を行うと、魔術を紡ぎ始めた。
逃走か不意を突いた一撃か敵の作り出した逆転のチャンス。視界の潰れた現状はむしろワードにとっては好都合だった、彼は腰の鞘からナイフを抜き全力で投擲する。
――仕留める!
投げナイフは目標に向かって突き進む。間もなく固い物がぶつかり合う激しい音が鳴り響き、ナイフが弾かれたことをワード感じた。弾かれる事を想定していた彼はそのタイミングで魔力を燃やしてスキルを更に発動させる。
――的に向けて曲がれっ!
「《風よ》」
そして数秒もしない内に煙幕がクルトの風魔術によって除かれた。煙幕が晴れ、地面に転がっていたのは頭をバックラーで強かに打たれたらしい盗賊の大男と、ナイフが頭の側面に突き刺さり絶命している禿げ頭だった。ガルーは半死半生で気絶する大男から禿げ頭の死体に目を向ける。
「仕留めたのか、よく当てたもんだ」
「ええ、まあ、これしか取り柄が無いので」
手際よく盗賊の大男の手足を縛りながら感嘆するガルーにワードは軽く返答をする。条件が整えばワードは的を外さない、彼のスキルは初対面の敵や奇襲に非常に有効だ。
一方、クルトの方は禿げ頭の死体に警戒心をむき出しにしてそろりと近づき手に持つ長い杖で小突き生死を確認する。
「見えない中突っ込んで倒したんでしょうけど、怖くないんですか?」
「はは、実は毎回怖いんだよ」
ワードが戦う前のやり取りを振り返す、ガルーは意図に気付いて朗らかにおどけて答えた。
三人の中で一番遅く警戒を解いたクルトがふと呟く。
「ん?そうか、いや……なぁ、ピエロさん、この禿だが、手配書に乗ってなかったか?」
「えっ?」
クルトの指摘にワードは自身の記憶を遡りながら、頭の側面にナイフが突き刺さている死体の顔を確認する。ガルーは記憶を探るワードの肩をポンと軽く叩いて祝った。
「お手柄じゃないか、よかったな」
「……ええ、まぁ」
「へ?」
戦う直前、ガルーはボーナスが欲しいとぼやいていたが特に戦友を妬む事はしなかった。しかし折角の
「どうだかな……」
クルトはワードの内心を察しつつも訝しむように禿げ頭の死体、その右手を確認し始めた。
「右手に狼の入れ墨、あります?」
ワードが思わず震える声で聴くとクルトはすぐさま頷いた。
「あるな」
「わぁー」
事態を察したガルーも一転して焦り始めた。
「お、おい、これってヤバいんじゃないか……?」
禿げ頭に右手の甲に狼の入れ墨のある男というのはこの討伐戦で賞金が付いているあるターゲットの外見情報と一致する、それに加え最初に撃ち抜いた敵方の魔術師はマックと呼ばれていた、それは確か討伐される盗賊の幹部の名前ではなかったかと今になってワードは思い出す。
――クルトさんが早々に死体の右手を調べたのも、同じ情報が頭をよぎったからだろうな。
盗賊の中では黙されているであろう脱出口から出てきた、幹部と思わしき男を引き連れていた、一連の情報が無慈悲にも彼の手に余る事実を裏付ける。
「大金星が過ぎる……!」
成果の上げ過ぎだとワードは一人呟いた。
仕留めたのは恐らく、盗賊団の
スライオム区領主が率いる大盗賊討伐隊の主力が打ち取るべき賞金首であり、外れポジションに配属された
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