晴れ時々曇りところにより宇宙人

崩梨ひとで

晴れ時々曇りところにより宇宙人

 隣町にUFOが落ちた。


 小学生の群れがそんなことを言っていた。

 僕は内心バカバカしいと感じながらも、墜落するさまを見てきたようにありありと語るので、「果たして本当に未確認飛行物体は炎を散らしながら墜落したんではなかろうか」「いまごろは大騒ぎになっているのではないだろうかな」と、その情景を思い描いていた。


 それくらいしかやることがなかった。

 意味のない妄想に逃げ込むくらいしか、今の僕にできることはなかったのだ。 

 アルバイトはクビになった。

 スマホは無くした。

 自転車はさっき盗まれた。

 なんたることか、今日は厄日か。

 こうして公園のベンチに腰掛けて空想の世界に思いを馳せても、この散々な現状はどうにかなるわけじゃない。


 そんなことはもちろん承知している、それでも逃げずにはいられない。

 全てを悟ってタバコをふかせるほど僕は大人じゃないのだ。

 それでも妄想の通りに事が進めばどんなにラクだろうと思う。

 僕は何回総理大臣になって、何回札束でバイト先の店長を引っぱたけたんだろう。

 どんなに妄想をしたところで結局僕は職なし人間のままなら、せめて楽しい夢に浸っていたい。

 そう思うのは悪いことなのだろうか。


 不意に強い風が吹いた。

 呆けた頭が急に冷やされ、ゆっくりと焦燥感が襲ってくる。

 枯葉、季節早めのイルミネーション、そして無職の僕。財布にはいくら残っていただろう。せめて今日一日は食べていける分は残っていて欲しいのだが。

 十一月の涼しいのか冷たいのか分からない風に曝されて、飛んでいってしまうのではないかと心配になるくらい薄っぺらい革財布を覗き込む。

 折りたたまれた千円札が二枚と五百円玉が一枚。

 ポケットに入っていた二十円を合わせると合計二千五百二十円。

 

にせんごひゃくにじゅうえん。

 

その日暮らしで生きてきた僕に貯金なんてものはないから、これが実質全財産だ。泣きたくなるね。

 働けど働けど、我が暮らし楽にならざり、だったか。

 働いても楽になれないならもうどこにも安住の地はないのではないか。

 まったくどうしようもない。

 

 びびびびび。

 

 唐突に、寒空をつんざくような音が鳴り響いた。

 どこか懐かしい、目覚まし時計のようなけたたましいその音はどうやらさっきの小学生グループの誰かが鳴らしたらしい。

 なるほど、防犯ブザーというやつか。


 撤去を逃れたジャングルジムの周りで、何やら輪になって騒いでいる。

 最近のランドセルは随分カラフルなんだなー、なんて呆けていたけど、こういう場合は近くの大人が様子を見に行くべきなんだろう。

 

 オトナ。

 

 こんな平日の、日も暮れていない時間に公園にいるような大人は、残念ながらというべきか喜ばしいことにというべきか僕しかいない。

 そりゃそうだ。

 真面目に大人をやってる人間はまだ働いているような時間なのだから。

 僕は寒さのせいもあってベンチから立ち上がるのが億劫だったので、座ったまま「大丈夫か?」と声をかけた。

 

 いつにもまして掠れた声だったがちゃんと聞こえていたようで、しばらくすると子供たちの輪の中から、黒いランドセルを背負った男の子がひとり、こちらへ駆けてきた。

 坊主頭の快活そうなその子は僕の姿をどう捉えたのか、少し躊躇った後、渋々といった風に口を開いた。


「おじ、おにいさん、ちょっときて」


 呼び方に困るような風体だろうか僕は。どこから見ても親切なお兄さんだと思うのだが。


「不審者か?」


 そう尋ねると、男の子はだまって首を横に振った。

 何やら少し困ったような顔で、残った群れの方を心配そうに伺っている。


「どうしたんだ?」


「いいから、きてよ」


 男の子に袖を掴まれ、そのまま僕は引っ張られていった。

 何事か。


「このねーちゃん、どうにかしてよ」


「は」


 見ると小学生に混じって大きなお友達がひとり。

 浮き輪をつけたセーラー服の女子高生がひとり、何事かを喚きながら小学生に掴みかかっていた。


「――は?」



「われはこの星のモノではない。われは宇宙船から緊急脱出したのだ」


 首から下げたシュノーケリングマスクを弄いじくりながら、触覚みたいな髪の留め方をしたなんだかよく分からない自称宇宙人はそんな風にのたまった。

 

 ベンチに二人。

 

 今日から無職になった男と宇宙船から落っこちたと主張する宇宙人(セーラー服)。


「エノクロトがぶっ壊れて墜落だ。ちょっと寄ってすぐ帰るつもりだったのに、かなしい」


 なんで十一月に浮き輪?なんでシュノーケリング?口はひらっきぱなしだというのに言葉が後に続かない。

 唖然とはこのことか。


「シュノーケリングマスクなどではない。自動電脳総括相互伝達補助駆動じどうでんのうそうかつそうごでんたつほじょくどうだ」


 長い。

 というかそんなことはどうだっていい。


「なんの冗談だこれは」


 思わず頭を抱えてしまう。

 だってそうだろう。

 ここで頭を抱えなくてどこで頭を抱えろというのか。


 宇宙人の方はというと、水玉模様の浮き輪はどうしても体から離したくないらしく、相当窮屈そうな体勢で座っている。

 とりあえず聞くべきことはたくさんあるが、何から聞いたものやら。


「われはスイゾクカン。お前は何者か」


「あ?僕か?僕は――って何?お前今なんて言った?」


「だから、われはスイゾクカン。お前は何者かと聞いている、何者か」


 スイゾクカン。

 水族館、なんだそりゃ。

 宇宙人の名前に水族館ってなんだそれは。


「…水族館星人ってことか?」


 自分で言って自分で混乱してきた。


「スイゾクカンセイジンなる存在ではない。スイゾクカンだ、覚えよ」


 ふふん、と誇らしげに胸を張るスイゾクカン。

 ああ、もうそれでいいよ。

 好きにすればいい。

 君がスイゾクカンでもドーブツエンでも僕にとっては関係のないことだ。


「それで、お前は何者だ。答えよ」


「ああ、うん。僕ね、僕は――」


 本名を答えていいものか。

 数秒思考を逡巡させて、僕は名乗った。


「――僕は総理っていうんだ。よろしく」


「そーり。そうり、そうり?ぷ、ふふ、ひゃひゃひゃ。へんな名前だ」


 けらけらと、見ているこっちも楽しくなってしまうくらいいい笑顔でスイゾクカンは笑った。

 気に入っていただけて何よりだ。

 でもな、そいつは僕が小学生の頃に成りたかったモノの名前なんだぜ。

 そう笑ってやるなよ。


「それで、スイゾクカン。僕はもう帰ってもいいのかな?悪いけど僕は根性もお金もないんだ。ついでに自転車もスマホもない。困っているなら小学生とか僕みたいな役立たずじゃなくて国家権力のトコに駆け込んだらどうだろう。最悪ホルマリンだかなんだかよく分からない薬品に漬けられちゃうかもしれないけど、君はけっこう可愛いから見逃してもらえるかもよ」


 自分でもビックリするくらいスラスラとそんな言葉を吐けたのは、もうやけっぱちになっているからだろうか。

 失うものはもう命くらいしかないもの。

 そりゃやけにもなる。


「こっかけんりょく?つける?――?」


 だけどそんな言葉もこの宇宙人には全く届いていないようで、やれやれと肩を落とすことしかもう僕にはできない。


「そうりが何も持ってない根性なしだということは理解できた。かわいそう」


「そいつはどうも」


 やれやれ。

 そもそも僕はこの星の人間ともうまくやっていけないのだ。

 異星人(実際スイゾクカンが本物の宇宙人だとはこれっぽっちも思っちゃいないが、今は宇宙人ということにしておく)と相互理解なんてできるわけがねーのである。


 大体、これでほんとに宇宙人だったら僕はどんな反応をすればいいのか。

 社会のしがらみから抜け出すために、いっそ宇宙に連れて行ってもらおうか。

 この星ではダメだけど、どこか他の惑星なら変われるんじゃないか。

 環境が違えば僕だって何かできるはずじゃないのか。


「急に黙ってどうした、そうり」


「あー、うん、なんでもない。それでお互い自己紹介は終わったわけだが、スイゾクカンは僕に何をさせたいんだ?」


 立ち込める現実逃避の雲を払うように、素直な疑問をぶつけてみた。

 するとスイゾクカンはすっとベンチの上に立ち上がり――やけにファンシーな浮き輪が僕にぶつかって――どこか遠くを指差してこう言った。


「われを宇宙船のもとまで連れて行くがいい」






 セーターみたいな名前の博士が昔々に、UFOとそれに関係するものを目撃もしくは接触した場合の分類をしたらしい。

 僕も高校時代の友人から聞いた話だから詳しく覚えてはいないのだが、確か第九種まで分類分けされていて、僕が今やってる「人類と異星人が直接対話を行う」って行為はたしか第五種くらいにあてはまるのではなかったか。

 

 すごいな僕。人類初の快挙じゃないのか。

 

 他にもロズウェルがどうとかNASAがどうとか言っていた気がしたがよく思い出せない。

 多分話半分に聞いていたせいだ。

 宇宙人に会うとわかったいたらもっと真面目に聞いていたのにな。


「そうり、何をしている。われは急ぐ」


 ぱたぱたと子供のように地団駄を踏むスイゾクカン。

 微笑ましいな宇宙人。



「はいはい、わかってるわかってる。ちょっと重力にやられてたんだ」


 浮き輪を装着したまま離そうとしない自称宇宙人の要求は「宇宙船が墜落した場所まで案内してほしい」というものだった。


 僕だって実際にそこに行ったわけじゃないし、墜落現場を見たわけでもない。

 そう伝えたのだけど、スイゾクカンは「大体の場所は把握している。そこに至るまでの道案内をすればいい。それにこの星のモノを同行させておけば動きやすくなる」と得意満面に返答してきた。


 要するに僕はナビゲーター兼隠れ蓑か、そりゃ光栄なことで。

 報酬は期待できないが精一杯頑張るとしよう。


「って、なんで僕はやる気になってるんだか」


 まぁ、どうせやることもないし。

 この奇天烈な宇宙人の狂言に付き合ってみるのもまた一興、というやつだ。

 無職から一転、宇宙人の現地ガイドをすることになるとはね。


 どこか急かすような秋の風に背中を押され、随分と身軽になった僕は歩みを早めた。



 

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