最終話
長い旅の途中、彼らは暫しあるオアシスに滞在した。
その地において、老人は彼に従ってきた女の一人が身籠っていることを知った。
来る者は拒まず、去る者は追わず、決して歩みを止めることなくここまで一行を率いてきた老人であったが、やはり身重になった女までも置き去りにして旅立つことはできなかった。
「神の啓示によれば、この地こそが我らに与えられし新たなる大地である」
迷いに迷ったあげく、老人はみなに告げた。
ただ漠然と美しく豊かな大地を想像し、ひたすら老人を信じてついてきた者たちの失望はたとえようもないが、「御神託」に逆らうほどな勇気はなく、老人に従ってこの地を切り開く決意を固めた。
砂漠の中の、小さな泉のほとりであった。
未開のオアシスを、生活可能な村に造り替える作業は、旅の苦しさをもはるかに凌ぐ困難をともなった。
老人はいよいよ心を鬼にして人々を指導せねばならなかった。
老人を含め、帝国の繁栄を享受してきた彼らの多くは開拓の経験がなく、幾度となく失敗を積み重ねた。
その結果、老人を信じきれなかった何人かは、さらに西を目指して旅立って行った。
「この土地を信じなさい」
老人の言葉には、もはや拘束力はなかった。
人々は自身の積み重ねた新たな経験に従って行動し、去る者は去り、残った者も老人の指導を仰ごうとはしなくなった。
そして、老人は指導者の地位から去った。
(託宣にあったように、あれからほどなく帝国は滅び、街も廃墟と化したという。だが、儂は約束の地へたどり着くことが出来なかった。もし、あの時妊婦を見捨てて西へ向かっていたら、果たして到着していたのかもしれぬ。しかし、その地で本当に誰もが幸福な暮らしを営めたかどうか?)
老人は、さきほど噴水のほとりから運ばれてきた時何故嬉しいと感じたかを理解した。
それは、老人が村の指導者となって以降、他人を頼った初めての行為だったからだ。
村の有力者に見守られ、やがて老人は息を引き取った。
旅路の果て 令狐冲三 @houshyo
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