そんな時代
柴野 メイコ
時代
「もう本当に
母さんが大げさなため息をつきながら言った。
「もう何回も聞いてるよ」
僕はまだ熱いコーヒーを口にし苦笑いを浮かべた。
「あ、私明日のことで
妹の
瑛奈うまく逃げたな、僕は心の中で呟いた。
バラエティ番組に出ていた俳優が
「2020年だったんで修学旅行に行けなかったんですよ〜」と話していたことがきっかけだった。
僕は2020年11月生まれ、瑛奈は2022年9月に生まれた。
いわゆるコロナ禍の世の中だった。
母さんはテレビなどでコロナの話題が出るたびに
「立ち会い出産できないのは当たり前、それどころか面会も制限されてたし。ママは地元だったから良かったけど、感染しないために里帰り出産をせずに頑張った人も多くてね。
コロナにかからないように児童館に行くのもやめて、公園にしか行けなかったわ。
そこでも他の子たちと交流しないようにしてね、大変だったのよ。そのせいか晃くんは友だちができなくて言葉も遅くて、それも心配だったし。
夏場に外を歩いたら表面温度なんてすぐ上がるから検温も大変でねー」と話し始める。
でも、児童館は感染対策がされていたと聞いたことがあるし、母さんが過剰に怖れていただけじゃないのか?と思うことも多々ある。
僕は幼稚園に通い出すと友だちもでき、喋るようになったらしい。
このようにコロナが大変だった、と話すのは母さんに限ったことではない。
その時代を生きてきた全ての人が、何かしらの我慢を強いられ、耐えて頑張ってきた。
僕の中学時代の担任も先ほどの俳優と同じく2020年に学生で、体育祭や修学旅行といった行事という行事が全て中止になってしまった。
なので、事あるごとに「君たちは恵まれている。信じられないだろうか、これは当たり前のことじゃないんだ。精一杯楽しんでくれ」と言っていた。
コロナは2023年に収束した。
集団免疫ができた事と、国内ワクチンの開発、特効薬が出来て重症化が減ったこと、ウイルス自体が弱体化していったことが要因だと言われている。
なので、僕は物心がつく前だったので、コロナ禍を知らない。
行動制限も、毎朝の検温も、感染者数の報告のニュースも知らない。
ただ、節目節目でニュースが「コロナ禍に生まれた子どもたちが入学しました」などと報道をして当時の映像を見ているので、ああコロナって大変だったんだな、と思い知らされる。
2043年現在、コロナは収束ではなく、ほぼ終息しており、旅行も外食も自由にできる。
マスクをして歩いている人は殆どおらず、(殆どなのは、マスク生活が楽だ、という人も結構いるからだ) 病院の面会はもちろん出来るし、結婚式も行える。
瑛奈は来月結婚する。
まだ早いんじゃないか?とも思ったが僕がどうこう口出しすることではない。
相手の諒平さんは僕より3歳上で、まだ写真でしか見たことがない。瑛奈によると、とにかく温厚な人ということなので、良かったと思う。
出身は県外で、就職でこちらにやって来て瑛奈と知り合ったらしい。
明日、諒平さんの両親が遊びに来るので、せっかくなので食事でも、と誘われたのだ。
僕は現在、実家から車で30分ほどの所で気楽な一人暮らしをしている。
普段、貧しい食生活なので美味しい外食は有り難い。
明日、直接店に行くつもりだったが
「お兄ちゃん寝坊するから前日から実家に帰って来て一緒に行くよ!就活の面接も寝坊してたでしょ!」と瑛奈に言われてしまい、わざわざ前日から実家に戻って来ているのだ。
僕はぬるくなったコーヒーを飲み干し、冷凍庫から取り出したアイスをかじった。
「母さん、明日の食事会ではコロナの話せんでよ」
「分かってるわよー。明るい話をしなきゃね」
「そうそう。希望の話をね」
リビングの扉が開き、瑛奈が戻ってきた。
「あ、お兄ちゃんばっかりアイスずるい」
「食べれば良いだろ」
「結婚式終わるまでは我慢してるの!」
瑛奈が怒り出しそうなので、僕は自室へ退散することにした。
部屋へ戻る途中で両親の部屋を覗いてみた。
父さんがアルバムを見ながら涙ぐんでいた。
娘の結婚が迫りセンチメンタルになっているらしい。
色々な思い出が蘇っているのだろう。
でも、今からこれじゃあ式当日は大号泣だろうな。
僕は荷物の少なくなった自室で、昔ながらのラジオをつけてみた。
中島みゆきの時代が流れている。
令和生まれの僕が聴いても良い歌だとしみじみ思う。
コロナ禍を経験した人たちは健康で暮らせることが素晴らしいと知っている。
生きていれば困難も喜びもある。
頑張ることも大切だし、頑張り過ぎても良くないことも知っている。
人生って色々あって、大変だけど、誰かがいれば何か心の支えがあれば何とかなることも多いよな。
僕は殊勝にも妹、家族の幸せを祈りながら歌に耳を傾け続けた。
そんな時代 柴野 メイコ @toytoy_s
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