#017 幕間:芹沢留美 「私の新しい家族」

 私の名前は芹沢留美、子供の頃の夢は声優⋯⋯だった。


 昔の私はアニメや漫画が好きな普通の女の子だった。

 今ではもうほとんどタイトルも思い出せない作品ばかりだけど、その作品だけはやけに思い出に残った。


 サーカスで働く少女が発明好きの少年と出会って大冒険をするというものだった。

 その作品から感じた夢や感動を私は忘れられない。


 でもそんな私は中学の3年間はバスケに打ち込んだのだった。

 これは別の漫画の影響だ。

 印象深いシーンの数々と名セリフに魅了されてバスケなら自分でも出来るし、実際にプレイしてたらあの気持ちが味わえるかも⋯⋯そんな不純な動機だった。


 私は主人公よりも好きだった脇役のプレイスタイルの真似をして3Pシューターになった。

 才能はあったのかもしれない、2年の頃には『シャープシューター』なんて二つ名がついていて密かに嬉しかったのだ。


 だが3年になった頃にはバスケ自体への情熱は冷めていった。

 結局チームは県大会準優勝が精いっぱいで、私個人はその大会で得点王を取ったけどチームを勝たせることはできなかった。


 中学3年生の夏で私のバスケは終了になった。

 高校の進学はバスケでの推薦なら引く手あまただったけど、どこも家から遠かったので結局近所の強豪でも何でもないエンジョイバスケ部しかないような高校へと入学を決めたのだった。


 私は自分でも驚くほどバスケへの興味がなくなった。

 これからどうしよう?

 そう思った時、私は自分の原点だった『声優』を目指す事にしたのだった。


 高校が終わった後の夜でも授業を受けられる養成所を見つけて願書を出した。

 結果は採用、こうして私は早々に自分の進路を決めてしまったのだった。


 養成所には特別に前倒しで中学3年の秋に入れた。

 なんでもここの事務所は決まった形式にとらわれて才能の輝きを見逃すのが嫌らしい。

 本物の天才はイレギュラーなキャリアを積むことが多いからだそうだ。

 でもそれは私にとって都合のいいことで、私は夢だった声優への道を一足早く歩き始めたのだった。


 しかしそれが始まって暫くした頃に母が倒れた。

 これまで女手ひとつで私を育ててくれた優しい母だ。

 母は入院する事になった、いろいろ検査があるみたいで。


「お母さんの事は気にせず留美はしたい事をしなさいね」


 そう母が言ってくれた事は嬉しかったが、私はこのまま声優になる事は出来ないと感じたのだ。

 高校の授業料と養成所の授業料、さらに母の入院費まで払う⋯⋯予算オーバーだった。


 そこで私は養成所にやめる相談をしたのだった。

 すると私は別の部署の人と会う事になった。


「初めまして芹沢留美さん。 私はVチューバー事業部の管理をしている木下と言います」


 これが私とマネージャーの木下さんとの出会いだった。


 木下さんの話では今年になってVチューバー事業部を立ち上げたらしい。

 しかしまだまだタレント不足で手探り状態らしい。

 そして私に「Vチューバーをやってみないか?」とのお誘いだった。


「Vチューバ事業部としては固定の給料を支払いますし、より多くのファンを獲得できればさらにボーナスも──」


 魅力的な提案だった。

 声のお仕事を続けられて即ギャラが出るのはありがたかった。


「もしも芹沢さんが声優への道を諦めたくないのなら、Vチューバーとしてのキャリアが役立つかもしれませんよ?」


 この事務所にはもともと声優科があって、その後Vチューバー事業部が創設されたのだから当然と言えば当然だった。


 こうして私は夢であった声優ではなくなったが、Vチューバーとしてデビューする事になった。

 それが中学3年の年末の事だった。


 年が明けて受験も終わった私はVチューバーの研究を始めた。

 存在自体は知ってはいたけどあんまり興味ない世界だったから⋯⋯。


『異世界帰りのVチューバー、ネーベル・ラ・グリム・紫音のチャンネルへようこそ、眷属たちよ!』


 ここまでしないといけない世界なのか⋯⋯。

 当時の私はこのVチューバーが他社の所属で、しかも特殊な部類だという事まで知らなかった。

 たんにニコチューブで再生回数トップの人を参考にしようとしただけだった。


 これは全力でやらないと生き残れない⋯⋯。

 そう私は覚悟を決めたのだった。


「新人Vチューバーのルーミアだ! にゃん♪」


 その研究した私のキャラクターは木下さんをはじめとするスタッフの協議の末に⋯⋯採用となった。

 クスリとすら笑わず淡々と演技指導や駄目だしするスタッフに、私はプロの本気を感じたのだった。


 なお後日、木下さんからは⋯⋯。


「あの時はリアクションに困ってね。 だって芹沢さんは真面目そうだったのに⋯⋯って」


 ⋯⋯早まったかな?

 こうして私のVチューバーデビューが決まったのだ。


『皆さん初めまして。 今夜デビューする新人Vチューバーのルーミアです⋯⋯にゃん♪』


 それからの3か月はあっという間だった。

 時々母の入院している病院へ行ったりしながらもレッスンを続けて、Vチューバー活動もこなしたのだった。


 もともと思い描いていた夢ではなかったが、それでもこれはこれで楽しくやりがいがあった。


 ただ⋯⋯この猫耳はやり過ぎだったと後悔はしている。

 リアルバレだけは避けようと私は決意したのだった。

 恥ずかしくて死んじゃうから⋯⋯。


 こうして季節は春になり⋯⋯私の高校生活が始まった。


「じゃあ行ってくるね母さん」


 母への入学の報告は電話越しだった。

 母の入院はまだまだ伸びそうとの事である。

 早くよくなってほしい。


 高校生活にVチューバーと2つの生活は大変だったけど、1月もすると慣れてやっと落ち着いたのだった。


「この学校、図書室があるのか⋯⋯」


 まあ当たり前だけど私は趣味にはお金をかけたくはなかったので、無料で利用できる図書室には興味があった。


 あった!

 その本は前から読んで見たかった本だった。

 ジュールヴェルヌ原作の本で、昔見たアニメの原案にもなった作品である。


 買ってまで読む気はなかったが、こうしてタダで読めるこの図書室はやっぱり素晴らしい⋯⋯。

 そう思って手を伸ばした時だった。


 その男の子と手が重なってしまったのは──。

 私は驚いた⋯⋯それは相手も同じだったみたいだ。


「ごめんなさい」


 彼は無言で手を引く⋯⋯どうやら私に譲ってくれるらしい。


「⋯⋯いいの? 貴方も読みたかったんじゃないの?」

「⋯⋯どうぞ」


 彼の声はなんか変だった。

 コミュ障の陰キャみたいな独特のキョドったような感じかな?


「ありがとう、じゃあお先に読ませて頂くわ」


 でもいい人だとは思った。


 それから本を借りてクラスに戻った時にさっきの彼が同じクラスメートだと知った。

 ⋯⋯覚えていなかった、だって全然目立たないし、彼は。


 きっとこれから先、彼とは話す事もないだろう。

 その時はそう⋯⋯思っていた。


 その日、私はついにバスケをしていた事がバレてしまった。

 まあ隠す気はなかったけど⋯⋯。


「私にはそんな事している暇はないのよ⋯⋯」


 体育館を見つめながら私はそう思った。

 だってもっと楽しい仕事が私にはあるんだからと。


 学校の帰り道にコンビニで買った安いお弁当をさっさと食べて、私は配信の準備をする。

 結局図書室で借りた本は1ページも読んではいなかった。

 寝る前にでも読もう⋯⋯その時はそう思っていた。


 今夜の私の配信は同じ事務所のVチューバー達とのコラボでのゲーム参加だった。

 今夜するゲームは『宇宙人・牢』とかいう鬼ごっこみたいな殺し合いの変なゲームで、何度かしたゲームではあった。


「さーて、今夜も殺りますか♪」


 私はパソコンを立ち上げてヘッドホンを身に付けた。


 5・4・3・2・1・0!


「みんな―、今夜もルーたんに会いに来てくれて、ありがと──!」


 我ながらすっかり慣れてしまったいつものあいさつで、今夜の配信は始まった。

 それがあんな事になるなんて⋯⋯。


『信じてるからねエイミィ!』


 そう言いながらマロンさんはそのエイミィさんに殺された!

 私も大爆笑である。

 しかしそれもつかの間、第2ゲームのインベータ―は私だった。


「今度は誰よ! 誰も私に近づくんじゃないわよ!」


 そう一応牽制しておく。

 私はこのゲーム殺す方はあんまり得意じゃないし⋯⋯。


「死んで頂戴、マロンさん♪」

『あ──っ! お・ま・え・か──っ!』


 しかしその時は運が私に味方した!

 私は初めてこのゲームでインベータ―としての勝利を得たのだった。

 すると私のコメント欄がざわつきだした?


【アリス:10.000円 初勝利! おめでとう! ルーたん!】


 どうやらコレが原因らしい⋯⋯。


 最近デビューしたばかりの後輩Vチューバーだ。

 現在私にとって唯一の後輩でもある。

 ちょっと嬉しい⋯⋯。


【アリス:みんなもルーミアちゃんを応援してね!】


 結局そのアリスの機転なのか天然なのかはわからないけど、特に大ごとにはならなかった。

 いつかこの子ともコラボしてみたいな⋯⋯と、素直にそう思えた。


 それにしてもこの子のアバター胸がないな⋯⋯。

 たいていリスナーを釣る為にもっと盛るもんなんだけど?


 私の『ルーミア』は⋯⋯あんまり盛ってないけど⋯⋯。

 だって虚しいしね⋯⋯。

 このアリスって子とは気が合いそう⋯⋯仲良くなれるだろうか?


 それから暫らく経った時だった。


 ジリリリリリリリリリ──

 と、サイレン音が流れ始めたのだった。

 私はヘッドホンをしていて気づくのが遅れた!?


 アパートのドアがドンドンと叩かれている!?


「え! 嘘!? ごめん落ちます!」


 ドアを叩いていたのはこのアパートの管理人で火事になったと言う。

 私はネコ耳フード付きの寝間着姿のままで家から脱出する事になった。


 その時置きっぱなしにしていた図書室で借りた本が目に入った。

 あ⋯⋯この本、ちゃんと返さないと。


 我ながらその時はどうかしていたのだろう。

 結局私は炎上するアパートを見つめながらその本だけを抱きしめていたのだった。


「スマホもお財布も無い⋯⋯こんな本だけ持って私何やってんだろ⋯⋯」


 気が動転すると自分でも信じられない事をするものなのだろう⋯⋯。

 そう思いながら私は駆けつけた消防士の消火作業を見続けたのだった。


 無事鎮火したのは夜中だった。

 私はその時はパトカーの中で寝させてもらっていた。


 朝起きてみるとアパートは半壊していた⋯⋯。

 幸い私の住んでいた部屋は無事らしいが、まだ危険なので入る事は禁じられたままだった。


「お財布⋯⋯スマホ⋯⋯お母さん⋯⋯」

 全て手元になく私はこの世界で一人ぼっちになったような気持ちになった。


「芹沢さん?」


 そんな私を呼んだのは昨日会っただけのクラスメートだった。

 私は驚いて自分が恥ずかしいパジャマ姿だという事すら忘れていた。


「⋯⋯芹沢さん」

「⋯⋯え、私?」


 コミュ障の彼はなんか精いっぱいに私に声をかけようとしてくれていた。

 ⋯⋯しかし諦めたらしい。


「⋯⋯これ」


 彼は作ったばかりと思われるまだ暖かいお弁当を私に手渡してくれた。

 そして返事も聞かず立ち去ろうとした⋯⋯。


「待って⋯⋯、 ありがとう。 昨日、図書室で会ったよね?」


 そう言いながら私は持ったままの本を彼に手渡した。

 あのジュールヴェルヌの本だった、きっと彼も読みたかったあの本を。


「君のほうから先生に渡してくれると助かるの。 ⋯⋯今日はもう学校へは行けそうもないから」


 我ながらどうかと思う。

 お弁当のお礼が雑用を押し付けるだなんて⋯⋯。


「わかった」


 でも彼は気を悪くした様子も無かった。

 そんな彼を私は見送った。

 ほんのりと暖かい彼のお弁当を抱えたままで。


 一人ぼっちになったと思った私はまだ誰かとの繋がりがあったことに⋯⋯ただ、嬉しかった。


 それから貰ったお弁当をすぐに食べる事にした。

 自分がまだ生きているんだって思ったらお腹がすく、しかも大好きな唐揚げ弁当である!

 昨日コンビニで買った唐揚げ弁当とは格が違った!?


「美味しい⋯⋯これ!?」


 塩味と醤油味2つもあって手が込んでいた。

 久しく食べていない母の手料理を感じさせる。

 男の子用の量が多めだったのに、すぐ完食してしまった。


 それを食べ終わった頃に真っ赤なスポーツカーが走ってきた。

 乗ってきたのは木下さんだった。


「芹沢さん! 無事だったの!?」

「木下さん!」


 その現状を見て木下さんはすぐに事情を察してくれた。


「ちょっと待っててね」


 そう言って木下さんはスマホで連絡する⋯⋯誰にだろう?


「話はついたわ。 この近くに知り合いがいるからそこに行きましょう」


 そう言って私たちは歩いて5分も離れていない新築のタワーマンションへとやって来た。

 火事の後だからだろうか? 昔テレビで見た大型ビルの火災からの脱出映画を思い出す。


 そんな事を考えていると私たちはある部屋までやって来た。


「さあ入りましょう」

「あの⋯⋯ここ、誰の家なんですか?」


 その答えはすぐにわかった。


「いらっしゃい木下さん。 それに⋯⋯あんた大変だったわね、ルーミア」


 その裏表のない声ですぐにわかった!


「マロンさん!?」


 なんとここは同僚Vチューバーのマロンさんの自宅だったのだ。


「こんな近くに住んでいたなんて、知らなかった⋯⋯」

「引っ越したのは今月からだけど?」


 そう言えばそうだった、そのせいで先月のマロンは配信回数が少なかったのだ、おかげでこっちは稼がせてもらえたのだ。


「という事はここはアリスも住んでる?」

「そうよ、あの子は今学校だから帰ってきたら会えるわね」


 学校? 学生なのアリスは!?


「とりあえずお風呂使っていいよ。 なんか焦げ臭いし⋯⋯」

「ありがとう⋯⋯マロンさん」

「真樹奈よ。 私の名前は栗林真樹奈、留美って呼んでいいよね? 私の事は真樹奈でいいよ」


 本当に配信のままの彼女だった、私みたいにキャラを作っている訳じゃない自然体でおおらかな人だった。

 そして私はお風呂を使わして貰ったのだった、それがあんな事になるなんて思わなかったけど⋯⋯。


「あの⋯⋯真樹奈⋯⋯さん? これ使っていいのですか?」


 真樹奈さんが用意してくれた服を着てもいいのか、確認の為にバスタオル1枚で浴室を出たのが間違いだった⋯⋯。


「ただいま──ねえ⋯⋯さん?」

「え⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯あ」


 見られた⋯⋯ハダカをミラレタ⋯⋯男の子に!?


 その男の子を真樹奈さんは追い出した、その隙に私は真樹奈さんの服を着たのだった。

 ⋯⋯ちょっとブカブカだったけど、スタイルいいな⋯⋯真樹奈さんは⋯⋯くっ!


「なんでこんな時間にここに居るの、アリスケ!」


 再び部屋に入ってきた男の子⋯⋯今朝お弁当をくれた彼は真樹奈さんに尋問されていた。


「いや⋯⋯弁当を無くして、昼を食べに戻ってきて」

「⋯⋯」


 その理由を作った私が怒るわけにもいかない⋯⋯。

 この事は忘れよう⋯⋯そう思った。


 そして驚愕の事実が判明したのだ!


「留美、ソレが『アリス』よ」

「ちょっと姉さん!?」

「ふぇっ!?」


 そして私の事もバレた⋯⋯。


「⋯⋯ルーミアちゃんなの?」

「⋯⋯その、絶対誰にも言わないで、お願い」


 もう何が何だかわからない⋯⋯。


「その初めましてルーミア。 ボクがアリスです」

「え⋯⋯え。 どうなってるの? クラスメートが栗林さんの弟で⋯⋯その子がアリスで⋯⋯イヤでも、男で⋯⋯え? え?」


 思考がまとまらない⋯⋯脳が真実を拒む⋯⋯。

 でも彼の口から聞こえる声は確かに動画から聞こえる『アリス』の声で⋯⋯。

 でも彼が私の秘密を学校で絶対にしゃべらない事だけは信用できたのだった。


「⋯⋯だったらここに来る?」

「え?」


 そのアリスケ君の発言で行く当てのなかった私はここに居ていいという事になった。

 本当に良いのだろうか?


「芹沢さんがここは嫌だって思うかもしれないけど、それでも新しい家を見つけるのは時間がかかるでしょ? それくらいならここで我慢できるよね?」


「アリスケあんた⋯⋯。 いいわよ留美、ここに居ても」

「⋯⋯ホントにいいんですか?」

「ここ学校と近いし、高速ネット回線だし、完全防音だけどね。 それでいいなら」


「⋯⋯ありがとうございます」


 私は泣いてしまった。

 何もかも無くしたと思っていたのに、こんな幸運に巡り会えたのだから。


 それからアリスケ君は学校に戻り、私は真樹奈さんと一緒に買い物に行く事になった。

 木下さんは色々な手続きを私に代わってしてくれるためここで別行動になった、本当に感謝しかない。


「こんなにいっぱい服を⋯⋯あとでお金はちゃんと支払いますから」

「いいのいいの! こうして女の子とショッピングなんて最高の娯楽だしね!」


 いい人だな⋯⋯真樹奈さんは。

 でも人を着せ替え人形にして楽しんでるよね、絶対これ!?


 こうして私の新生活の不安はアリスケ君だけになった。

 なにせその正体は男の子なのだ、しかもクラスメートの。


 そして長い買い物から真樹奈さんの部屋に戻るとアリスケ君が料理をしていた?

 どうやらこの家での家事は彼の仕事らしい⋯⋯。

 え⋯⋯待って、じゃああのお弁当作ったのって?

 自分と同い年の少年があのおふくろの味を作る違和感に驚愕する。


 栗林⋯⋯有介⋯⋯君。

 彼はどんな子なんだろう?

 じっと、そんな風に彼の事を見ていたら──。


「あげないわよ」

「ち、違います!」


 女としての直感で私は真樹奈さんに何を釘を刺されたのかしっかりと理解していた。

 確かに優良物件だったアリスケ君は⋯⋯優しいし料理も上手いし。

 でも⋯⋯それだけ! それだけなんだから!


 その後のアリスケ君とはあまり上手く話せなかった、⋯⋯意識しちゃって。


 そしてアリスケ君は配信の為自室に戻った。

 こうなると本当に彼がアリスなんだって実感が湧いてくる、今更だけど。


 こうして私は真樹奈さんとリビングで二人っきりになった。

 なんか緊張感が重い⋯⋯。


「ルーミア、あんた今からアリスとコラボしてきなさい」

「え? 何でですか?」

「⋯⋯あの子、アンタのファンなのよ」


 うん⋯⋯それは何となく知っていた。

 1万円も貢がせたんだし⋯⋯。


「アリスケ君⋯⋯入っていいかな?」

「芹沢さん?」


 私は男の子の部屋に入るなんて初めてで⋯⋯緊張した!

 そして二人っきりの密室で初めての⋯⋯コラボ配信を始めたのだった。


「じゃあ⋯⋯よろしく『ルーミア』」

「こ⋯⋯こちらこそ『アリス』」


 なんか私たちはソワソワしながら準備を始めるのだった。


 彼のパソコンのUSB端子に『ルーミアわたし』が接続された。

 それによってルーミアの3Dアバターが画面に表示される。

 不思議なものだ、そうする事で私たちは同じ時と場所にいるんだって強く思えたのだ。


 5・4・3・2・1・0!

 今夜の配信が始まった!


 リスナーには私の登場は驚かれたけどすぐに馴染めた。

 そしてアリスとのコラボゲーム配信が始まり──終わった。


 アリス⋯⋯ゲームうまい!?

 それが一番の感想だった。


 私のゲームの腕前はキャラ作りの演技でも何でもなく、ただ下手である。

 それとの差は歴然だった。


 ゲームが得意なアリスを。

 いつも無口で料理が得意なアリスケ君を。

 ⋯⋯私は知った。


 クラスのみんなもリスナーの人たちもどっちかしか知らない、その全てを私は知った気になる。

 それは優越感にも似た高揚感だった。

 今だけこの子を独り占めしているのだ、私が。


 ゲームが終わった後も時間を忘れてトークは続いた。


「じゃあ今夜はこのへんで!」

「みんな! ばいにゃん!」


 こうして今夜の配信は無事に終了したのだった。


「あははははっ! おかしすぎる! アリスケ君が大真面目にあんな声で、女の子喋りで⋯⋯」

「そんなに酸欠になるほど笑っててもいいの芹沢さん? ⋯⋯あれだけ痛い『にゃん』とか言ってたくせに⋯⋯」


「私はセーフよ、可愛いから! でもアリスケ君のは完全にアウトよ!」

「ほう⋯⋯ボクと芹沢さんにそんな差があるのですか?」

「もうやめて⋯⋯」

「だったら『降参にゃん』って言ってよ」

「⋯⋯降参にゃん」


 そんな私たちを真樹奈さんは見ていた⋯⋯。


「⋯⋯あんたら、配信終わってるのに何やってんのよ?」


 もっともだった⋯⋯。


 それから私は真樹奈さんとお風呂に入る事になった。

 それがアリスケ君には聞かれたくない話があるのだろうと、何となく私は察した。


「アリスケ──っ! バスタオル忘れた!」


 もう服を脱いでいるのにアリスケ君を呼びつける真樹奈さんには驚いた!?

 慌てて私は先にバスルームに入って隠れる。


「ここに置いとくよ姉さん」


 そう言ってアリスケ君は居なくなった⋯⋯。


「いやーごめんごめん留美」

「⋯⋯いえ、ここに厄介になるのだからこれからはこういう事にも慣れます」


 はたして慣れるのだろうか?


 すると真樹奈さんは打って変わって真剣に話し始めた。


「あの子さ⋯⋯あんな声でしょ? だから今まで親しい友人ってのが居なくてさ」


 たしかに苦労したんだろうとは思う。

 あのクラスでの孤立っぷりを知っていると⋯⋯。


「だからアリスケの事をよろしくね留美」

「はい⋯⋯」


 私は有介君にたくさん貰ってしまった。

 何かを少しずつ返していきたい⋯⋯。


「それとさ⋯⋯私」

「⋯⋯なんです?」

「ずっと妹が欲しくてさ」


 そういえばマロンは配信でそんな事を言っていた記憶がある⋯⋯。


「『おねえちゃん』って呼んでもいいよ、留美!」

「⋯⋯お断りします」

「えーなんでよ! 減るもんじゃないしいいでしょ、それくらい!」

「減るもんじゃないけど、ヘルモードなんですよ!」


 私はだんだんこの真樹奈さんがめんどくさい女だって気づき始めていた⋯⋯。

 でも、もっと前からとても優しい暖かい人だってのは、もう知ってた。


「これからよろしく。 真樹奈⋯⋯おねえちゃん⋯⋯」

「いま言った? 言ったよね留美! おねえちゃんって! もう一回!」

「幻聴です、言うはずないです真樹奈さん!」

「いいじゃん! ケチ―!」


 私は一人っ子だった。

 お姉さんが欲しいと思った事は無いが⋯⋯真樹奈さんなら悪い気はしない。

 じゃあアリスケ君は弟かな? それとも妹?

 なんかおかしな想像をしてしまった私だった。




 それから数日間、私は学校を休んで身辺整理を終わらせた。

 パソコンは壊れてしまったけど外付けハードディスクルーミアのデータは無事だった。 

 新しく事務所に買ってもらったニューパソコンにハードディスクを繋いで絶賛稼働中である。


 そうして私はアリスケ君とお揃いになったパソコンに優しく話すのだった。


「これからもよろしく、もう一人の私ルーミア


 ── ※ ── ※ ──


「みんなーこんばんにゃー! ルーミアだよ! 無事に引っ越し終わったにゃん!」


 使い魔ファンのみんなもちゃんと待っててくれた、私の事を。

 それがどれだけ素晴らしくありがたいか、ちゃんと確かめることができた。


 しかもアリスとのコラボのせいか、今までにないファン層が流入してきたのかも?

 若干チャンネル登録者数が増えたのだった。


 ── ※ ── ※ ──


 こうして私のこれまでとは全く違う新しい日常が始まる。

 前のボロアパートの回線とは違ってここは快適そのものだった。


 ん? アリスケ君と学校ではどうなのかって?

 彼とは全く話さないな⋯⋯学校では。

 だって彼はプロのボッチだし⋯⋯。


 でも家では遠慮なく喋るようになったかな?

 まるで姉弟みたいに⋯⋯いやどちらかと言うと姉妹なのかな?

 よくわかんないや。


 でも二人揃ってワガママな姉に振り回される同志には⋯⋯なれたのかな?


◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆


こんばんはルーミアです。

私のチャンネル『ルーミアの耳と尻尾のソサエティー』へようこそ。

チャンネル登録してくれる方はそこのフォローを押して私の『使い魔』になってください。

そしてたくさんの☆☆☆を私に捧げるのよ!


アリス「『使い魔になる!』そう思った時にはすでにチャンネル登録は終わっているのだよ諸君!」


もうアリスったら⋯⋯///


https://kakuyomu.jp/works/16817330649840178082/reviews

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