#014 迷い猫の行く先
僕は焼けたパンにバターを塗って砂糖だけをまぶして食べる。
そしてそれを牛乳で胃に流し込む。
雑だけど時間も無いし仕方ない。
「なんか見てたら無性に食べたくなるパンの食べ方ね、それ」
姉さんがもう1枚のパンを狙っているが僕は死守する。
「まだパンなら残っているから後で自分でやってよ、姉さんでもパンくらいは焼けるでしょ?」
「⋯⋯っち」
ホントにズボラでいやしい姉だな、慎み深い芹沢さんと同じ女性だとは思えない。
そんな僕ら姉弟の素の会話を聞いてようやく芹沢にも理解できたようだった。
「⋯⋯ホントに『アリス』なんだ、あなたが」
「はいボクがアリスです。 それにしてもボクの事知ってたんですね、ルーミアは」
「そりゃね⋯⋯同じ事務所の後輩だし、そのデビュー動画くらいはチェックするわよ」
なんて光栄な事なんだろう、ルーミアにわざわざ見てもらえていて声まで覚えていてくれたなんて。
「まさか男だとは思わなかった⋯⋯」
「だから普段は地声では喋らないようにしているんだよ」
「そっか⋯⋯だからあなた普段はボッ⋯⋯、誰とも話そうとしなかったのね」
「ボッチでいいですよ事実だし、それにたいして気にしてないし」
それにしてもあの芹沢さんがルーミアだったなんて驚きだ。
「芹沢さんの場合はルーミアの方が作り声なんだね?」
「別に声を作ってるわけじゃなくて⋯⋯キャラを作っているというか⋯⋯テンション上げると自然とああなる⋯⋯というか」
なるほど⋯⋯それであんなキャラなのかルーミアは。
ルーミアは猫耳獣人の魔女っ子である。
少しばかり尖ってて香ばしい⋯⋯いわゆる中二的なキャラだ。
パッションな子なのにクールを演じているようなところが魅力だ。
「ルーミアはけっこうなオタクだと思っていたけど、学校での芹沢さんからはそんな気配は感じなかったな」
「それは学校ではわきまえるわよ」
納得だ。
僕の様に教室で堂々とラノベを読むようなボッチとは違うわけだ。
そして話は本題に入る。
「芹沢さんの家が燃えたから、ここに避難しているの?」
「正確には隣の家が燃えたんだけど⋯⋯もう住めないわね、あそこは」
それはそうだな。
木造家屋のアパートの3割くらいが無くなっているのだから。
「これからどうするの、芹沢さん?」
「⋯⋯どうしよう」
芹沢さんはホントに落ち込んでいる。
「たしか芹沢さんのお母さんは入院中て言ってたよね、他の家族は?」
「よく知ってるわね⋯⋯って、昨日の話を聞かれていたのか。 ええ母は今は入院中で、あそこには今は私だけが住んでいたのよ」
父親や他の兄弟の事を言わないところをみると複雑なご家庭らしい。
「それで焼けたアパートの前でボーっとしてたら木下さんが来てくれて⋯⋯スマホも家の中に置きっぱなしだったから連絡も出来なくて困ってて、助かったわ」
「そっか、それで木下さんは一番近いここに連れてきたのか」
「そういう事よ」
そう木下さんも説明してくれた。
「芹沢さんは行く当てあるの? 親戚とか?」
「あったらこんなに困っていないわ」
「⋯⋯だったらここに来る?」
「え?」
僕の発言に周りが固まる⋯⋯そんなにおかしいかな?
「姉さんは芹沢さんがここに居るのは嫌?」
「べつに? 留美は素直でかわいいし、イジリがいもあるし」
さっそく芹沢さんは姉のおもちゃとしてロックオンされているようだった。
「木下さん、ここの家賃の半分は事務所負担なんですよね?」
「ええそうよ」
「つまりここは社宅みたいなもので、芹沢さんも住む権利があるとは思いませんか?」
「ええ⋯⋯⋯⋯」
僕の暴論に木下さんも引いている。
確かに自分でも無茶を言ってる自覚はある。
でも⋯⋯この芹沢さんを見捨てるには抵抗があった。
芹沢さんは黙って話を聞いている⋯⋯きっと自分から我儘を言えないからだろう。
「芹沢さんはここが嫌だって思うかもしれないけど、それでも新しい家を見つけるのは時間がかかるでしょ? それくらいならここで我慢できるよね?」
「アリスケあんた⋯⋯。 いいわよ留美、ここに居ても」
家主の姉がOKした。
あとは芹沢さんの問題だ。
「⋯⋯ホントにいいんですか?」
「ここ学校と近いし、高速ネット回線だし、完全防音だけどね。 それでいいなら」
「⋯⋯ありがとうございます」
芹沢さんは泣いていた。
きっと今まで一人で不安だったんだろう。
「さて、僕は急いで学校に戻らないと⋯⋯姉さん今から暇でしょ! 芹沢さんの着替えとか買いに行ってよ」
「そうね、そうするわ」
僕は急いで外に出ようとした──。
「待って、その⋯⋯。 ありがとう、アリスケ君」
「これからよろしく、芹沢さん」
僕は照れくさくて芹沢さんの顔を見ないままで家を出て、学校へと走ったのだった。
それからの午後の授業は上の空だった。
なにせあの芹沢さんとの共同生活が始まるのだから。
同い年のクラスメートと一緒に暮す⋯⋯これからどうやって生活すればいいのだろう?
でも⋯⋯後悔はしていない。
あの芹沢さんを見捨てて後で後悔するくらいなら、この方がいい。
そして下校時間になった。
僕はスマホで姉に「夕飯の材料は買った?」と確認したら「買ってない」と返信がきた。
やはり姉はそういうところが抜けているようだ。
さらに姉からは「まだ帰宅できない、買い物長引いた」と状況報告が入った。
まあ仕方ない、女の買い物は長いからな⋯⋯。
僕はすでに身をもって知っている、姉の買い物好きを⋯⋯。
僕はスーパーに立ち寄り夕飯のメニューを考えながら食材を選ぶ。
きっと暖かいものがいいだろう、グラタンでも作ろうか?
基本姉は何でも食べるがリクエストは少ない、だから僕が食べたいものが中心だった。
だから新鮮な気分だった。
こうして誰かに喜んでもらう事を意識してメニューを決めるのは。
家に帰るとまだ誰も居ない。
こうしているとこの家も静かで広く感じる。
そんな事を考えながら夕飯の支度を始めた──。
あとはオーブンでグラタンを焼くだけというところで姉達が帰宅した。
「ただいまー、アリスケ!」
「お⋯⋯おじゃまします」
「お帰り姉さん、それに芹沢さんも、お帰り」
「⋯⋯ただいま」
昼間着ていたブカブカの姉の服ではない、いま買ってきた服なんだろう。
それがとてもよく似合っている。
うつむいて顔を赤くする芹沢さんは可愛かった。
「木下さんは?」
「木下さんなら事務所に戻った、色々手続きがあるからって」
どうやら同居人が増える事を管理人に申請しないといけないらしい。
「それよりどう? 可愛いでしょ留美は!」
「⋯⋯」
顔を赤くする芹沢さんは白いブラウスに紺色のスカートがよく似合っていた。
いわゆる童貞を殺すコーディネートってやつだった。
普段着に見えるが僕みたいなオタクから見ればコスプレに見えてしまう⋯⋯姉さんグッジョブ!
姉はこういった清楚系の服は似合わないから、そんな服を着ている芹沢さんが新鮮でまぶしく見える。
「よく似合ってるよ芹沢さん」
「そうかな?」
「そうよ! 留美は素材がいいから着せ替えるのが楽しくてね!」
よく見ると大荷物だった。
「どんだけ買って来たんだよ、姉さん⋯⋯」
「このくらいふつうふつう! 女の子の服は多ければ多いいほどいいのよ!」
「でもこんなに買って頂く訳には⋯⋯後でちゃんとお金は返しますから」
「いいのいいの! だって私の趣味で買ってきたんだから、留美はおとなしく受け取りなさい!」
きっと姉なりの優しさなのだろう。
⋯⋯まあ趣味が大半なのは間違いないが。
今日の姉は芹沢さんを着せ替えて楽しかったんだろうな、きっと。
「芹沢さんも気にしないで、姉さんのワガママなんだからさ」
「そうだー! この家では私が法律だー!」
すると芹沢さんは──。
やっと笑ってくれた。
「ありがとうございます。 これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「ずっといてもいいんだからね、留美」
姉と芹沢さんが談笑しているのを聞きながら僕は、グラタンの入ったオーブンに火を入れた。
「少し待っててね芹沢さん、夕飯はグラタンにしたんだ」
そしていつの間にか僕は、この家の中では芹沢さんと自然に話せていることにまだ、気づいていなかった。
◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆
こんばんはルーミアです。
私のチャンネル『ルーミアの耳と尻尾のソサエティー』へようこそ。
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そしてたくさんの☆☆☆を私に捧げるのよ!
アリス「ハイ、ハ~イ!」
だれ? あなた???
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