本文
私は急いで学校の屋上に向かっていた。彼が待っている。私は通っている帝共高校の屋上に繋がるドアを開けた。
「ごめんなさい。駅前のコンビニが仕事を終えて疲れたおっさんの夕飯の買い出しで込んでて遅れちゃった。これ、あなたに言われて買ってきたお菓子」
私は私の彼氏、
「・・・・・・遅いんだよ」
「それはごめんね。コンビニが混んでて・・・・・・」
「それはさっきも聞いた。里奈はお使いもまともにできないんだね」
「ごめんなさい・・・・・・」
湊はちょっと私に対して冷たい。でも私はめげていない。彼が冷たいのは私を愛してくれている証拠なのだから・・・・・・
「もういいよ」
「あっ・・・・・・」
湊は私の手からツンべを叩き落とした。
「どうしてこんなことをするの・・・・・・?」
「俺は言うこと聞かない悪い子は嫌いなんだよね」
落ち着いて私。こんなことくらい前にもあったわ。素数を数えて落ち着くのよ。素数とは一と自分自身でしか割れない数字。私に力をくれる。
「俺ね最近は
二、三、五、七、十一、十三・・・・・・
「それでね。お前と話してるよりも楽しいんだよね」
十七、十九・・・・・・会話の方向性が悪い。でも焦っちゃあだめ。湊はこんなのいつものこと。きっと私のことを試しているんだわ。二十三、二十九・・・・・・
「でさぁ~今度一緒に映画行くことになりました~」
三十一、三十三・・・・・・違う!三十七だ。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・わたっ、私と行けばいいじゃん。どうしてそんなことをするの!?」
四十一、四十三、四十七。話が見えてきた私は焦る。
「お前って本当に体だけの女だよね。一緒にしゃべってても楽しくない。お使いも満足に出来ない」
五十三、五十三、五十三。だめだ。全然素数を数えられない。私の頭は混乱している!そんな私の耳元で湊は囁いた。
「もう俺達別れよう」
・・・・・・もうだめだ。何の数も数えられない。私は目の前が真っ暗になった。
「じゃあね、
湊は屋上のドアが軋む音と共に屋上から去っていった。
「・・・・・・」
私は湊の為に買ってあげたツンべを拾った。パッケージを破いて中のチョコクッキーを食べてみた。
「あはは・・・・・・おかしいな。チョコなのにしょっぱいや・・・・・・」
私は多分味覚に異常が出てるんだ。早く家に帰ろう。私は屋上の扉のドアノブに手をかけて回した。
「私どこがだめだったんだろう。彼の為に色々してあげたのにな・・・・・・」
口に出したら視界が滲んできた。
「もうホントやだ・・・・・・最悪・・・・・・」
気づいたら私はツンべを握りしめながら階段の最上段にへたり込んでしまっていた。
「ううっ・・・・・・何がいけなかったんだろうな・・・・・・ぐずっ」
辺りには私の鼻をすする音しか聞こえなかった。
僕の名前は
「いよっしゃ~俺の勝ち!あぶね~罰ゲーム回避~」
友達の名倉丈が声を上げた。みんなからはナグジョーと呼ばれている。
「げっ!最下位は僕か」
今日はみんなで『いっせーのせ』をやっていた。『いっせーのせ』とは親指ゲームとも言われるアナログゲームで何人かで集まって親指を構えて掛け声と共に数を宣言する。その時宣言した数とその場に立っている親指の和が一緒なら一勝で先に二勝した人から上がりの単純だが奥深いゲームだ。
「うぇーい。じゃあ蒼汰罰ゲームな」
啓太がニヤニヤしながら言った。罰ゲームとは上着の裾を伸ばしてズボンを限界まで上に上げた状態で教室から屋上まで行って帰ってくるというもの。これが何が嫌かというとこの状態を人に見られると下に何も履いていないように見えるからだ。
「マジかよ~」
僕は上着の裾を下ろしてズボンを上げた。その瞬間他の三人が笑い始める。
「ぎゃはは、蒼汰似合ってんじゃん!」
「相変わらずこの罰ゲームえぐいな」
「誰だよ、こんな頭悪いゲーム考えたの」
三人とも僕の格好を見て思い思いにバカにした。だが一番最悪なのはそこではない。ここは三階建ての校舎の二階だから屋上に行くまでには廊下と階段を使わなければならない。その過程で誰かに会うかもと考えると最悪だ。
「俺もああなってたのかもしれないのか。セーフッッッ!」
ナグジョーは改めて自分の優位性をアピールした。
「ゆうてナグジョーはギリだったじゃんか」
「そうだぞ、ナグジョー。お前は蒼汰笑えないからな」
啓太と正三がナグジョーを非難した。
「もう笑うなよ。じゃあ僕行ってくるから」
僕はもうとっとと罰ゲームを終わらせたい一心で恥ずかしい格好で教室を出た。
「おう、行って来いよ」
「ぷぷっ、がんばー」
「ぎゃはは」
友達の笑い声を背中に受けつつ僕は教室を出て屋上を目指した。二階の廊下を通って三階へ続く階段へ行く。ここまで誰とも会わなかった。問題ない。
そのまま階段を上がって屋上まで行けばもう終わり。
「とっとと終わらせるぞ」
僕が勇み足で屋上の階段へ続く踊り場に達した時泣いている女の子を発見した。
「!」
確かこの子は浜理里奈。僕と同じクラスの女子。友達は多く山城湊という彼氏がいたはずだ。彼女は膝を抱えてうずくまっていて側にはお菓子が落ちている。声は小さいが確実に泣いていてかすかに鼻をすする音が聞こえる。一体何があったのだろうか。
僕は自分がどんな変な恰好をしているかも忘れてその子に話しかけた。
「あの、大丈夫?」
「うぅ・・・・・・ぐずっ、すすん・・・・・・」
僕が声をかけても浜理さんは鼻をすするばかりで僕の声は聞こえていないみたいだ。
「あの~だいじょうぶですか~」
「ううっ・・・・・・ひっく。だいじょぶじゃ・・・・・・ない・・・・・・」
やっとのことで聞けた浜理さんの声はとても傷ついていて悲しみが溢れていた。しかし呼びかけに答えてくれたのは大きな進歩。僕はここから彼女がなぜこんなにも傷ついているのか探ることにした。
「なんでそんなに泣いているんですか~」
「ぐすっ・・・・・・かなしいから・・・・・・ひっぐ・・・・・・」
「なにがそんなに悲しいんですか~」
「かなしいから・・・・・・かなしい・・・・・・ぐずっ・・・・・・」
段々と僕と浜理さんのやりとりが禅問答めいてきた。
「その悲しみを僕に教えてくれませんか~」
その瞬間浜理さんの膝を抱いている手に力が入った。
「かれしに・・・・・・ふられた・・・・・・」
その瞬間僕はちょっと力が抜けた。なんだその程度ことか。もっと深刻なことかと思っちゃったよ。身内の不幸とか。
「そうですか~」
僕は一気に興味がなくなったので僕はそのまま浜理さんをスルーして屋上まで行こうとした。
「もう死ぬ!」
「え?」
それを聞いた僕は耳を疑った。振り返る間もなく浜理さんが僕を追い越して屋上まで向かっていく。
「ちょちょちょ!ちょっと!」
僕はさっきまで落ち込んでいた浜理さんの情緒に翻弄されながら彼女の後を追う。彼女は屋上の手すりまで全力ダッシュして足をかけて身を投げ出そうとした。
「ダメだっ!やめろ!」
僕は相手が年頃の女の子だということも忘れて彼女の腰に抱き着いて死へ一歩踏み出さんとする傷心の女の子を止めた。
「はなしてよ!もう私に生きる意味なんかない!」
「そんなことは無いよッ!」
「じゃああなたは私に何をしてくれるの?」
「それは・・・・・・・」
僕にも傷ついた女子高生をどう癒すかなんて正しい答えはよく分からない。僕はこれでも一応元カノがいるがあの子とは意思疎通がうまくできなかった。それが別れる原因になってしまったくらい僕は女性の心理に疎い。
答えに言いよどんだ僕を見て浜理さんはそれ見たことかといった態度になった。
「フン!やっぱり私の望みなんて分からないじゃない!この偽善者!」
「やらない善よりやる偽善!僕は君を救いたいッッッ!」
「はなしてっ!」
今すぐにこの世から魂をはなさんとする浜理さんとそれを偽善で阻止する僕とのどうしようもない戦いが今ここに幕を開けた。
「あなた誰なの?なんで私を助けようとするの!?」
「目の前で人が死ぬなんて僕はそんなの嫌だから!」
「私はあなたの名前すら知らない!あなたに興味もない!それでも私を本当に助けたいと思うの?」
「それでも僕ができるのことなら浜理さんのことを助けたいと思う!」
「偽善者!偽善者!偽善者!」
「それでも僕は浜理さんを笑顔にしたい!」
しばらく僕と浜理さんの押し合いへし合いが続いた。
「なんで私が悲しいか分かる?」
浜理さんは僕が押さえている中で問いかけてきた。
「私、彼氏がいたけど何にもいうこと聞いてくれなかった。私は彼の言うことなんでも聞いてあげたのに!あげたのに!」
なるほどそれが理由なのか・・・・・・ならば!
「僕なら聞いてあげられるかも・・・・・・」
僕はとにかく浜理さんに自殺を思いとどまってもらうために思ったことを口に出してみた。
「出会っただけのあなたに何が分かるの?」
まあそうなるよな。しかし僕はそれだけでは引き下がらない。
「浜理さんが死ななくてもいいようになるなら僕は僕に出来ることならなんだってやるよ」
それを聞くと僕が制止している浜理さんのもがきがピタッと止まった。
「なら私の心を癒してよ!」
いきなりの要求に僕は窮した。
「そんなのどうすれば!?」
「私だって分からない!」
いや分からないんかい。お前が始めた物語やぞ。
「もういい!全裸で山城湊のポケットにツンべを入れてこなきゃ私死んでやるから!」
それだけ叫ぶとまた浜理さんは僕の腕の中でもがき始めた。
「ぬわっー!ちょちょちょ!わかった、わかった。僕がそれをやればいいんだね。やるよ、やるから早まらないで!」
「ほんとにやるの?全裸よ、全裸。服は着ちゃいけないんだけど」
そう言われるとなんだか後悔してきた。
「・・・・・・やっぱ上半身だけでいいっスか・・・・・・」
「死ぬ!」
「うおっ!わかったって!全部ぬぐって!」
僕は暴れる浜理さんに言い聞かせた。
「だから早まらないで!ね?ね?」
問いかけが功を奏したのか浜理さんは静まる。
「なら早く脱いでよ」
「ううっ、分かりました・・・・・・」
僕は浜理さんから手をはなすと服を脱ぎ始めた。
「靴下と上履きは勘弁してもらっていい?」
「逆にそこまで脱いだらもういらんでしょ」
そういうことで僕は生まれたままの姿になった。
「もうこれでいいかな・・・・・・?」
「・・・・・・」
浜理さんはずっと僕を見つめて黙っている。彼女の目はなぜか生気がないように見えた。これでもまだ足りないのか。
「クソ!わかったよ!」
ええいもうこうなればヤケだ。僕は自分で自分に発破をかけると開き直った。
「山城は今どこにいるの?」
「・・・・・・」
まあ知るわけがないか。しょうがない。僕が校内を全裸で疾走して探してやる!他人の目なんか知るものか。友達、先生、なんでも来るがいい。僕は無敵だ。
「じゃあ僕は行ってくるね!!!」
浜理さんの返事も待たずに僕は屋上から全裸で飛び出して階段に出る。そこでさっきまで彼女が泣いていた場所に散らばっているツンべをむんずと掴むと階段を降りて校舎を疾走し始めた。
「ウオオオッ!!!」
山城湊・・・・・・僕はよく知らないがイケメンでいけ好かないやつ。髪型はマッシュで瘦せ型の高身長のやつ。
なんだか僕が知っている山城湊の印象を羅列しただけで腹が立ってきた。
「うわっ!なんだあいつ!」
「キャーあいつ何なの!?」
「おい!誰か先生呼んで来い!」
残っている三年生に騒がれたが知ったことではない。一人の女の子の命がかかってるんだ。
三階には山城はいなかった。いやそもそも校内に残っているのか。それすら分からない。でももう僕は引き返せない。恥も外聞もない僕は無敵だ。
「ウオオオッ!どこだ!やましろぉぉぉ!」
僕は絶叫しながら二階に降りた。そして各教室を見ながら全裸で疾走する。
「うわっ!蒼汰どうしたんだよ!?」
僕は自分の教室を覗いた時ナグジョーに大きな声を出された。啓太と正三の二人も目を丸くしている。
「そんなことより山城湊を知らないか?」
「そんなことって・・・・・・お前罰ゲームよりもひどいことになってるぞ」
ナグジョーはひどくうろたえてしまう。
「ぎゃははっ!蒼汰めちゃめちゃおもろいじゃん!」
啓太は相変わらず僕を茶化してくる。
「山城ならなんか女子連れてカバン取って帰ったばっかりだ。まだ走れば間に合うかもよ」
僕は正三から耳寄りな情報を入手した。
「ありがとう、正三」
「風邪ひくなよ」
友達とグッドコミュニケーションもしたしあとは山城のポケットにこの手の中で溶けかかっているツンべを入れるだけだ。友情最高!
「コラー!ここに全裸の男子高校生がいると聞いたが本当かー!」
声のする方を見ると生徒指導の佐藤先生がいた。
「日下部お前正気か!?なんで裸なんだ!」
佐藤先生は僕を改めて認識すると怒りのボルテージが上がった。このまま大人しく捕まれば一時間以上はお説教だ。ようやく山城の情報を手に入れたというのに。
「おい、蒼汰もうやめとけ。ゴリ先生すげー怒ってんぞ」
ナグジョーは僕に冷静なアドバイスをした。ゴリ先生とは今まさに鬼の形相をしている佐藤典之先生のあだ名だ。
「まあ罰ゲームとしては最悪な終わり方だけど面白かったわ」
啓太はこんな状況でも茶化してくる。
「最悪・・・・・・?最悪なのは・・・・・・」
そう最悪なのは僕が怒られることではない。
「最悪なのは女の子が涙を流すことだ!!!」
「いや最悪なのはお前の今の格好だよ」
正三がツッコんだ。
「意味わからんこと言ってないで早く俺と生徒指導室に来い!」
入り口にいた佐藤先生は徐々に僕に距離を近づけてくる。どうする?ここからじゃもう佐藤先生をどうにかしなければ教室から出られない。
「お前次第だ、日下部。大人しく帝共高校生徒指導の佐藤(さとう)典弘(のりひろ)についてくるか来ないのか」
ならやることは一つ。
「佐藤先生、抜きます」
僕は迫りくる生徒指導の先生にあえて突進していった。
「正気かお前はっ!」
驚く佐藤先生の前で左に踏み込んだ。
「フンッ無駄だぞ!」
佐藤先生には僕が左側に抜けるように映っているに違いない。僕は歩幅を縮めて右足を前に出した。そのままその右足を軸にクルリと回転させて左足を逆サイドに踏み出す。
「なにっ!」
先生には僕が消えた様に見えたのだろう。僕は佐藤先生を抜いた。
「デビルコウモリゴースト・・・・・・」
誰かがそう呟くのが聞こえた気がする。
「ウオオオッ!まってろよ!やましろぉぉぉ!!!」
僕は全力で下駄箱まで駆けた。
「でさぁ~その時あいつがー」
「もーなにそれ。湊おもしろっ」
いた!髪型はマッシュで瘦せ型の高身長のやつ。山城湊。何とは言わないが特定の性別の人を殴ってそうなやつ。女子と二人っきりで歓談している
「げっ!何アイツ。なんか来たよ、湊」
山城の側に居る女子が僕のことを見てなんか言っているが知ったことではない。僕が狙うのは山城湊のポケットにツンべを突っ込むことだけ。それだけなのだから。
「何?くさか・・・・・・お前全裸じゃん。ほんと何なの?」
困惑して立ち尽くす男女に僕はチーターのごとき速さで近づく。
「距離は詰めた!お前はもう僕の射程圏内に入っているッッッ!!!」
「いやこっちくんなよ」
「山城湊、お前名字は山の城の癖に名前がみなとなのはややこしいんじゃい!」
僕は手の体温でデロデロになったツンべを山城のポケットに勢い良くツッコんだ。
「うおっ!こいつ!いきなり俺の制服のズボンのポケットに常温保存で溶けたチョコレート菓子を入れてきやがった!」
それだけではない。勢いがつきすぎて山城のズボンが一気に足元まで脱げた。大方ベルトの位置を腰まで下げていたのだろう。履いているもっさりブリーフが女の子に丸見え。ざまあないぜ!
「いきなり同級生におかしなことされてこのありさま、つらすぎる」
表情筋がすべて死んだ山城とは対照的に一緒に話していた女子は驚愕して震えている。
「湊なんでブリーフなの?」
「いや俺んち代々もっさりブリーフ派だから。てか今それ重要?」
「ウチはボクサーパンツ専門店を経営してるんだけど・・・・・・」
「そんなことある?」
完全に白けきった空気を出す山城と女子とは対称に僕は肩で息をしながら高揚感に包まれていた。
「そこにいたか、日下部!」
後ろから聞こえる佐藤先生の声に我に返った。
「僕はまだ止まれないッ!すいません先生ッッッ!」
僕は浜理さんの元に向かって走り始めた。
「どうしよう・・・・・・どうしよう・・・・・・どうしよぅ・・・・・・」
私は混乱していた。今は私の命令を聞いてくれた名前も知らない男子の脱いだ服を持って階段を降りている。
「どうして私はあんなことを言っちゃったんだろう・・・・・・」
死にたい一心で滅茶苦茶なことを口走ったがそれは現実になってしまった。彼は今どうしているのだろう。
「絶対に迷惑だったよね・・・・・・私最低だ・・・・・・」
私がしょんぼりしていると階下からなんだかドタドタとした騒々しい音が聞こえてきた。
「なに?この音?」
私が不思議がっていると唐突に全裸の男の子が目の前に飛び出てきた。
「浜理さんッ!!!言われた通り山城のポケットの中にツンべをしこたま入れてきたよ!」
「えっ・・・・・・あなた誰・・・・・・?」
「なっ・・・・・・」
その時いきなり生徒指導のゴリ先生が全裸の男子を取り押さえた。
「観念しろ、日下部。もう逃げられないぞ!」
「ぐああっ!」
日下部と呼ばれた全裸の男の子はがっちりとゴリ先生に組み伏せられて動けなくなっている。
「佐藤先生、その子が一体どうしたんですか?」
「ん?ああ、浜理か。いやなんか校舎を全裸で走る生徒がいると聞いてだな・・・・・・」
その時ゴリ先生は私が持っている日下部君の制服に目を付けた。
「おおっ!それは日下部の制服か?わざわざ持ってきてくれたのか。ありがとう」
私は拒むことなくゴリ先生に日下部君の制服を渡した。
「おい里奈!お前やることが陰湿だぞ」
ゴリ先生の後ろから見知った声が聞こえた。
「湊・・・・・・」
先生の後ろから出てきた湊はなぜかもっさりブリーフでズボンをはいていなかった。
「お前日下部を使って俺に復讐したな」
「復讐って?」
話がよく見えない。
「日下部のせいで言の葉さんとの雰囲気が最悪になったんだけど絶対お前のせいだろ」
「・・・・・・」
私はゴリ先生に拘束されている日下部君の方を見た。湊がズボンをはいていないのと何か関係あるのだろうか。
「ん?なんだ?浜理、お前日下部がこんなことをしたのに何か関係があるのか?」
ゴリ先生が私を怪しんでくる。私はその問いかけにただ黙っていることしかできなかった。
「彼女は関係ないです!むしろ僕に山城に何もするなって叱ってくれたんですから!」
日下部君は大声で叫んだ。ああっ・・・・・・君はそんなになっても私を守ってくれるんだね・・・・・・
「まあそんなとこか。もし日下部に命令してたら服を持って来ないだろうからな。ほら立って服を着ろ」
日下部君は観念したのかゴリ先生の命令に素直に従って服を着る。そこに湊が口をはさんだ。
「佐藤先生、ぜっっったい里奈は日下部が起こした問題に何か関係ありますよ」
「うるさいぞ、山城。お前も日下部と生徒指導室に来い。いつまでズボン脱いだままのつもりだ」
「マジかよー」
あえなく湊も生徒指導室行きが確定する。
「じゃあ浜理も早く帰りなさい。用もないのに学校に残ってるんじゃないぞ」
ゴリ先生はそれだけ言うと日下部君ともっさりブリーフな湊を連れて生徒指導室へ行ってしまった。
残された私はポツンと呟いた。
「本当に私の言った通りに全裸で湊のポケットの中にツンべを入れてきちゃうなんて・・・・・・すてき」
私の口から恋に落ちた音が出た瞬間だった。
「はあ~っなんであんなことしちゃったんだろう」
僕は佐藤先生の説教から解放されていの一番に呟いた。山城も一緒に怒られたが彼は被害者なせいか僕よりも早く解放されていた。
冷静になると僕自身も目の前で人が死にそうになっていて軽くパニックだったのかもしれない。だから日常では絶対にしない奇行に及んでしまったのだ。
佐藤先生に怒られながら僕は二度と学校で全裸にならないと誓った。そんな誓いを胸に荷物が置いてある教室のとびらを開けるとなぜか浜理さんがいた。
「どうして・・・・・・浜理さん・・・・・・」
夕日の降る教室の僕の机に座っている浜理さんはある種の神々しさを感じた。
「あなた日下部蒼汰君っていうんだね」
あっ・・・・・・名前調べてくれたんだ。
「私と同じクラスだったんだね。なんかそわそわしてる男子の集団がいたから問いただしたらすぐにわかったよ」
そわそわしてる男子・・・・・・ナグジョー達のことか。
「僕の名前覚えてくれたんだね。ならもういいよ。とりあえず今日はもうクタクタだから家に帰してくれないかな」
今日はもう早く帰って寝たい。この際なぜ浜理さんが僕が教室に残っているかなんてどうでもいいことだ。
「私が日下部君に言いたいことは三つあるの。聞いてくれるかしら」
なんだろう。今日のお礼とかかな?
「いいよ。何?」
「まず一つ目。今日は本当に私の為に頑張ってくれてありがとう」
確かに僕は頑張ったと思う。佐藤先生にお説教されている時も何だかんだで浜理さんの為にやっているということは言わなかった。
「二つ目。私は山城湊と完全に関係を断ちました」
なんにせよあれだけ号泣するくらいには山城に傷つけられたのだから当たり前ではある。
「三つ目。これが一番大事なこと・・・・・・」
何だろう?今日のお礼とかかな?
「蒼汰くんさぁ、私と結婚しよ」
ん?はぁ?なんて!?!?!?
僕が首をかしげていると浜理さんはもう一度同じ言葉を口にした。
「蒼汰くんさぁ、私と結婚しよ」
改めて聞いても超展開すぎて理解ができない。
「ど、どういうこと?てか下の名前呼びなのは距離感バグってない?」
「べつにだいじょーぶだよ。あんなことをしてくれたのに名字呼びとかありえないでしょ」
浜理さんは机から降りて距離を縮めてきた。
「私ね、すごい嬉しかったんだよ。私は人の言うこと聞くのはたくさんあったけど私の言うことをこんなに聞いてくれる人生まれて初めてだよ」
にじり寄ってくる浜理さんとは対称に僕は無言で彼女から距離をとっていく。
「だからかな。私蒼汰君のお嫁さんになりたくなっちゃった」
やばい匂いがピンピンするぜッッッ!ここから早く離脱した方がいいと僕の勘が告げている。
「そんなこと急に言われても・・・・・・」
浜理さんは困惑している僕の目の前まで迫っていた。
「うんうん。戸惑っているんだよね。わかるよ。でも見ず知らずの女の子が泣いてるからって全裸で学校を走り回っちゃう君も大概なんだからね」
それはそう。何も言い返せない。そんな僕の手を浜理さんが握ってきた。
「うふふ・・・・・・あったかくてゴツゴツした手。愛おしいわ・・・・・・」
そう言うが早いが浜理さんは僕の人差し指をしゃぶってきた!
「うわわ、何やってんの!?」
「んんっ・・・・・・もぐっ、ずるるっ」
浜理さんの舌が指の腹を左右に揺すってくる。
「ダメだって!」
「ちゅるちゅる、ずずず」
今度は指全体をすする動作をし始めた。
「僕は一体何をされてるんだ!?」
僕が困惑を口にした瞬間浜理さんは僕の人差し指から口をちゅぽんと離した。
「にひひっ。やっぱり甘いね。しょっぱくて少しチョコレートの味がする。おいしいな」
あまりのことに僕がフリーズしていると浜理さんは僕の耳元で囁いた。
「私と付き合ったらもっと気持ちいいことしてあげられるよ」
それを聞いた僕はナニとは言わないが一部の部分がビンビンになった。
「いや、あの・・・・・・あなた山城と付き合ってたんじゃあ・・・・・・」
それが僕にできる精一杯の抵抗だったがいとも簡単に浜理さんは否定した。
「さっき言ったじゃん。湊・・・・・・ううん、山城とはもう関係を断ったって」
それから浜理さんは言葉を続けた。
「もう今の私にはあなたしか見えないの、蒼汰君。あなたは私の事好き?」
「僕は・・・・・・」
僕は答えをすぐに出せなかった。なぜならそんなことはもうとっくに決まっていてこれが浜理さんを傷つけてしまうかもしれないから。だけどちゃんと言わなければならない。彼女は本気だ。だからこそ僕もきちんと返事をしなければ。
「・・・・・・僕も浜理さんのことが好きだよ」
嘘をついた。実際は今日会ったばっかりだし浜理さんが僕のことを知ったのだってつい一時間か二時間前くらい。彼女が僕を好きになる理由があっても僕にはない。
だけど・・・・・・僕には・・・・・・浜理さんの泣く姿をもう一度見るのは耐えられなかった。
「あははっ。良かった。蒼汰君に告白を断られたら窓から飛び降りてたかもだよ」
それは本気なのだろうか。そうだとしたら僕がついた大罪も意味があるというものだ。
「ねえ蒼汰君。ネクト交換しよう」
ネクトとは日本シェア率ナンバーワンの通信アプリのことだ。通話やチャットなどができる。現代人の必須とも言ってもいいアプリでこれがなければ連絡もままならない。
「うんいいよ」
そう言って僕はポケットからスマホを取り出した。
「じゃあ蒼汰君のネクトコード教えて」
ネクトには連絡先を交換する方法がいくつかあってその内の一つに読み取り型の画像認証コードをスマホに読み込ませる方法がある。僕は言われるがままにネクトを起動させてコード画面を開いた。
浜理さんはその画面をスマホで読み込んだ。
「じゃあこれで『友達に追加』完了っと」
僕も自分のスマホを見ると浜理里奈の文字が友達一覧に追加されていた。なぜだろう。彼女ができたというのにあまりうれしくなかった。
「ねえ蒼汰君。これからパフェでも食べに行かない?」
「え?パフェ?」
「そう。私なんだかすごいお腹すいちゃった」
「別にいいけど。今ちょっと手持ちのお金が少なくて・・・・・・」
「いいから、いいから。私がおごるよ。それに・・・・・・」
浜理さんは僕の耳元に口を近づけて囁いた。
「蒼汰君のこともっと知りたいな」
「はうん!」
二回目の耳元囁きは僕に効き変な声が出た。
「蒼汰君ってば耳弱いんだね~フフフッ」
浜理さんは小悪魔的な笑いをした。それから自分のスクールバックと僕のを持った。
「はいコレ。蒼汰君のバッグ」
「あ、ありがとう」
僕はそれを受け取った。
「これから楽しい思い出いっぱい作ろうね」
「う、うん・・・・・・」
夕日に光るキラキラした浜理さんの瞳に僕は罪悪感を感じるのだった。
②それでも僕と私は続いていく @usefull2456
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